第3話 ヒロインの猛攻に耐えられる訳がなかったんだ

 第一ヒロイン『ククル・ヴィ・アインザック』は俺とは真反対の人物だ。


 誰にでも分け隔てなく明るく接する完璧超人な陽キャ。

 陽キャだの何だの考えてしまうのは俺だけで、きっとこの人は一切意識していない。


 あまりに眩し過ぎる光の元では生きられない。

 溶けてしまうってのはそういうことだ。

 

 ククルの誘いに乗ることは……俺には出来ない。


「はぁっ、はぁっ、くそ──っ、何してんだ俺は」


 ククルの意志がヒロイン級に強く絶対に引いてくれないことをすぐに悟った俺は、迎えに来た彼女をぶっちぎり鍛え上げた健脚で逃げていた。

 ダンジョン内の棲家は見つかってしまったので打ち捨てて王都の方へ。

 フードで顔を覆い、逃げ込んだ路地裏を何処ぞの犯罪者のように歩く。

 

 強くなり何かを成し遂げ、ついでに前世からの転生者であることが判明したところで俺の根本的な部分は何も変わらなかったのだ。

 

 負け犬。

 かませ犬。


 しみったれた性根は死んでも治らん。

 誰かとパーティーを組むなんてもっての外。

 きっと俺は一生逃げ続けるに違いない。


「……あそこに泊まるか」 


 寂れた宿屋に入り、禿頭の主人の前に銀貨を三枚置く。

 相場は忘れたがこれくらいあれば大丈夫だろ。

 そう思って差し出した銀貨だったが……なぜか主人に手で制された。


 主人はツルッツルの頭を撫で上げ、思考する仕草をする。


「あ〜、多分、大剣のお前さんは払わなくていいよ」

「……大剣特権的なやつです?」

「そんなもんねえよ……ま、二階上がって左端の部屋行ってみろ。そこがお前さんの部屋だ」

「はぁ……」


 よくわからん。

 とりあえずギシギシと軋む宿屋の階段を上がり、言われた通り左端の部屋へ向かう。

 

 取り付けの悪そうな扉のドアノブに手を掛けようとした瞬間──俺が開くまでもなく扉は勝手に開いた。


「あ、おかえり〜、待ってたよ」


 部屋着姿のククルがいた。


「うぉあ!?!?」


 咄嗟に逃げようとしたが、完全に先回りしていて動揺もない彼女の方が早く動き、俺の右腕をグイッと引っ張ってくる。


「はいそこ、逃げないの」


 重心が前に倒れ込み、硬い床に自然──ククルを押し倒す形になる。


「────っ!?!?」


 口から言葉にならない声が漏れる中、事態はさらに進行する。

 俺の指の感触を一本一本確かめるように、なぞるように滑らかに絡め取り──俺の手を、むっ、胸に押し当ててきた。


 そのまま俺の手は俺の支配から逃れ、無意識的に揉み、もっもも──!?!?


「ぅっ、おわっっ、アア??!!!?!?」


 止まんねえ、手が!?


 どうなってやがる、まるで俺の手じゃないみてえだ。


「どう? 気持ちいい?」

「はっ、はァ!? そんなわけっ、あるかよ!?」


 そう言いつつ、右手は動き続ける。


「そうだよね、キミの目、わたしによく似てるもん」

「似てる……?」

「満たされない、そんな飢えた目。しかも厄介なことに、なんで自分が満たされていないのか完全には分かってないの」

「……っ、何のことかさっぱりだ」


 そんなことよりおかしいだろっ、この状況……!

 だいたい、展開が早過ぎるしついていけんよ。


「欲望……って言えばいいのかな。エルくんさ、わたしに勝って優勝してどう思った?」

「っ、嬉しかったけど……よくわかんねえな」

「うん、帰っちゃったもんね。なんか嫌なことでもあったの?」

「人が嫌いなんだ。じゃないとあんなとこに住まねえよ」


 いくら人が嫌いでも、表彰くらいはされたい……と思うはず。

 この国最大級の名誉を俺はいとも簡単に蹴ったんだ。

 その理由が満たされない足りないから苦手意識を凌駕するほどのものじゃなかったからとでも?


