第8話 酒瓶一本で交わる運命線
「……俺ぁ強いか?」
「強いよ」
「ああ、強いよな」
「おおっ」
「うおおっ、なんか強くなった気がしてきた!」
「おお!?」
復唱し、うがーっと立ち上がり、何食わぬ顔で足を前に進め始める。
やれやれだぜと肩を竦めるククルは視界の端に追いやった。
「おうおう少年、顔つきが変わったねえ」
「山ぁ降りてから思うことがあったんだ。いろいろとよ」
「へ〜、じゃあさ。どうだい? 少年」
「あ? さっきから何だよ……」
ククルがクイっと親指を向けたのは向かって左側──ギルドの半分を占めるでけえ酒場だ。
「吞もうぜ〜!」
「……」
俺が黙るのを見るや否や、ククルはさっさとそっちへ向かい始めていた。
酒苦手なくせに。
「やっぱ可愛くねえ〜」
「ん? 何か言ったかな少年」
「べっつに〜」
さっきからやたらガキ扱いしてくる癪なのでククルを追い抜き、朝からず〜〜〜〜っとどんちゃん騒ぎな酒場へ足を踏み入れる。
むわぁと酒の匂いが全身を包み込んで歓迎してくる。
ついでに禿げ上がったおじさんの仁王立ちで洗礼は完成だ。
「よぉ坊主。ここは俺たちのシマだぜ、何しにきやがった」
「……」
何がおかしいのかギャハハと笑い声が上がる、手拍子もついでに起きる。
後ろのククルもガッツポーズをしている。
はぁ、こういう時はどうするべきだったかなぁ。
「呑みに来たに決まってんだろうがよ」
金貨を二枚おじさんの胸に押し付け、円卓の上に置いてある誰も手に取ってない酒瓶の栓を手刀で切り、俺の口内に全力で注ぎ込んでやった。
「おいおい、ソイツぁ『デス・ウォーター』だぜ!? ばっかやろう!!」
「んあ?」
です・うぉーたー?
デス・ウォーター!?!?
度数96のあれか!?
おじさんやめろって、背中バシバシ叩くんじゃねえ。余計循環する。
「けほっ、けほっ。あ〜、だいじょぶっす。今さら酒じゃ死なねえんで、多分……」
多少効いたがこんくらいなら問題ねえ。
風呂くらいの量一晩で飲み干したことある俺からすりゃ屁でもねえ。
へらへらと笑ってみせるとおじさんはポカンとした顔をし、ガハガハ豪快に笑い飛ばしてくれた。
「マジかよ……くはは、こいつぁとんでもねえ野郎が来たぜ! 後ろの嬢ちゃんも相当つええんだろうなァ!! 今日は眠れねえぜ!!!」
俺とククル、二人して中央の席に押し込まれた。
あたかも主賓のように扱われてるけど……酒ぇ飲んだだけだぜ? ここじゃ酒で世界が回ってんのかよ。
「……適当に食い散らかして逃げよう」
「え、なんで? 夜は長いって少年」
ククルも味方じゃねえ。
隣の姉さんと何やら談笑始めやがった。
「はぁ……でも美味そうだなぁ」
肉料理がずらりと並んでいて、これをみんなすげえ幸せそうに頬張ってるから余計に美味そうに見える。
つか実際に美味かった。
てっかてかの骨つき肉を頬張れば、肉汁がぶわぁっと広がって、ダンジョン攻略後の疲れた身体に染み渡る。
あの骨付き肉も美味そうだな。
ちょっと遠くにあったので手を伸ばすと、コツン──手と手が触れ合った。
「僕のだ!」
「んあっ? 俺ンだ──」
どこの馬の骨だと、そのガキ──いや、ベレー帽を深く被った美少年の顔を見て俺の手が止まる。
「──ろ」
「はっはー! 僕の勝ちなァ!!!」
バシンと手を叩かれとんでもない早さで回収される。
ボケーっとしてると隣の、さっきのおじさんにわっしわっしと頭を撫でられてしまった。
「可愛いとこあんじゃねえか! 肉が欲しかったのか!?」
「……そうっすよ。そしたらあのガキが……泥棒ですぜどろぼー」
「あ〜、アイツは……その、ああ野暮ってやつだ。ま、大目に見てやってくれや」
歯切れ悪いな。
脊髄反射で喋ってんだろ、ぜってえ明日には今日のこと忘れてるぜ。
よく分かんねえが、幸せそうだし許してやるか。
「……そんならアレ取ってくれませんか?」
代わりじゃない。
そうじゃないけど……しれっと酒瓶を指さした。
「いいぜ、ほらよ」
「ありがとうございます」
受け取り、銘柄を見る。
ああこれだ。
間違いねえ。
「持って帰ります、いくらですか?」
「ん? そんなんいらねえよ、土産にしてくれ。安酒だしな」
「……ついでにさっきの金貨もチャラにする気ないっすか?」
「ばっか言ってんじゃねえよ。ありゃ俺の胸にくっついてたんだ」
「??? じゃあ、仕方ないっすね」
「だろ? ガハハ!」
ガハハじゃねえよ。
「んなことより坊主。てめえの話聞かせてくれや。みんなウズウズしてるぜ??」
「……そんなわけ」
あった。
みんなギラついてる。
朝からやってる奴らからしたら俺ぁ体の良い肴ですよ。
「……じゃあ、何処かの誰かの不幸話でも」
──オブラードに包んだってのにお通夜になった。
はっ、若者らしい浮いた話なんてできねえよ。
「ねぇ〜、あの子との馴れ初め話してよぉ。お肉腐っちゃうような話じゃなくてさぁ」
「え……」
向かいの胸元を全開にした妙齢なお姉さんが、ニマニマしながら聞いてくる。
「できるだけえっちなのが良いなぁ。若くてあっついやつ〜」
「期待されてもないっすよ、そんなの」
「え、うっそだぁ。襲ったりしないのぉ?」
「しないっすよ」
「ふーん、紳士ね。じゃあシたくないってことかな?」
「……っ、そうっすよ」
「あっ、詰まったわね、シたいんだぁ。素直になれば良いのに、この意気地無しぃ」
んだよさっきから、そんなの、
「……」
「で、どう?」
「ちょうシたいっ、に決まってん──っあ」
あ。
「あっはははは! 若いってオモシレぇええ!!!」
ぶっっっっこ、ぶん殴りてええ!!!
年下らしく下手に出てりゃ言いたい放題じゃねえか。
そんなことよりくっそ、今の聞かれてねえよな!?
ククルの方を慌てて見ると……うわぁ、かんっぜんに酔い潰れてら。
「すんません、ちょっとヤバイんでもう帰ります。いいっすよね」
「いいわよ〜、十分楽しめたから」
「お、おうっ、酒は身体に良いもんだが壊すこともあっからな! 気ぃつけて帰れよ!!」
一行矛盾なお言葉を聞き流しつつ、酒で臭くなって──ないククルをおぶって席を立つ。
「あっ、忘れてんぜ」
「ん」
「口で持つってか?」
土産の酒瓶の先端を口に咥えると酒場に背を向ける。
少し離れたあたりで、奴らはガチャガチャ騒ぎ出す。
「聞きたかったなぁ、影を背負った少年と女の子の淫らな話」
「か〜青春って奴ぁ眩しいぜぇ!!」
「ばっか野郎! てめえら、そう言うのはもっとでかい声で言え!!」
全部聞こえてんだよバーカ。
♧♧♧♧♧♧♧
「よいしょ……と」
ククルを気持ちよく寝かせてやれる宿屋を探していると夜が深くなっていた。
ヘドロのような寝相で、よだれを垂らしだらしなく寝ている彼女をこんな時間に眺めていると、なんかこう……冴えてくる。
「淫らな話……あんなの言われちゃ、」
近くの椅子に腰を下ろし、ぼーっと彼女の横顔に伸ばした手──の行き先を変更し机に置いていた酒瓶に手を伸ばす。
手の中で
キュポンと。
乾いた音が月明かりに響いた。
「あん時は飲めなかったからな」
こいつはあの日──大会決勝の日に手放した酒だ。
ククルを眺めてると湧き上がってくる情欲を酒でごきゅごきゅと流し込んでいく。
今となっちゃ無害だし、夜風にでもあたりながら気兼ねなく堪能してやろう。
幸せそうに寝息を立てるククルに掛け布団をかけてやってから外に出る。
街が寝静まり魔力街灯が軒並み消えた中であっても、今日は満月なので散歩に不自由はない。
缶ジュースのようにごくごくと記念酒を煽り、とくに何かを考えるでもなく夜風に流されるようにして歩いていると──
「じゃあな雑魚! 二度と顔出すんじゃねえぞ!!」
右手の建物、その上階の窓が割れて何かがぶっ飛んできた。
「いって〜、クソっ。あいつらっ、ぜってえ後悔させてやる!」
喋る物体──いや、人だ。
銀糸のような髪が月光を乱反射していて、少し眩しい。
眩んでる場合じゃねえな、受け止めてやらなきゃまずい。
考えるのは一瞬。
急いで落下地点まで走り、驚くほどに軽い銀髪の美少女を受け止めて──落胆する。
「お前、さっきの……なんだよ、その嫌そうな顔は」
焦点が定まってきてようやく彼女が誰なのか判別できた。
「まぁなんというか……ありがとな! 助かったよ!!」
太陽のような笑顔をぎこちなく見せてくれる少年のような少女。
……うそだろ、酒場のガキじゃねえか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます