第9話 震えて眠れ

「僕をパーティーに入れてくれ!」


 酒瓶の最後の一滴を飲み干してから目の前に平伏す12、3歳くらいの少女に思いを馳せる。


 ……めんどくせえことになったな。


 どうやらこのガキ、パーティーを追い出されたらしい。

 つまり俺と同じ曰く付き物件だ。

 どこぞの大会でも優勝して使証明をしないと、拾い手は見つからないだろうな。


「あ〜、とりあえず頭を上げてくれ。捕まりたくねえんだ」

「分かった! 承諾してくれたら上げて──おわわっ!?」


 べりべりっと脇腹を掴み、持ち上げてやった。

 ほーら高い高い。

 誰がそんな実質一択の出来レースに付き合うかよ。


「汚いぞ! 正々堂々と戦え!!」

「めんどくさっ、一応俺恩人だぜ? だいたいよ、なんでそこまで探窟家にこだわるんだ? 追い出されたってことは、まあ酷い目に合ったんだろ?」


 その左手に持ってるベレー帽。

 酒場で見た時とは違ってボロボロで、とても被れそうにない。

 んだろうな。


「お前もそうなのかよっ、ああ悪いか? 憧れなんだよ! 僕がど底辺だってことは分かってる……それでも凄い探窟家になりたいんだ!!」


 俺に持ち上げられ、空中でバタバタと足を暴れさせながら抗議してくる。

 恩人に恩も返さずなりふり構わず頭を下げ懇願する──その様は、ほんと目にぜ。


 ああくそ、古い鏡を見てる気分だ。


「……ガキ、名前は?」

「ミーシャだ」

「はっ、かわいい名前じゃねえか。俺ん名前はエル。よろしくな、ミーシャ」

「可愛くなんか……って、よろしくな?」

「おおよ」

「いい……のか?」

「まあ、俺はな」


 だってお前めんどくせえじゃん。


 ってのは建前で……俺と同じ境遇で、俺と違う歩き方をしているやつを間近で見たくなった。

 ミーシャ──が弱くてもまあ、大丈夫だろ。

 どうせ『ウロボロス』の攻略なんて現時点の戦力じゃどうせ無理だからな。

 当たり前だけど廃ゲーマーが束になってもクリアできないダンジョンなんか、現状思いつくククル含めた最高のメンバーを揃えたとて突破不可能。

 

 まあ、気長に考えてくさ、その辺は。


 で、そんなことより。

 気長に構えることの出来ない問題が目と鼻の先に発生した。


 それは────



「おかえりー。エルくん、その子なに? 猫ちゃんみたいだね」

「拾ってきたんだ。パーティーに入れるぞ」


 ククルの説得だ。


 宿に戻るとすっかり元気な様子でベッドに腰掛けたククルに迎えられた。

 彼女の目はしっかりと俺の服を掴んで後ろに隠れるミーシャをロックオンしている。

 部屋に踏み入れた瞬間から、ククルから強大な魔力が放出するもんだからすっかりミーシャは怯えてしまった。


「ふーーーーーん」


 上体を左右に振りながら近づいてくるククル。

 品定めするような目でミーシャの顔を覗き込むと鼻を鳴らした。


「キミ、名前は?」

「み……ミーシャだ!」

「フルネームは?」

「わ、わからないよ。ただのミーシャだ」

「……ね、記憶にないかな」


 頭の中にあるを検索したな?

 ククルは都合の良いヒロイン。

 その価値基準は最初から固まってる。


 そして、ミーシャは現時点では絶対にククルの価値基準を満たしていない。

 

 ミーシャはメインキャラじゃなくの人間で、神の手違いでも無い限り、その枠をはみ出す事はないからだ。


「……エルくん、本気かい?」


 ま、俺という例外がいる以上、絶対なんて存在しないけどな。


「おう、もちろん構わねえよな?」

「…………あははっ、キミのやる事を本気で否定したりなんかするわけないよ。もちろんミーシャちゃんも大歓迎っ」


 屈託なく太陽のように破顔して、ミーシャの手をブンブンと振り回すククル。

 いつものククルだ。

 思ったより余裕だったな。


 事が済んで眠くなってきたので、俺は床に寝転がって横になる。


「んじゃ、俺ぁここで寝るから。ミーシャ、お前は朝までに仲良くなりやがれ」

「はぁ? どういう事だよ」


 三人も眠れるほどベッドはでかくねえよ。

 だから、本当に残念だが身体の強い俺が率先して床で寝るしかねえよな。


 俺が目を瞑るのとベッドがぎっしぎっしと唸りを上げ始めるのは、ほぼ同時だった。

 

「ミーシャちゃんっ、こっちこっち!」

「え、へっ!? うわぁ!?!?」

「えへへっ、若い子は夜更かしが仕事だゾ?」

「んなわけないだろ! どこの世界の住人だ!!」

「そんなこと言わずにさっ。ミーシャちゃんのこと、お姉さんいろいろ知りたいな!」

「近い近いっ、ひやぁ!? つよっ、どっからそんな力が! お、おいっ、頼むエル! 助けてくれ! なぁっ、お願いだ!! うわぁあああああああああ!!!!!!」


 心地よく、冗談みたいな悲鳴を聞きながら、まどろみに身を委ねる。

 

 それに助ける?

 何言ってんだ、こいつぁ肉の恨みだ。

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