第10話 ミーシャという『漢』

「迷惑料で金貨2枚な」

「……うぃっす。すんません」


 翌朝。

 昨晩のお楽しみのせいで、随分とまあ搾り取られちまった。

 安い復讐なんてするもんじゃないと反省しつつ、ギルドでミーシャの登録を済ませる。


「お、お前らAランクだったのかよ……僕、やっていけるかな」


 上から三番目のAランクともなれば既に上位1割。

 ミーシャはCランクだったみたいだし、驚きもひとしおだろうな。


「やっていけるようにちゃんとしたサポートするよ。そのために昨日、イロイロ調べたんだから」

「イロイロって……そう、だよな。健全なボディーチェックに決まってる!」


 仲良くなったなら一安心だ。

 ディレクションはそこそこにして、まずダンジョンに行く前に簡単なクエストを受けることにする。


 ダンジョンは貴重な資源でもあるのでランクに従って挑戦できるところが決まっているけど、クエスト──つまり単純な魔物討伐や護衛等等といったギルドがやってる事業はその限りじゃない。


「ブラックウルフの討伐だ。まぁイケるだろ」

「そだね」

「おおい、Bランクの魔物だぞ〜?」


 ミーシャには酷かもしれねえし、ちょっとゲーム脳的だけど強くなるためにはパワーレベリングが最速だ。

 この世界の人間は魔物と戦えば戦うほど

 『経験値によるレベルアップ』は、倒した魔物から魔力を吸収し肉体が活性化される〜みたいな現象に置き換えられているっぽいからな。

 

 自信なさそうなミーシャを少しでも安心させるため、さっき武器屋から買った新しい大剣を軽々と振ってみせる。


「それっ、一番重いやつじゃん! す、すごいっ!!」

「だろ!! やばくなったらぶった斬ってやる!」


 気持ちよくブンブン振り回しながらブラックウルフが出没したとされる森で先頭を歩く。


 歩く、歩く歩く歩き続ける。

 一向にエンカウントしない。

 なんでだろうか。


 そろそろ痺れを切らしそうってタイミングで、ククルが制止の声をかけてくる。


「エルくんちょっと止まってて」

「ん? おう!」


 大剣を背負い直し、腕を組む。

 横を素通りしていったククルとミーシャがどんどんと離れ小さくなっていって……


「おい、おいおいおい?」


 置いていくなよ。

 また追放か??


 と、不安になって走り出した瞬間──前の方でオオカミの雄叫びと火柱が上がった。


「ちぃっ」


 現場に急行すると戦闘が始まっていた。

 炎を纏った細剣で華麗に黒オオカミの群れを捌くククルと、体格に対して少し大きな鉄剣で懸命に応戦するミーシャ。


 ああっ、ミーシャの方がかなり押され気味だ。

 つかなんでアイツ、剣で戦ってるんだ?

 体格的にも近接戦は厳しいし、何より魔力量に関しては普通に多い方だから魔法使いだと思ったんだけど……そんなことより加勢だな。


「こないで!!」


 俺がバトルフィールドに足を踏み入れようとした瞬間、ククルにまた止められた。

 

 ……まさか、いや、間違いねえ。


 嫌われたな?


 なんか俺まずいことしたかよ、ずっと紳士だったろ。


「……んな事より、大丈夫かよ」


 ミーシャの剣は稚拙かつ非力だ。

 脳みそまで筋肉が詰まってるブラックウルフの攻撃は単調で、何とか凌げてはいるけど近いうちに限界がくる。


 というか限界がきていない理由はククルが致命的な攻撃を弾いてやっているからだ。

 ほら今だって二、三回死んだ。

 そんな剣技じゃ受け切れねえぞ。


「悪いが行くぜ」


 そう決めて大剣に手をかけた時だった。


 ミーシャの戦い方が変わった。

 剣の振り方、足の運び方、視線の動き、重心移動。

 さっきまでは少し前重心で、どっちかというと攻撃に重きを置いた剣だったけど──今は違う。カウンターを虎視眈々と狙う狩人のようなスタンスだ。


 もちろん練度は低い。

 でもあれは、明らかに体格と戦闘能力で勝り動きを読みやすいブラックウルフを相手取るには適している。

 

「……入る」


 ミーシャの攻撃が見事ブラックウルフの喉笛を掻き斬った。


 勢いよく飛びついてきたブラックウルフの攻撃力を利用した見事なカウンター。

 何度も同じを繰り返してきたことが見て分かる、澱みのない円を描いた太刀筋だった。


「っっしィ!!!」


 したのか、それとも自信がついたのか、動きを見切ったのか。

 定かではないけどミーシャがブラックウルフを倒す感覚が加速度的に短くなる。


 ここまできたら勝敗なんて火を見るより明らかなので、俺は出来るだけ不満そうな顔を作って歩き出す。


「俺も混ぜてくれぇ」



♧♧♧♧♧♧



「ごめんねエルくん〜! キミにビビって魔物が逃げちゃうから離れてもらったんだ〜」

「はっ、気にしてねえよ」


 ちょっとしたイジワルだって分かってるさ。

 嫌われてなくて安心したのは内緒だ。


 ま、今回俺のことはどうでも良いんだ。

 ブラックウルフの毛皮を纏って嬉しそうにはしゃぐミーシャ──こいつの見え方が変わったのがデカい。

 

「なぁミーシャ。お前、強いな」

「ヘあ!? ほ、ほんとか??」

「おう。戦闘中にまったく違う戦闘スタイルに切り替えられる奴なんてなかなかいねえよ」

「そんな褒められと照れるな……でもククルとエルのお膳立てがあったから出来たことなんだ」

「ん、俺は見てただけだぜ?」

「いや、それが効いたんだよ。僕が立ち位置を変えてブラックウルフの背後にエルが来るようにする。そうすると絶妙に動きが鈍ったのさ」

「……そっか。役に立ったならよかった」


 置き物でも役に立ったなら分け前貰えるな??


 それを期待してギルドに戻り、ブラックウルフの肉や毛皮を換金して得た金を仕分けしていると──何やら三人の男が俺たちのもとへ近づいてきた。


「おいおいおいおい──! な〜んでミーシャのやつが探窟家やってるんだァ? 顔見せんなって言ったはずだぜェ!?」


 何だこいつら。

 三下な風貌だけど──

 

「……僕は見せてない。お前らが見せにきたんだろっ!」


 んあー、もしかしてミーシャを追い出した連中か。


 感じ悪いな。

 この手のやつはとくに心臓に悪い。


 どうしたもんか……ククルのやつはあからさまに新聞開いて関係ないアピールしてるし…… 


「ものは言いようだな。それより何だよ、もうお仲間に拾ってもらったのかぁ? あ、分かったぜ、顔だけは良いからな。その男に体でも売ったんだろ」


「バカ言うなよ。エルは僕の恩人だ! それ以上ふざけた事言ってみろ──次言ったら……ぁ」


「言ったら──何だよ?」


「ぶっ飛ばす!」

「抜かせ。俺に、俺たちに敵うわけないだろ」


 ガタン──と椅子を蹴飛ばしてミーシャが立ち上がり、三人組中央の男を下から見上げる。


「僕は男だぜ!? もし、昨日までと同じって思うなら──僕と勝負しろ!!」


 艶やかな銀髪をなびかせ線の細いしなやかな人差し指を突きつけて、甲高い声で宣言する少女はまさに──おとこだった。

 

 因縁の相手を前にして少し震えながらも……その背筋が伸びた立ち姿はめちゃかっこいい。


 でも、だからこそ──


「はっ、いいぜ受けてたつ」

「ちょっと待った。俺も混ぜてくれよ」


 ミーシャが本当に挫折してしまわないために、俺はとして手を挙げた。

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