未確認飛行物体(俺)の件について
「先輩、ランチ楽しみですね!」
まだ昼休憩の12時にはなっていないが、恵さんは
「ああ、楽しみだな」
とはいえ、給湯室の妄想劇を考えると楽しみだけではなかったりする。
まあ、妄想はあくまでも妄想だ。きっと彼女なりに折り合いはつけていることだろう。
午後からの仕事の段取りをしていると。
ぷるぷるぷる、と恵さんの席の電話が鳴った。
「はい、恵です。はい、はい……え!? それは大変ですね。ええ、至急、なんとかします」
通話を終え、受話器をゆっくりと置く。
「先輩、どうしましょう。X社の製品を乗せたトラックが、納品先に着く前に脱輪してしまったようです」
「なんだと!」
「至急、何か手を打たなきゃ……」
わたわたとする恵さん。
ふむ、これはもう仕方あるまい。
「急いでるとこごめん。ちょっと席外すね」
「え? は、はい!」
すぐに戻ると告げ、席を立った。
上空から見下ろすと、脱輪して停止したトラックと、付近に立つ一人の男性が見える。
千里眼によって発見したX社の製品を乗せたトラックと、そのドライバーのようだ。
オフィスのある都心から遠く離れた東北地方の郊外である。
「どうも、本社の者です」
着陸し、立ち往生しているドライバーへ声をかける。
「ああ! この度は申し訳ございません。……え、本社の方ですか?」
しまった。ドライバーの視界の外から着陸したものの、本社からは距離があり過ぎた。
「たまたま近くにおりまして。本社からトラブル対処の命令を受けたのです」
「なるほど、そういうことでしたか」
とっさの言い訳を繰り出し、とりあえず不信感を拭う。
頭の回転の速さも超人なのだ。
「災難でしたね」
「いえ、ご迷惑をおかけします。ひとまず業者への連絡のみ完了しています」
連絡とは、脱輪等のトラブルを解決するサービス業者への連絡のことだろう。
解決してはくれるだろうが、到着までには時間がかかるはずだ。
納品先に対しては、先ほどの様子だと恵さんから連絡している。
「二人がかりなら、なんとか持ち上げられるかもしれませんよ?」
「え、このトラックめちゃくちゃ重いですよ?」
確かに重そうなトラックだ。
二人どころか、普通の人間が十人集まったところで持ち上げるのは無理だろう。
「火事場の馬鹿力と言いますから。ダメ元で試してみましょう」
「は、はあ」
ドライバーは俺に言われるがまま、とりあえず承諾してくれた。
二人で車体の脱輪した側に並ぶ。
「せーのでいきますよ。せーの」
車体の下に手をかけ、せーので持ち上げた。
「うそー、持ち上がっちゃった!」
そのままゆっくりと、道路にタイヤを接地させる。
「ほら、火事場の馬鹿力ですよ!」
嘘である。ほぼほぼ俺の超人パワーだ。
「ありがとうございます。ほとんど力を入れていない気がしますが、驚きました」
「ははっ」
驚きましたじゃねーよ。力入れろや!
まったく、他人任せにしやがって……。
「サービス業者には連絡を入れるとして。納品先を待たせてしまっていますね……」
「ええ、その件ですが。私がいったん、製品を預かりますよ。何とかします」
「よろしいでしょうか?」
「ええ、任せてください」
こういう時、本社の人間であるという印象は便利だ。
相手は権威を感じて素直になりやすい。
「では、よろしくお願いいたします」
ドライバーからX社の製品のみ預かり、他の商品を配送すべく走り出したトラックを見送った。
X社の製品を胸に抱き、納品先までひとっ飛び。
「どうもー、Z商事でーす」
「え、Z商事さん!? 商品遅れるって聞いてたけど」
納品先の受取人は、驚いた表情で俺を見る。
「いやあ、たまたま配送トラックの近くを私が通りかかりまして。早く着く移動手段(高速飛行)があったので、お届けの商品を預かってきました」
「そりゃあ良かった。かなり急いでたから、すごく助かったよ。
急な対応で疲れただろう? お茶でもどうかね」
「お心遣いありがとうございます。ですが、この後予定がございまして」
恵さんが俺とのランチを楽しみにしている。あまり待たせるわけにも行くまい。
「おお、そうかね。そしたら、お礼にこれでも持っていきな」
「ありがとうございます。では」
いただいた折り菓子を
「戻りましたー」
「あ、帳先輩!」
オフィスへ戻ると、恵さんが明るい表情で声をかけてきた。
「さっき納品先から連絡がありました。なんでも、近くを通りがかった本社の人が商品を届けてくれたみたいです」
「おお、それは良かったな!」
その本社の人、俺なんだけどな。
ここ、本社オフィスから納品先(東北)までは距離があり過ぎる。事実を明かす訳にはいかないのだ。
「それにしても、なんか騒がしいな」
オフィス内に設置してあるモニターに、ニュース映像が映し出されている。
「はい。なんでも、都心から東北上空にかけて、謎の飛行物体が目撃されたとのことです」
モニターを見ると、視聴者が撮影したと思われる映像が。
上空を人型のシルエットが飛行している様子だった。
他の誰でもない俺だった。
シルエットのみのため、恵さんは気付いていないらしい。
「つ、作りものじゃないかなあ? 最近の映像技術はすごいから」
「それが、複数の人が証言しているみたいなんですよ」
彼女はスマホを差し出してきた。
「動画とかもめっちゃあがってますよ。ほら」
恵さんのスマホの液晶には、沢山の飛行物体関連の動画がアップロードされている画面が表示されている。
「へえ~、不思議なこともあるもんだなあ」
「……帳先輩、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
くそ、何でもかんでも撮影しやがって!
プライバシーの侵害だ! 盗撮だ! 罰金だ!
いや、まあこの期に及んではどうでもいい。
「大丈夫。それより、問題も解決したことだしランチにしよう」
「はいっ♪」
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