愛してしまったから、全部。
「お父さん、あとは……がんばって……」
「やゆこ!」
力を使い過ぎた反動か、やゆこの身体が急激に元の姿に戻る。
半分は普通の人間だからだろうか。
「大丈夫、眠っているだけみたい」
脱出した
「あーあ。先輩には最後までバレたくなかったなあ」
ニヒルな笑みを浮かべた俺の後輩と対峙する。
「
「私は《黒の王》に仕える《コリウス》。恵とはかりそめの姿です」
《黒の王》。
都市伝説くらいには聞いたことがある気がする。
「世界の再生の前兆として、破滅をもたらす者……だったけか?」
「ええ、よくご存じで。あのお方……《黒の王》の命令は、あなたを亡き者にすることでした」
「やっぱり狙いは俺だったんだな」
「はい。命令を受けた私はあなたの後輩として潜入し、命を奪う隙をうかがっていました」
でも、と彼女は続ける。
「あなたが世界を救う様子を何度も見てきました。最近では上空でミサイルを異空間に処理するとことか」
「見ていたのか」
どこからか監視されていたらしい。この俺がまったく気付かなかったとは……。
「はい。それに、仕事の時もちょいちょい能力使ってましたよね?」
「バレていたのか!?」
「バレバレです! いくらなんでもマグカップが浮いているのを錯覚するはずありません!」
「うぐ!」
「それに、あの量の仕事を普通の人間が片付けられるはずがありません。なんで一週間分の量を一日で片付けちゃうんですか!?」
「うぐぐ!」
「それに、空飛んでたの、先輩ですよね?」
それもバレてた!
「なぜシルエットだけで分かったんだ!?」
「分かりますよ。毎日穴が空くほど見つめているので、シルエットだけで先輩と判断するには十分すぎる情報です」
「お、おお……」
「あとは、終わってない私の仕事を手伝ってくれたりとか、ことあるごとに相談乗ってくれたりとか、後ろ姿がかっこ良すぎるとか!」
「それは能力関係ないだろ!?」
一番最後のは特に関係ない。
「関係、無いですけど……」
恵さんはこれまでを思い出しているのか、どこか遠い目をしている。
「あなたを死なせたくない理由としては、充分過ぎました」
「私はあなたのような人を死なせたくありません。そして、不幸にもしたくありません。
あなたがどれほど優しくて愛情豊かな人なのか、ここ数年で痛いほど知ってしまいましたから」
「恵さん……」
「《黒の王》の狙いは、この世界の再生。そのためにまずはこの世界を破壊しようとしているのです」
「破壊のために、俺が邪魔だったってことだな」
「はい」
「だが、君は《黒の王》の命令を実行できなくなった。なぜだ?」
「だって、あなたのことを――好きになってしまったから」
「……」
どうしよう、妻の目の前でちょっと気まずい。
横にいる来夏を見てみると、
「うんうん、いや、分かる。だってうちの夫、かっこ良すぎるもんね……」
と、なぜか共感している。
それで良いのか俺の嫁!
「ええ。本当にその通りです。奥さんがうらやまし過ぎます」
あの時、遠く見つめた羨望のまなざしは、毎日美味しいお弁当を食べられる俺にではなく、俺と一緒にいられる来夏に向けられていたということか。
「ええ。本当にうちの夫は最高よ! 毎日私の料理を美味しいって言ってくれるの」
「毎日ですか!? さすが先輩、夫の
「会社ではどうなの?」
「会社でも最高にかっこいいですよ。いつもさらっと気を使ってくれるんです」
「あら、あなたも夫の気遣いに気付くなんて、見る目があるじゃないの」
「いや、女子会始まった?」
突然、俺を挟んで絶賛タイムが始まった。
和やかな空気が漂い始めたが――
「ふふ、女子会かあ。好きな人の話で盛り上がる――そんな世界線があったら良かったですね」
ばっさりと空気を変える恵。
「私の能力、《
「それが君の答えってことか」
「さすが帳さん。能力開示だけでそこまで理解るなんて」
「超人だからな」
《黒の王》の命令から逃れ、俺の愛する家族の安寧をもたらすこと。
それが追い詰められた彼女の苦肉の策だ。
「でもって君は、俺に殺されるつもりだろ?」
恵さんは俺の言葉にびくりと肩を跳ねさせる。
「……なんでもお見通しなんですね」
「超人だからな」
俺の知っている彼女なら、そうするだろう。
「そうすれば、俺が《黒の王》に殺される心配もない」
「はい。私の能力は自分を対象者にすることも可能ですから。
愛する人と生きるという願いと引き換えに、愛する人の天寿までの健康を約束できます。……こんな言葉を何度も口にするのは憚られますね」
はずかしそうに下を向いた表情は、しかし悲哀を浮かべていた。
彼女が俺を連れ出すことで、俺の愛する家族の無事が叶う。
それから彼女を俺が殺害することで、彼女の願いである俺の無事が叶う。
「先輩、一緒に逃げましょう? ……こんな救いようのない世界なんて捨てて」
「確かに、この世界は救いようが無い」
ことある毎に労働力は搾取され、俺からあらゆる自由を奪おうとする奴らが
他力本願に満ち溢れ、一部の善人だけが、放棄された責任を拾って回る世界。
「だけどな」
来夏とやゆこを見やる。
「俺の生きている意味が、この世界にあるから。……俺の愛する人が生きている世界でもあるから」
交渉は決裂。
そして、耳をつんざく爆発音が静寂をぶち壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます