追放された最強のかませ犬に転生した俺、ヒロインと共に欲望のままにダンジョンを攻略する〜主人公パーティーが仲間集めに苦労しているらしいけど……多分、俺のせいっす

ぱんまつり

第1話 酒瓶一本で変わる運命線

『マジでお前は能無しだな、戦いで役立てないなら少しは何かまともな提案をしてみたらどうなんだ?』

『やめとけフリッツ。こいつには何を言っても無駄だぜ?』

『エルっていつも何考えてるのかわかんなくて不気味よね〜』


 熱い酒が喉を滑り落ちる度に思い出したくもない記憶がフラッシュバックする。

 

 それでも俺は、自身の精神と肉体を虐め抜くようにしてジョッキを傾け続ける。

 

『追放だ。無能は要らん』


 6年も前に告げられた言葉が。

 あの決定的な一言が反芻したところで自然に酒の流れが止まる。


「ぅ、く……ぁああ、くそっ!!」


 涙腺が緩む。

 思考と視界が狭まる。

 

「あ」


 右手が痛い、と思ったらジョッキが割れていた。

 破片が俺の皮膚を浅く切り裂き、酒が机を派手に濡らしている。

 

「……足りねぇよぅ」


 もっとだ。

 イカれちまうほどに酒が欲しい。


 爛れた脳味噌に突き動かされるようにして机の足を伝う酒に舌を伸ばす。

 あまりに惨めな格好をしていると思い、羞恥心が怖気のように駆け登ってくる。


 6年も前の出来事に振り回され続けているこの惨めな男は誰だ?

 消えてしまえ、お前は本当に人間なのか?


「アァッッッッ!!!!」

 

 脳震盪。


 視界が激しく揺らぐ。


 あれ、机ぶっ壊れて……る?


 額を摩る……血だ。頭突きしたのか。


 なんか世界の向こう側みたいなのが見える。

 あれは何だ? 

 こことは違う場所?

 凄く綺麗な光だ。

 冗談だろ、そんなもンがあるなんて……間違いない。


「はっ、やっとお迎えが来たか」


 手を伸ばし、


 この瞬間、で何か──誰かの記憶が雪崩れ込んでくる。


 激しい頭痛、俺の絶叫が遠くの方で聞こえる。

 知らない景色、知らない声、知らない体験、知らない人、知らない人生、そして──ぞくりとするほどリアルな未来の光景。


「か……っは!? これは……」


 摩訶不思議な現象だった……酒でやられた脳へのショックで前世の記憶が蘇ってくるなんて……。

 

 まあ、前世の記憶を持ってる奴なんて割といるし何もおかしなことではないのだが、レアケースなことは確かだ。まさか自分に起こるとは考えもしなかったが。


「……あ〜、頭いてえ。くそ、どうなってる」

 

 細かいところまで全てを思い出したわけじゃない。

 前世の俺と、今の俺にとって重要なことだけを思い出したのだ。


 ここがとあるオンラインゲームの世界であること、そして俺がこの先今以上に落ちぶれていくことが確定しているキャラクターであること。

 この二つが特に重要っぽい。

 イカれちまった頭でもそれくらいは分かる。


「……そういや明日決勝だったっけ。かんっぜんに忘れてた」


 ラザニカ王国大武闘大会決勝戦。

 そこまで勝ち上がった俺は極度の二日酔いによって力を出すことなく完膚なきまでに敗北する。


 冒険者パーティーを追放されてからというもの人里離れた山に籠り剣と酒に没頭した6年間。

 

 酒癖は悪かったが剣に対しての取り組みは誰にも負けない自負があった。


 そんな俺が、無能として追放された自身でも何者かに成れたのだということを証明するために参加した王国最強を決める武闘大会だったのだが……勝ち上がるほどに酒の量が嵩んだ。


 もしも頂上で無様な敗北を喫するようなことがあれば、人生の全てが破壊されたように感じた俺の私生活がさらに荒れ狂ってゆくことは想像に難くない。

 

「ぅひっく……流石にそりゃあ無いぜ」


 駄々を捏ねながら壁に立て掛けた大剣を背負い、手に持っていた酒瓶を震える手で机に置いて、ややふらつきながら山小屋の外に出た。

 ま、この程度の酔いならコロシアムに着く頃には冷めているだろう。

 二日酔い常習犯の俺には手に取るように分かる。



♧♧♧♧♧♧


 

「おっ、今日は顔色いいじゃねえか!」

「……そうか?」

「おうよ、逆に心配ではあるが……ま、頑張ってこいよ!」


 係員に背中を強く押されてコロシアムの入退場ゲートを潜る。


 すると観客から万雷の拍手が巻き起こり、全身の筋肉が急速に緊張していくのが手に取るようにわかった。


 臆する自身を鼓舞するため、歯を食いしばっていると俺の紹介アナウンスが入る。


『まずは西ゲート! 無言の最強酔剣使いエル・ディア・ブレイズマンの入場だァ!! しかぁし! これはどうしたことか、顔色がすこぶるイイぞぉ!? 無名ながら数多の強豪を打ち倒してきた彼が新たな境地を見せてくれることに期待しましょう!!!!』


 いや……俺は酔剣使いじゃないぞ?

 まあここまで二日酔いの状態で勝ち上がってきたし、そう見られていても不思議じゃないか。


 武舞台に立つと、反対側のゲートが重々しく上がる。

 俺の時よりもさらに大きな拍手と声援が嵐のように飛ぶ。


『対する東ゲート! ラザニカ王国アインザック公爵家がご令嬢、超新星ククル・ヴィ・アインザック様の入場だァ!! 稀代の大天才にして傾国の美少女!! 最難関ダンジョン『ウロボロス』へソロで挑み続けるククル様のッ、誰も見たことのない絶技をその目に焼き付けろ!!!』


 東から武舞台に上がってくる彼女の姿はまるで太陽のようだった。


 毛先に向かって金に染まってゆく赤の髪。

 この距離からでも分かる俺とは対照的に強い意志を感じさせる鋭い眼光。

 近づいてくるにつれ際立つ『傾国の美少女』と称される神が象ったとしか思えない抜群のスタイルと整った顔立ち。


『さぁっ、両者向かい合って──────』


 地位も才能も容姿も──何もかもが与えられた彼女は当然のように俺の間合いの外に立つと白雪のような細剣を抜き、刃のように鋭く凛とした声を発する。


「ククルよ」

「……エル」


 俺はボソリと名乗って大剣を構える。


「うん、エル。覚えたわ。試合を楽しみましょう」


 ククルは腰を落とす。

 練り上げられた魔力は炎のように可視化し一才の無駄がなく身体の隅々まで行き渡っている。


 確かにこれは二日酔いの俺じゃ勝てん。

 主人公パーティー加入前の紹介イベントで、かませ犬として討ち倒されてしまうのも十分に頷ける話だ。


 だが、それはもちろん覆させてもらう。

 

『──────試合開始ッッ!!!!』

 

 開始と同時。

 スピードで勝るククルが俺の懐に飛び込み、両腕の腱を切り裂いての瞬殺勝利──これが正史での流れだったが、今は違う。


「ふんっっ」


 大剣を下から振り上げることにより巻き起こる突風。風の壁にぶち当たったククルは地を蹴り直し再加速する。

 リズムが狂い、速度も落ちたため疾風怒濤の突きは上体をあおるようにして回避。

 さらに、反った上体の反発を利用して俺は勢いよく大剣を振り下ろす。


 完全にシナリオが変わったわけだが……もちろん、ククルも屈指の強者。

 出鼻をくじかれたとて次なる一手を準備する。

 それは防御体勢であり攻めを忘れぬカウンター狙いの構え。


 早く良い判断だ。

 相手の攻撃力が想定の数段上をいかなければ、という前提はあるが。


「────ッッ!?」


 大剣による振り下ろしで武舞台に無数の亀裂が走る。


 ククルが受け流したことにより切っ先がからだ。


「たかが《スマッシュ》がこの威力……あり得ない! いったいどれほどの──ッ」


 カウンターをやめ、咄嗟に防御の意識を高め受け流す選択をしたククルの細剣には細かい傷が無数に入っている。


 音を操作する初級魔法『サウンド・ドミネイト』を何らかの武器に乗せて放つ初級武技スキル《スマッシュ》を極めた俺の攻撃は、武器破壊能力がずば抜けて高いのだ。


 長期戦は明確に不利だと悟ったのかククルは距離を取り、持てる魔力を全て細剣に注ぎ込み大上段の構えを取った。


「才能に頼り切った技だよ。初級剣技を極めたキミから見れば醜く映るかもね」


 才能に頼り切った?

 自分を卑下するなんてとんでもない。


 今まさに彼女が放とうとしている技は研鑽の果てにあるものだ。


 周囲の瓦礫が舞い上がり、剣先に集まっては消える。

 可視化した魔力は黄金の輝きを放ち、細剣を覆い隠す。


 確か彼女の魔力形質は『消滅』だったか。

 俺の『音』なんていうありふれたものじゃなく、百年に一度の逸材だ。

 もちろんマイナーすぎるので教科書なんてものはなく、使いこなせたならば強力だがそこに至るまでの道のりは生半なものじゃなかったはず。


 あれを打ち破るに足る武器は──一つしかない。


 そう、俺が持てるたった一つの必殺技とも言える最大最強の武技スキル


「勝負!!!!」


 ククルが駆け出すと同時に俺も動く。


 武舞台の中央。

 刹那の交錯。

 俺が放つのは神経が幾度となく焼き切れるほどに繰り返してきた基本にして奥義。


「スマァアアアアッッッッシュ!!!!!!!!」


 凄まじい破裂音が半径1メートル圏内のみで炸裂。 

 直後に余波が会場全体に伝わって武舞台の砂や塵が全て宙に舞う。


 静まり返った場内に響くのは複数の金属が落ちる音。

 残心し、互いに背を向けていた俺たちはゆらりと向き直る。


 インナーまで吹き飛んでしまった右腕の先──拳を開き灰を捨てたククルは淡く微笑み宣言する。


「やられた、剣を合わせず衝撃波だけで破壊するなんて……わたしの負けだね」


 一秒、二秒、三秒……遅れて会場に喧騒が戻ってきた頃、ようやくアナウンスが入る。


『っ、衝撃の決着ですッッッ!!!! 一瞬の交錯を制したのはエル選手!! 得意の酔剣を封じた彼は、それでも強かった!!!!』


 割れんばかりの大歓声を、肩で息をしながら呆然と受け止める。


 勝った……のか。


 そうか……なんだか実感が湧かないな。


 何かこう、涙が込み上げてきたりするものだと思っていたが、夢見心地なのだろうか。よく分からんが現実感がない。

 

 こうやって手を振ってみたらいいのかな。

 頂点に立ったんだ。

 きちんと勝者としてアピールをしなければ。


 ぎこちなく口角と手を上げてひょこひょこと歩いていると、追加のアナウンスで思わぬ方向へ空気は転換する。


『はてさて……ククル様優勝で終わってしまうという下馬評でしたが……番狂わせは起こるものですね。ククル様とパーティーを組む彼への嫉妬を拳に込めながら! ここから先を暖かく見届けさせていただきましょう!!!』


 え…………パーティー?

 いきなり何の話だ?

 そんなの聞いてないぞ?

 

「んあ? いや俺は」

『おぉっと、エル選手! あまりの喜びに動揺を隠せていないぞ!!! こぉの色男!!』


 くそ、実況の女め。

 なんでそんなに楽しそうなんだよ。

 前世の俺はインキャだし、今の俺も経験なさすぎてノリについていけんぞ。


「キミ、わたし目当てで来たんじゃないの?」


 怨嗟を実況席にぶつけていると近くで声がした。


「ぇ……うぉあ?!」


 え、柔らかっ、指? 手?!

 やめろ、俺の手にそんな優しく絡めてくるな。

 死ぬ! 溶けちまう!


「ち、がうっ、俺はその……ただ証明したくて」

「実力を? うん、すっごく強かったね」

「あ、ありがとう……ああっ、そうじゃねえよ!」


 気を動転させ情けなくジタバタしていると、観客からどっと笑いが起こる。

 俺は見せ物じゃない。

 やめてくれ。

 何だと思ってやがる。

 あいつの顔、馬鹿にしてるな?

 くそ、結局力なんて……努力なんて意味なかったじゃないか。


 はっ、死に──


「あ、震えてる」

「────!!!」


 ククルにぎゅうっと抱きしめられる。

 柔らかい、良い匂い。


 ああ……何だこれ。

 笑われてるとか馬鹿にされてるとか、なんにも考えられなくなっちまう。


 そんな俺の耳元へ、とどめの囁き。


「ね、どんな大金よりも最高の景品だと思わない?」


 視界がぐるんと上向いた。



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