先輩にだけ、特別なんですからねっ。
会社のカフェスペースには、
沢山の人が快適に使えるよう、席は無数に用意されている。
ガラス張りで日当たりの良い空間は、お洒落な大型商業施設のフードコートのようですらある。
俺と
「「いただきます」」
彼女はお手製の弁当を、俺は妻の作ったお弁当を広げて手を合わす。
「
「だろ? 妻が作ってくれたんだ」
「そう、奥さんが……」
恵さんの表情に影が差し、瞳から光が消えた。
「え、大丈夫?」
「え、ええ! 大丈夫ですよ。ただちょっと、うらやましいなって」
「美味しそうだろう? 良かったら、ちょっと分けてあげるけど」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
にぱあと笑顔になってくれた。妻へ、あなたは俺だけではなく、俺の後輩まで笑顔にしてくれる女神のような存在です。今日もありがとうございます。
「ん、おいひい~。これ、やばいですね」
「やっぱ恵さんも分かる? 最高なんだよ、嫁さんの料理」
「……奥さんも、帳さんにそんな風に言ってもらえて嬉しいことでしょう」
恵さんが慈愛に満ちた優しい笑顔を向けてくる。
「いやいや。帳さんこそ美味しそうなお弁当作ってるじゃん! 食べてくれる人とかいないの?」
「あ、いえ……」
しまった、こういうのセクハラだわ。
「ご、ごめん。余計なこと聞いた。今のは――」
「いえいえ、気にしないでください」
恵さんは両手を振り、気にするなとフォローしてくれている。
「帳さんになら、全然話しますよ? むしろそういう話、したいまであります!」
「ああ、うん、すまん!」
めっちゃ気遣ってくれてる。やはり良い人だ。
「えと、お弁当食べてくれるような、彼氏みたいな人はいないですよ」
「そうなんだ」
「でも、食べて欲しいなあって人は、います」
「おお!」
つまり、好きな人がいるということか。人の恋バナって気になるよな。
ここまで話してくれてるのであれば、むしろ話したいと思ってくれていると踏んでよいだろう。
「それってどんな人なんだ?」
「えっとですねえ、普段はふつーなんですけど、実はめっちゃカッコ良くて」
「うんうん」
「仕事とかもいつも余裕があって」
「ふむふむ」
「とんでもない実力を持ってるってのが伝わってくるんですよね」
「へえ、なんか裏でヒーローやってそうなタイプの人間だな」
なんというか、俺みたいな人なのだろうか。
「そう、まさにそんな感じの人なんです。裏で世界の平和を守ってるみたいな」
恵さんはあくまでも自作の弁当に顔を向けているが、時折ちらちらとこちらに目くばせする。
もしかして、恋愛相談がしたくてランチに誘ったのか?
うら若き乙女、かわいい~。
「そしたらさ、その人に食べてもらうときのためにもお弁当作ってるわけだ? 良かったら、味見させて欲しいな」
「ふぇ!? え、今ですか!? もうですか!?」
「他人からの料理の感想って貴重だろ? それに、俺みたいなので一度試しておけば、本当に食べてもらいたい人に食べてもらうときに緊張しないで済むかなって」
美味しいって言ってもらえたら、自信もつくだろうしな。
「……そういうところですよ、帳さん」
恵さんは赤くなった頬を膨らませる。え、怒ってる? さすがに突っ込み過ぎたか?
「あ、ごめん、嫌だったか!? 確かに、俺なんかに食べてもらいたくないよな」
「そうじゃなくて! 違います。……とりあえず、はい」
否定の言葉と同時に、卵焼きを突き出された。
先ほどの彼女の妄想とはだいぶ異なる塩対応だ。いや、別に期待とかしてないけども!
「……お口に合うと良いのですが」
「お、おう」
食えと言うことらしい。口に入れると、だし巻き卵の味わいが口いっぱいに広がった。ふわふわの食感から、丁寧に準備して作ったことが分かる。これは――
「美味い! 朝早く起きて作ってるんだな? やるねえ」
「っ、あ、ありがとうございますッ」
両手で顔を押さえた恵さん。指の隙間から見える目元には、うっすらと涙が浮かんでいる。
よっぽど嬉しかったのだろう。
「きっと、将来食べてくれる人も、美味しいって言ってくれるはずだよ」
「はい、帳さんが言うなら、間違いないですね」
満足げに頷いた彼女の、短い髪が揺れた。
「……やっぱり、うらやましい」
カフェスペース内の他の利用者たちの声にかき消され、彼女の言葉は良く聞き取れなかった。
「何か言った?」
「いえ。良い先輩持ったなって言っただけです」
「良い先輩? ふーん、誰のことだろうな」
「さあ? ふふ。お弁当、せっかく温めたのに冷めちゃいますよ」
軽口を交わし合い、美味しい食事を楽しんだ。
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