エピローグ いつも通りの非日常。

 10月31日。電話が震えた。いつもの役人だ。

 11月8日の予定を聞かれた。

「え? 空いてますけど。なんですか、飲みにでも誘うつもりですか?」

 まったく、俺と仲良くなりたいなら早くにそう言えば良いものを。

「え? ……月をむ悪魔? ……はい、ええ」

 なんでも銀河系の外から来客らしい。……は?

「いや、地球外の知的生命体とかファンタジーですって~。ハロウィンとエイプリルフール、間違ってませんか? ……へ? 各メディアに400年ぶりの皆既月食って触れて回って、情報操作も済ませてる? いや、ごめんなさい。ちょっと良く分からないんですけど」

 聞いた話によると、その生命体が月を丸のみするので、月が夜空から消えるらしい。

 そのままだと月は消滅してしまうという。

「皆既月食に見えるように、月を丸のみさせてから、ゆっくりとその悪魔を倒して月を吐き出させてほしい……と。

 私をなんだと思ってるんですか!? バケモノ!? そう言われても仕方ないですけれども」

 一応、ぎりぎり人間のつもりなんだが。

 うーん、多分普通にやろうと思えばできるんだけどさあ……。

「ここのところミサイルとかで忙しかったから、ちょっと休暇が欲しいなあ~、なんて。 ……なになに、『こっちの台詞セリフ』? あ、いやあ、まあ心中はお察ししますけど。そりゃあ忙しいですよねえ、そちらも」

 国民は好き勝手言うし、辛いからと言ってその声をスルーするわけにもいかない。

 役人の仕事は国民を守ることだからだ。

 でも、俺だってその国民の一人なんだぜ!?

「私も一国民なので! 今回は辞退させていただきたいですね。良いんじゃないですか? 月なんてどうせ見る人は少ないでしょうし。無くなっても別に困らないでしょ。 

 ……あ、ちょっと待ってくださいね」

 服のすそが引っ張られる感覚に電話を中断する。下を見ると、愛しの我が娘――やゆこがくいくいと引っ張っていた。

「どうしたマイレディ?」

 表情を作って問うと、

「おとーさん! こんどね、すっごいてんたいショーがあるんだって」

「……へえ?」

 おっと?

「400ねんぶりのカイキゲッショク、なんだって。あたし、すっっっごく、たのしみだなあ!!」

 娘はキラキラした瞳で俺を見つめてくる。

「おー、それは良かった。ぱぱもすっっっごく、楽しみだよ」

「わーい! じゃあ、すっっっごく、すっっっごくたのしみだああ!」

「まあ、その日はお仕事かもしれないけどね」

「そうなの? いっしょにみれないの、すこしざんねん」

 やゆこはわずかに眉を下げる。

「大丈夫! お母さんと恵さんが一緒に見てくれるよ」

「そうだね。それに、おとーさんもおなじじかんにみあげれば、きもちはひとつだね!」


 ヒーローのような台詞を口にし、我が愛しの娘はバカ高いテンションでわいわいと駆けていった。


「……ああ、すいませんね。お待たせしました。ちょっと娘がね。あ、さっきの宇宙人の件ですが。やりますよ、任せてください。 ……え? 断ったじゃないかって? ええ~、私が断ったことあります? 無いですよ~。きっと幻聴ですって」


 だって仕方がない。


「星のひとつやふたつくらい、いくらでも救って見せますよ」


 愛すべき人の、愛すべき笑顔を見ていたいのだから。



<了>

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とある超人の日常は、果たして日常か? こばなし @anima369

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