「……まわりくどい。結局何が言いてえんだ?」

「わたしと組んでほしいな。まあ、優勝しちゃった時点からパーティー結成する契約になってるから……『わたしと行動を共にしてほしい』が正確か」


 んだよ契約って。

 サインしたことすらいまいち覚えていないし……これ含めて全部酒のせいってことにしておこう。

 ゲームにもそんな設定はなかったと思うし、ヒロインが負けた後の展開を示唆する設定なんて開示する必要がないんだろうな。


「……ダンジョン攻略だけの仲ってのはダメか?」

「うーん、どうしてもって言うなら最悪それでもいいんだけど……不安だなぁ。わたし、ソロでAランク探窟家シーカーだから、パーティーメンバーのキミも強制Aランク。だからBランク以下のダンジョンで練習とかは出来ないんだよ」

「そうなのか……」


 完全な仕事だけの付き合いを選択した場合、お互いをよく知ることなく高難度ダンジョンに突入することになるってわけか。

 

 ククルは確かにソロ探窟家シーカーとしては頂点クラスに位置するが、パーティーでの経験は無かったはず。

 スタンドプレイしまくりの俺とククルが、凶悪なダンジョンに翻弄されるのが見える見える。


「……ところでエルくん、今何歳?」

「え……あぁ、多分、18……かな」

「じゃあわたしの一個下だね。多分って、違ったらごめんだけど……孤児だったりするのかな?」

「だったらっ、なんだよ……」


 物心ついた時にはもう、末端で探窟家シーカーをやっていた。

 最初はククルと同じようにソロで。

 初めて入ったパーティーで追放された。

 探窟家シーカーとして生きた全てが否定されたように感じる──そんな衝撃的な出来事だった。


 そう、全てを失ったんだ。

 あの日から、力以外は何も変わらないし得ていない。


「エルくんって経験少ないよね。剣と山小屋に転がってた安酒以外に何かあるかな。例えばそう、右手の感触だったり……」


 ククルは床に落ちていた小さな麻袋から、明らかに大きな酒瓶を取り出してゴキュゴキュと口に含んだ。

 ぷるんとしたピンク色の唇が妖しく光る。


「おいしっ、最高級のお酒。エルくんもどう?」

「イラね」

「ふーん、じゃっ、いいけどぉ」


 こくんこくんとククルの綺麗な喉が上下する。


 少しずつ彼女の頬が赤らんでいって──それにつられて俺の身体もなぜか暖かくなってゆく。


 好物を目の前に吊り下げられた肉食獣のように。


「ぷはぁっ、おいしかった〜。ごめんねエルくん、わたしだけで楽しんじゃってぇ」


 この間、全ての時間で動き続けていた右手をおそるおそる引き上げてイカれちまったを睨みつける。


 手にはまだ暖かさ柔らかさが残っていて、そいつがまだことが文字通り手に取るようにわかる。


 さっきの酒だってそう。

 飲みたいって全身が言ってたし、何ならあの唇ごしに欲しいとさえ多分……思ったんだ。


「それじゃっ、次はぁ──」


 馬乗りなっていたところ、俺は立ち上がり降参したかのように手を挙げる。


「もういい。キリがねえからよ、付き合ってやる」


 大方の予想通り、到底俺の手には負えない圧倒的なヒロインパワー。

 まさかR15越えくらいの手法で攻めてくるとは思わなかったけど。

 このままだとやられっぱなしなのは目に見えてる。なら、さっさと白旗あげた方がいい。


 良い機会だ。

 どうせ逃げても永遠に追いかけてくるし、ククルと組んでみるのも自分を変えるという意味じゃ悪くない。


「そう? ありがと。ごめんね、やり過ぎちゃったかも」


 ククルはゆらりと立ち上がり、ぐらりと俺の胸に倒れ込んできたので体幹を保って受け止める。


「──っ、大丈夫かよ。酒……もしかして弱い?」

「ぅ、うん……エルくん、意外と優しいんだね」


 ほんとにやりすぎだ。

 無理してでも俺と組みたいのか……ククルのに関係してるんだろうな。ゲームではどうなっていたのか詳細は思い出せないけど。


「全部、キミのやりたいこと全部叶えてあげるから……ぁ。ふ、へへ、逃さないよぉ」

「……」


 抱擁が強くなる。

 絶対に離さないんだという意志が肌を通して俺の中の、奥の奥の方にまで染み込んでくる。


 あぁ、くそ、ほんと俺は頑固だな。

 もっと素直になれよ。

  

、止まったね。やったぁ」


 こんなの……っ、最高に決まってんだろ。

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