日常定食ーコリウスの花を添えてー
「あの、私なんかがここにいていいんですか?」
「夜風が冷えるだろ」
外にいたままだと風邪ひいちゃうからな。
「そういうことではなくて……」
どうも自分は受け入れられるべきではないと考えているらしい。
それもそうか。
《黒の王》を倒した後、とりあえず家に帰ろうという話に。
恵さんは所在なさげにしていたが、
「私は、大変なことをしてしまったのに」
「
「でも、しようとしたのは事実です」
「でもなあ」
恵さんの言いたいことは分かる。しかし、
「恵さんは結局何も出来なかったと思う」
「え?」
「俺を死に追いやることも、来夏とやゆこを傷つけることも」
「……」
ある意味、仕事ができないって言ってるようなもんだが。
「君は優しいからな」
「先輩……」
そうこうしていると、来夏がお盆に食事を乗せて持ってきた。
「そうよ。だって恵ちゃん、私の束縛縄だってゆるゆるだったじゃない」
「え、いや……」
視線を中空でさまよわせる俺の後輩は、まるで言い訳を考えているようだった。
「大事なものには、順番があるわ」
来夏が卓上にお盆を乗せる。
「わあああ、おいしそうなごはん!」
先ほど目を覚ましたやゆこが、目を輝かせている。
俺と来夏を守る夢を見たと言っていた。どうやら、戦闘時の記憶が
「あなたは仕事よりも大事なことができてしまった。そして、それを守ろうとした。それだけよ」
「来夏さん……」
恵さんは下を向き、くちびるを引き結んだ。
「ふふふ。まずは、皆でご飯でも食べましょう?」
俺たちは皆で手を合わせ――
「「「「いただきます」」」」
声を
「ん、これは……!」
恵さんは驚愕に目を見開いている。
「どうだ、美味いだろう?」
「先輩、やばいです!」
まるで天上世界の美味を食べたかのような表情だ。
無理もない。来夏の飯は美味すぎる。
「恵さん、君はこれからも《コリウス》として生きていくのか?」
「……」
俺の問いかけに、恵さんは沈黙する。
コリウス。
黒の王の配下としての彼女の名だ。
そして、叶わない恋を花言葉とする植物の名前でもある。
黙り込む恵さんは、路頭に迷っている様子だ。
これからどうすればよいのか? ……その問いに、答えを見出せずにいる。
従わなければいけない主は、今や遠い次元の彼方だ。
「君は俺が守るよ。だから、恵さんとして生きてみないか?」
ただただ漠然と生きる俺に
にこりと微笑みかけると、恵さんは下を向いてしまった。
無言で食事を続けている。
「恵さん?」
「先輩」
肩をぴくぴくと震わせる姿は、笑いをこらえているようにも、泣いているようにも見えた。
「せ、先輩のせいでっ……美味し、美味しいご飯……しょっぱくなっちゃうじゃないですかッ……」
嗚咽を漏らしながらも、決して顔を上げない恵さん。
やれ、泣かすつもりは無かったんだがなあ。
「あっ、す、すまん!」
「あ~、あなたったら。罪な男ね~」
「いや、ごめん!」
「おとーさん、さいて~!」
「ち、ちがうんだ、これは……!」
どうしよう、嫁も娘も後輩も、みんな俺より強いんだが……。
「でも先輩、私、名前は《コリウス》のままでも良いんです」
淡々と、それでいて力強く恵さんが続ける。
「この名前は背負って。それでいて、自分が叶えたいこと、叶えようとするのが、かっこいいかなって」
てへへ、とやっと顔を上げた彼女の目じりに水滴が光る。
「本当に叶えたいことは、自分の力で叶えて見せますから。先輩みたいに」
涙を指ではじきながら、力強く言い放った。
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