第5話 騎兵突撃

 土煙を巻き上げて騎兵たちが斜面を駆け下っていく。


 「どこから現れた!?」

 「新手かっ!!」


 クラムサッハ兵もティロル兵もその光景に慌てふためいたがもう遅かった。


 「かかれぇッー!!」

 「おぉぉぉぉぉぉッ!!」


  馬上槍ランスを構えた騎兵たちに横合いから突かれた両軍は一方的に蹂躙されていく。

 それまでの戦闘で多数の死傷者を出した両軍は数の上では騎兵の数と互角に近かった。

 両軍の兵からすれば、ほぼ同数の敵ではあったが既に疲労しており、ましてや隊形を維持できていない以上、抵抗することは難しいのだ。


 「もはやこれまでか!!退けぇぇ」

 

 ゲルツは思わず天を仰いだ。

 勝ち戦だと臨んだアンデクスへの侵攻は、しかし蓋を開けてみれば自身が夢想していた光景とは程遠かった。


 「逃がさないわ!!」


 ゲルツの背中に凛としたエミリアの声がかかる。


 「女だと!?」


 後ろを振り返ったゲルツの瞳に映ったものは、弓に矢をつがえた女騎士だった。


 「その肥え太った身体を野ざらしにしたくなければ、大人しく降伏することね」


 するとゲルツは剣を抜き、馬をエミリアへと寄せた。


 「女風情がよくもこの――――」


 口角泡を飛ばして袈裟斬りにしようと剣を振り上げたゲルツは、しかし二の句を継げなかった。


 「それくらいじゃ死なないから安心なさい」


 利き手である右の腕を射抜かれたのた。

 滴り落ちる血の赤に、ゲルツは言葉を失った。


 「他の者たちはどうする?」


 エミリアはよく通る声で、尋ねた。

 戦える者は既に百を下回っており、その者たちも騎兵の突撃を受け戦闘継続が困難だということは火を見るよりも明らかだった。


 「投降する意思のあるものは武器を捨て、両の手を上げよ」


 エミリアは、渋った一人のクラムサッハ兵を射殺した。


 「悪いけど、私は気が長い方じゃないのよ」


 エミリアが決断を迫ると、クラムサッハ兵たちは武器をその場で手放した。


 「騎兵五十騎は、この者たちの武装解除をさせなさい。残りは私に続きなさい!!閣下を手伝うわ!!」


 クラムサッハ兵が無力化された今、ティロル兵はアルス率いる騎兵へと向き直っていたが、横合いから新たな騎兵突撃を受けることとなった。


 「新手だ!!」

 「押し潰されるぞ!!」


 ティロル兵は、もろに突撃を受け隊形が乱れた。

 その隙を逃すアルスではなく、激しく攻め立てた。


 「逃がすな!!捕縛もしくは討ちとれ!!」


 アルスは自領に手を出したことを後悔させると言いたげだった。


 「に、逃げるぞ!!」

 

 側近たちを連れ、ティロル伯は自軍を盾にして逃げようとしていた。


 「閣下、あれを!!」


 パウルがアルスに馬を寄せて指を差した。

 

 「この場の指揮はお前に任せる。五騎でいい、ついて来い!!」


 アルスの声に、パウルは近場にいた五人にすぐさま目配せをした。

 彼らの抜ける穴は大きかったが、パウルは平然とそれを埋める。


 「どうした?来ないのか?ならこちらから行くぞ」


 馬上槍をまるで鞭のように振るい、敵中に切り込んで行くその姿は鬼神を思わせるほどだった。

 一方のアルスも供回りの五騎を連れて強引に敵中突破を図っていた。


 「跳ねられたくなきゃ道を開けろ!!」


 数人を馬蹄にかけながら、立ち向かってくる敵兵に対して長剣で刺し貫く。

 槍を繰り出されれば、柄を掴んで敵の動きを封じて代わりに剣戟を浴びせる。

 そんな調子で逃げる敵兵をかき分けながら、逃げるティロル伯をその視界に捉えた。


 「あれを射抜けるか?」

 

 (流石にこの距離では差は縮まらないか)


 アルスは供回りの一人に弓を持った者がいるのに気付くと、早口で尋ねた。

 弓を持った供回りは、答える時間も惜しいとばかりに弦を引き絞ると矢を放った。


 「あたってくれよ……ッ!!」


 揺れる馬上から放った矢にアルスは祈った。

 逃げるティロル伯を猛追した矢はその肩に深々と突き立った。


 「カス当たりか……」


 弓を放った兵士は、今ひとつと言いだけだったが、アルスからすればそれは満足のいく結果だった。

 なぜなら―――――


 「痛い痛いッ!!」


 ティロル伯は肩を押さえて馬上から転がり落ちたのだ。


 「でかしたぞ!!褒美は後から渡そう」


 アルスはそう言うと、剣を片手にぶら下げたまま馬をティロル伯に寄せた。


 「ティロル伯とお見受けする。死にたくなければ投降しろ」


 アルスは冷酷そうな表情と言葉をを意識して馬上から言い放つのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る