第7話 言えたじゃねえか……!

 刃と刃を擦り合わせたような、不快な絶叫を上げ続けるゴーレム。

 一撃で倒せたと思ったけど……両断できたのは人間でいうところの鎖骨の下あたりまで。


「やっちまったなぁ」


 視線を下にやれば、半ばから折れた大剣。

 多分、毒池でダメージを受けていたんだ。

 安い材質でできてるし……耐えられなかったか。

 ごめんよ、調子に乗りすぎた。


「大丈夫!?」

「ああ……っ、でもカバー頼む」

「任せて!」


 細剣を携え、炎を纏って駆けてゆくククル。

 ゴーレムは断面をモヤのようなものでくっ付けて、既に回復していた。


 ゲームでは『ファントム』とかいうダンジョンに行った事は無いので完全初見、強くはないがちょっと厄介だ。


「フレイム・ショット!!」


 ククルの魔力形質は『消滅』、それと『炎』。


 前者は大技しかなく予備動作の大きなものばかり。

 後者はレベル不足かつ火力不足。


 今だって素早い突きを高速で繰り出して、散弾のような密度の攻撃を当てているけどダメージは少ない。


 ボクシングで例えるならククルは軽量級で俺は中量級、ゴーレムは重量級ってところか。


「供養だな」

 

 折れた大剣を置き、空いた拳の開閉を繰り返し、感触を確かめる。

 

『サウンド・ドミネイト』


 音を操作する初級魔法。

 これを超音波のようにゴーレムに向けて放ち解析を進める。


 ドラゴンだろうが何だろうが関係ない。

 敵の核となっている急所は音の跳ね返りで分かる。


「ククル!」

「りょーかい!」


 名前を呼ぶだけで理解したのかククルは巨大な火球をゴーレムの顔面に向かって放つと戦線から離脱した。


 ナイスすぎる。

 あれは良い目眩しになる。


 あとはサンドバックをぶっ飛ばすだけ。


「てか大剣なしでもやれそう?」


 すれ違いざま、任せておきながら少し不安そうなククルがそう言った。


「なめんなっての」


 スマッシュは武器の有無問わず使える単なる強攻撃。

 高レベル帯では武技としてすら認識されてない。


 それでも使い続ける理由は俺が初級武技以外習得できないってのもあるけど……それだけじゃない。

 大剣相棒を失い(俺の過失だけど)初心に帰ったことで少し思い出した。


「スマッッッ──」


 歯切れの良い技名を叫べば腹に力が入る。


 使い込んで信頼出来る必殺技があれば、俺自身を信頼出来ずとも代わりとして支えになってくれる。


 信頼出来るから、こんな俺でも思い切り振り抜ける。


「──ッッシュ!!」


 ゴーレムさんよ、お前の急所は当てやすい腹だってしてたぜ。


 お前が重量級だとしても関係ない。

 超重量級ので殴り飛ばすのみ。

 

「はは……っ、エルくんやっぱイカれてるよ」


 スマッシュを振り抜いた俺はゴーレムの向こう側で残心──拳を反動で引き戻すと同時に岩石の山が後方に降り注いだ。


 

♧♧♧♧♧♧



「かーっ、たまんねえ! これだからダンジョン攻略はやめらんねえべ!!」

「おっさんみてえになってんぞ……?」


 ダンジョン最奥のコアに触れると防衛機能が働いて外に強制転移するので、破壊しないのなら帰りは楽。

 そんでゴーレムの残骸を換金所に運んだら大金になった。

 金貨200枚を二人で分けて、100枚ずつ。

 金貨1枚で1万円と同価値だから、半日で攻略したことを加味したらとんでもない稼ぎだ。


 ダンジョン攻略自体は結果として楽勝だった──でもそのせいで問題が発生した。


「そういや練習になったか?」

「うーん、どうだろ。でもエルくんが障害全部パワーでねじ伏せる想像以上のモンスターなことが分かったし、それだけでも収穫じゃないかな」

「……まあ、なんでもいっか。次はもっとこう……単なる攻略じゃなくて《クエスト》とかにしてみようぜ」

「いいねぇ、それなら報酬も出るし」


 ギルドへ続く道で、ダンジョンクリア後にダンジョンの話をするジャンキーっぷりを発揮していると、敬虔な俺たちを出迎えてくれるつもりなのかギルドの扉が勝手に開く。


「あ、でぃーぶい男だよ」


 金髪イケメンのフリッツと、連れの大男メイン。

 奴らが少し苛立った様子でこっちへ向かってくる。


「あーあ、あの様子じゃ追い出されちゃった感じだね」


 少しずつ距離が近づいてゆき、互いの顔が明確に視認できるところまで来ると──俺は少しだけ反対方向に顔を背けた。


「ん? そこの君」


 ちっ、話しかけてくんなよ。


「ほえ? わたし??」

「ああ、もしかしてククル殿じゃないか?」

「うーん、ははは、よく分かったねぇ」

「当然さ、帽子を被っていてもオーラは隠せない。な? メイン」

「あー、俺は勿論分かんなかったぜ!」


 いや、まったくもって俺に興味を示していないみたいだ。


 確か主人公の魔力形質──『神眼』は人の魔力形質を見抜く魔法が使える。

 こいつが才能ある仲間を集めるのにめちゃくちゃ使えるんだ。

 俺みたいにステータスだけバカみたいに高い奴を見落としてしまうのは欠点ではあるけど。


 『消滅』は超希少な上にククルは有名人。

 魔力形質さえ分かってしまえば名前の断定は簡単だ。


「俺たちのパーティーに入らないか? 報酬は色をつけよう」

「光栄な話だね。でも……遠慮しておこうかな、ちゃんと相棒いるし」

「相棒……ククル殿の……? ソロにこだわっていると聞いていたが……そこの者は従者じゃないのか。よければ顔を見せてくれないか?」


 促され……俺は仕方なくフリッツの方へ向く。


 すると彼は不思議そうに顎を摩った。


「灰色の髪に、悪い意味ではないが特徴のない顔……ああすまない、知らない御仁だ。てっきり名のある戦士かと思ったよ」

「……」


 無礼な男だ。

 一年間見続けた、この顔を忘れただと?

 12歳は大人じゃないが、魔力があるこの世界だと余裕で一人前だ。

 10歳未満の探窟家なんて山ほどいる。

 無責任にも程があるだろ。

 

 お前が肉壁にしたせいで一生消えない傷となった、右目の下の切り傷でさえも忘れたってのか……?


 ああ、そうかよ。

 まあ加害者側は覚えてないってよく言うしな、何でもいいぜ。


「キミしつ」

「フリッツ。俺の顔をよく見ろ」

「?」


 言い返そうとしたククルを手で制し、俺より少し身長の高いフリッツの前に真正面から立つ。

 両腿の横で拳を強く握り、怯えで震える身体を懸命に抑えつけ抗う。

 

 決めた。

 ここで俺は何か、何かを変えるんだ。


「よく見えている……が、本当にすまない。メイン、お前もわからないよな」

「んあー、知らねえ野郎だ。ぶっ飛ばそうか?」


 来るなら来い、そっちの方が反射的に動ける。


「よせメイン。それより、要件があるのなら手短にお願いするよ」


 久しぶりのフリッツは、昔よりもずっと大きく見える。

 何でだろうな、身長はたいして変わらねえってのに。

 

 でもまあ、ゴーレムほどじゃねえか。


「この声、この顔、この傷、本当に覚えてないのかよ?」

「初対面だが? もしや、かまをかけていたりするのかな?」


 そうかよ。


「……何も思い出せないのなら、それでもいいぜ。近い将来、絶対に思い出す。俺と俺の名をよ──!」

「思い出す? 何の話だ……?」

「話は終わりだ、行こうククル」


 顔見て思い出せないやつに名乗る必要なんてねえだろ。


 ククルを引き連れさっさとギルドに向かい、扉を閉めて──脱力したように寄りかかった。


 …………


 ……


 やっべえ死ぬ。

 なんだあれ宣戦布告か? 

 特有の早口やっば恥っず死ぬ死ぬ死ぬって。

 一方的に感情ぶつけて終わりかよ、迷惑野郎じゃん。でも散々文字通り使い込んでいじめ抜いた男の事を覚えてない奴のが悪いよなァ?


 ああ、くそっくそっくそ!


「はぁ……わりいククル。お願いだ、俺の手ぇ握ってくれないか?」


 俺ぁクズだ。

 もう終わってる。

 晒す醜態レパートリーがもう残ってねえ。

 最強か?

 無敵じゃん。

 どうせならアイツぶん殴っといた方が……あぁ、それもダセえ。


「……いいよ。好きなだけどうぞ」

「ありがとう……」

「いいって、でもなんか……よく分かんないけど。うん、吹っ切れた顔してるよ」


 なんて優しいだククル。

 溜まったもん吐き出した挙句のこれ……はっ、やっば。

 握られるだけで過去一満たされてら。

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