第十二話 演技派貴族

 「伯爵様に呼ばれることになろうとは……」


 エミリアが執務室に連れてきた一人目の男は居心地悪そうに周囲の様子をキョロキョロと窺った。


 「なに、一つばかり気になったことがあってな?」


 エミリアは呼びつけた住民が鉢合わせすることのないよう、時間差を考慮して面会の場をセッティングしてくれていた。

 口裏合わせが出来ないようにするための対策であった。


 「なぜ、お前は区画整理に反対する?」


 瞳孔の揺れといったような些細な変化すらも見逃さないぞと、アルスは対面に座る男を見据えた。

 もちろんそれは演技であり、変化からアルスの疑問に対しての答えの確証を得ることは期待していなかった。


 「長年住み続けてきた土地は手離したくないのです。それに商売だってあります」

 「本当にそれだけか?」


 アルスの問いに、男は僅かだが視線を泳がせた。


 「……それだけにございます」


 住民の男はアルスの想定内の答えを口にした。

 だがそれはアルスの求める答えではなかった。


 (やりたくないけどやるかぁ……)


 アルスは内心ため息を吐くと頬杖をついてさも不機嫌そうに言った。


 「私はな常々、民草あっての貴族だと思っている。ゆえに領内の民との関係は大切にしていきたいと思っている」


 似合いわないこと言ってんじゃないわよ、と顔を背けて忍び笑いを浮かべるエミリアに一瞥くれるとアルスはこう続けた。


 「だがな……それでもな嘘偽りを言うのは許せないと思うんだ。お前より前に面会をした民は素直に教えてくれたぞ?」


 男は視線をアルスから逸らした。

 そんな男の視界に入るのは、怪しげな木桶と清掃用具、それに壁に掛かる数本の剣だった。


 (おうおう、勝手にビビってくれてるなぁ)


 区画整理に反対する住民男は、見事にアルスの術中だった。


 「本当のことを話した方がいいんじゃないかな?」


 最初は躊躇っていたアルスも、気づけばテンションが上がってきてニタニタ笑っていた。


 (あともう一押しかしら?)


 エミリアは冷静に観察するとそう判断した。

 そして、意味もなく壁にかけてあった剣に手を伸ばした。

 その瞬間だった――――


 「ぜ、全部話しますからどうか命だけはっ!!」


 男は床にめり込む程に頭を下げた。


 「やだなぁ?命を取るつもりなんて無かったぞ?」


 アルスは至って真面目な顔で、勘違いされては心外だと両の手を振った。


 「エミリア、調書を取れ」

 「もう用意出来てるわ」


 演技だったのかと空いた口の塞がらない男だったが命の危機を感じている以上、今さら知らないフリをすることは出来なかった。


 「よし話せ」


 打って変わって冷ややかな視線とともにアルスは男を問い質した。


 「は、はい!!実を言えば――――――」


 男はアルスを満足させる、或いはアルスの感じた違和感を払拭する答えを口にしたのだった。

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