第6話 山津波の如く
「――――以上が報告です」
クラムサッハ子爵とティロル伯の身柄を押さえたことにより迅速に戦闘は終了した。
転がる骸はクラムサッハ兵とティロル兵のものばかり、クレムスラント騎兵の損害は非常に軽微だった。
「ご苦労だった」
パウルの報告が終わるとアルスは再び馬上の人となった。
それに気づいたエミリアは、捕虜の武装解除をさせていた五十騎に命じた。
「お前たちは、捕虜全員を連れて城へ戻リなさい」
命令を受けた騎兵たちは、手際よく捕虜をまとめあげると捕虜が逃げられないような隊形を構築し出立した。
「さてもうひと仕事だ!!辺境アンデクスの地にクレムスラント騎兵ありと示すときだ!!目指すはクラムサッハ子爵領だ、粉骨砕身、戦闘に臨め!!」
アルスは兵士たちの疲労を闘志に変えようとよく通る声で言った。
「「うおぉぉぉぉ!!」」
戦闘のために厳しい訓練を積んできた騎兵たちは、まるで鯨波のように声を上げた。
「本当に攻め込んじゃって大丈夫?」
少しばかり心配そうに言ったエミリアに向かってアルスは笑った。
「今後、俺たちに手出ししない方がいいってのを見せつけてやるのさ。それに同じ国の貴族の領地に攻めていいという例外は、俺たちに適用されてもいいだろう?」
「それもそうね。後悔させてあげるわ。それだけじゃなくて、今回の両貴族による侵攻は国家への翻意ありとして陛下に奏上して鎮圧の見返りに領地を貰いたいところね」
もとより負けず嫌いな性格のエミリアは、アルスの屁理屈じみた言葉に間違いがあるとは思えなかった。
「出立!!」
やがて街道沿いに東へと軍勢は動き出す。
騎兵の足取りは、戦闘への高揚を感じさせるように高らかだった。
◆❖◇◇❖◆
「今頃、のこのこ行ったって俺たちの仕事は残っちゃいないだろうなぁ」
増援として街道を西へ向かう二百の軍勢は、まさか自身達が騎兵による攻撃を受けるとは微塵も想像出来てはいなかった。
やがて彼らは、想定外の攻撃を目にする。
「かかれぇッ!!」
彼らが小休止に入ったそのタイミングで平原に横列隊形の騎兵部隊が現れたのだ。
「お前たち、甲冑を急いで身につけろ!!」
小休止とはいえ、彼らは体を休めるために甲冑を外している者も多かった。
そこに数十の矢が飛来する。
甲冑を纏っていれば遠矢などさしたる脅威ではなかったが、無防備な彼らには風切り音が絶望を振り撒いた。
「に、逃げろ!!」
「命あっての物種ぞ!!」
まるで蜘蛛の子散らすように雑兵たちは逃げ出した。
そんな彼らの中にも忠臣めいた者達はいて槍を持ち立ち上がった者もいた。
だが―――――
「山津波の如く押し潰せ」
容赦なくクレムスラント騎兵がそんな彼らを飲み込んだ。
海に浮かぶ枯葉のように彼らは、ただ飲み込まれるのみだった。
「斥候の報告はやはり大事だな。世の中は情報戦だ」
アルスは斥候を先行させており、その情報をもとにクラムサッハ兵たちが休止に移ったタイミングで襲いかかったのだ。
アルスはもはや勝負は決したとやや遠巻きにエミリアと二人で満足そうに戦場を見つめていた。
「物事が上手く進むっていいわね!!こんな調子で領地経営もできるといいんだけど?(さっさと帰って溜まってる仕事に手をつけなさいよ)」
「それ、上司へのパワハラじゃん?(嫌だね〜。そもそも仕事を放り出して来たのはエミリアも同じだよなぁ?)」
二人とも言外に含むところありまくりの言葉を交わす。
一見仲睦まじく見えるこの主従は、互いに対して遠慮というものを知ら無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます