とある超人の日常は、果たして日常か?

こばなし

プロローグ とある超人の日常

「ミサイル? いや、先月から何発目ですか……」

 23時を過ぎた頃だろうか。震えた電話は緊急の依頼だった。

「もう撃墜するのも飽き飽きですよ~。え、総理の遺憾砲が恐い? いや、今何時だと思ってるんですか? 妻も娘もぐっすりですよ。起こしたら明日の朝、妻からの遺憾砲で撃墜されるの私ですからね? 分かってます?」

 この時間の出動は危険である。

 彼女ら……妻と娘の安眠を妨げると、朝ごはん抜きの刑を食らうからだ。

 食事しなくても全く問題ない俺の体だが、妻の美味しい朝ごはんを食べられないのは死活問題だ。

 死なんけど。

 だからお役人、多少の誇張表現は許してくれ。

「対空システムあるでしょ? 実はもう完璧に完成してるっていう……はあ!? すり抜けて一発、国土に落ちそう? あと3分も無い!?」

 う~ん、と妻の寝言が聞こえる。しまった、ちょっと声が大き過ぎたか。

「……ああ、もう。分かりましたよ。行きます行きます」

 仕事モードに入るため、部屋着を脱ぐ。パワードスーツは常時着用型だ。

「『なんだかんだでいつでも出勤できるようにしてるの流石ですね』じゃないですよ~! も~、兵器開発にシステム改良の予算、ちゃんと回しといてくださいよ~」

 俺だって妻と娘の安らかな寝顔を眺めながら、安らかに眠りたい。

 健康上は寝なくても全く問題無い身体だけど。

「あと1分で国土上空? ……焦らなくていいですよ。任せてください」

 反重力で身体を宙に浮かす。周囲の塵も、いくらか同時に浮いた。

「アラートは今回も鳴らさないように。起こすと恐いんでね」

 まあ、正常に作動したとしても、鳴る前に片付けるけどな。

 部屋の窓を静かに開けて、音もなく着弾予想地点へ向けて飛び立つ。

「綺麗だ」

 飛行中、眼下に見える町の明かりを一瞥いちべつして。


***


 ミサイルは領空で無効化し、そのうえで異空間に処理した。

 海に落とすと環境保全上よろしくないからな。

 あー、また世界を救っちまったぜ。

「あらあなた。おはよう」

「お、おはよう」 

 リビングの扉を開くと、台所で美しい女性が朝食を作っていた。

 エプロンをした背中に、艶やかなポニーテールが揺れている。……俺の妻、とばり来夏らいかは今日も嘘みたいに綺麗だ。

「昨日もミサイル飛んできたらしいじゃない。アラート鳴らなかったわよ?」

「ああ。国土上空に差し掛かる直前で消失したことにした」

「へえ。今回も異空間処理かあ」

 さして驚嘆も無く呟く。

 来夏は俺が超人であることを知っているので、慣れたものなのだろう。

「便利なものね」

「まあ、ね」

 うわべでは俺の仕事を褒めたたえるような発言だ。

 ……本音はどうだろう?

「あ、朝ごはんは……?」

「ちょっと昨夜、よく眠れなくってねぇ」

「うぐ」

 やはり気付かれていたか。

 朝陽の差し込む明るい部屋で、しかし俺の内心は暗くなる。

「いや~、ごめんね。静かにやったつもりだったんだけど」

「なんだか、家ごとちょっと浮いたような……」

「うぐぐ」

 しまった。反重力の加減を誤ったらしい。

 くぅ。俺の朝食……無しか?

「……なーんてね! 世界のスーパーヒーローに、朝食抜きなんてありえないでしょ!」

 そう言うと妻は、お盆に朝食を乗せてやってきた。

「うおお!? なんて美味そうなんだ!」

 スクランブルエッグは窓から差し込む朝陽にきらめいており、良い具合に半熟であることがうかがえる。

 白ご飯はつやつやと輝いていて、白く沸き立つ湯気と、炊き立ての香りが食欲を増進させた。

 味噌汁には具材がたっぷりで、あごだしの香りによだれが口内を満たす。

「サバじゃないか!」

 極めつけは焼きサバだ。俺の好物であり、妻の得意料理でもある。

「今回もお疲れ様。いつも私たちの平和を守ってくれて、ありがとう」

 机上に朝食を置いて、妻はぺこりとお辞儀をした。

「いやいや、こちらこそありがとうだよ!」

 俺はその倍の深さで頭を下げた。

「君の朝食のおかげで、俺はこの世界を救えていると言っても過言ではない」

「あなた……」

 顔を上げた妻のとろんとした目が俺を見つめる。

 思わず頬に触れた。

 妻はいたずらな表情を浮かべ、それから目を閉じ、んっとくちびるを突き出す。

 どうしよう。俺の嫁の「ちゅ」の顔、可愛過ぎるんだが?

 ゆっくりくちびるを重ねようとすると、廊下からバタバタとした足音が――

「おふぁよーございます!!」

 百億点の挨拶と共に勢いよく開かれた扉から、ニチアサヒロイン顔負けの絶世の美少女が現れた。

「「おはよう!」」

 愛すべき我が天使――俺の娘であるとばりやゆこの登場に、キス待ち状態を解いた妻と共に振り向く。

「わあ、またらぶらぶしてる」

「あ、あはは」

 少し照れて、妻と互いを見合わせる。

「やゆこは今日も完璧だね。かっこいいぞ!」

 世界一の俺の娘は既に幼稚園への登園の準備を整えている。

「とーぜんでしょ! だってあたし、おとーさんのむすめよ?」

「そうだな。おとーさんの娘だからとーぜんだな」

「おとーさんは、すーぱーまん、だから!!」

「……!」

 正体を明かした覚えは無いのだが!?

 やゆこの発言に一瞬驚く。

 娘には俺が超人であることを伝えていないはずだ。

「ふふふ。子どもからすれば、大人はみんなスーパーマンみたいなものなのかもね」

「ああ、そういうことか」

 妻の言葉に安心する。やゆこはあくまでも”子どもから見た大人”として超人みたいだと表現しているのだ。 

 つまるところ、俺の正体を知っているわけではない。

「あたし、きょう、おそらをとんだのよ?」

「おそらをとんだのか。どんな景色が見えたんだい?」

「すーっごくきれいなまち。あかりがきらきらしてたよ」

「そかそか、きらきらしてたか」

 昨夜の夢の話のようだ。子どもの話はときどき突拍子もない。

「とおくのおやまさんは、おとーさんのじょうわんにとうきんみたいだった」

「そかそか、お父さんの上腕二頭筋はお山さんみたいかあ」

「やさしくふくかぜは、おとーさんのこえみたいでここちよかった」

「そかそかあ。お父さんの声は素敵かあ」

「まちのまんなかのタワーはね、まるでおとーさんのおち……」

「あ~、やゆこ! 口からよだれが垂れてるわ~」

 言いかけたやゆこの口を自然な動作で塞ぐ妻。

 今、やゆこの口から不穏なワードが出てきそうな気配がしたのだが!?

 というか、

「俺のいないとこでやゆこに何を吹き込んでいるんだ!?」

「べ、べつに。イチャイチャしてる時ののろけ話とかしてないわよ?」

「してる顔だ!?」

「ええ!? なんで分かったの!?」

「今自白してた!!」

「ハッ!?」

 顔を真っ赤にする妻。どうしよう、俺の嫁が天然可愛い。




 三ツ星料亭の料理人も顔負けの朝食を食べ終え、身支度を終えると出勤時刻だ。

「やゆこ、お父さん行ってくるね!」

「ふぁーい、いってらっさい!」

 妻とやゆこに見送られながら玄関の扉を開く。

「あなた」

 敷居をまたいだところで妻に呼び止められた。

「続きは、今夜ね」

「う、うん。行ってきます!」


 くう。このまま職場まで音速で飛んで行ってしまいたいッ!!

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