第7話 広がる領地

 「ただいま〜俺のベッドちゃん!!」


 アルスは、ぼふんっと自身の寝台に飛び込んだ。

 クラムサッハ子爵の増援を打ち破り勢いそのままクラムサッハ子爵領に雪崩こんだアルス達は瞬く間にその領地を制圧した。

 クラムサッハ子爵の兵士たちは全て捕虜にして、希望する者は兵士としてアンデクス伯爵家への再就職を認めたのだった。

 

 「寛いでいるところ悪いんだけど、これ溜まってた分よ?」


 エミリアは寝台の脇にあった机にドカドカと書類を積み上げていく。


 「えっ……たった二日分でコレ……?」


 アルスが居城のアンブラス城から出ていたのは僅かに二日だった。

 だがエミリアが積み上げた書類は到底二日分の量ではなかった。

 言葉を失っているアルスに向かってエミリアは、


 「あたりまえよ。新しく子爵領を併合するんだから、仕事は増えるに決まってるじゃない」


 アルスはガックリと肩を落とした。


 「今から子爵に領地を返すってのは……?」

 「もう王都に向かって使者は向かっていったわよ」

 「早ッ!?」

 「それに、戦闘やって得るものがなかったら騎士団が黙っちゃいないわ」

 「ヒィッ……反乱…暗殺…コワイ……」


 アルスはこういうところで割と小心者だった。


 「というわけでよろしくね!!」


 エミリアはそう言うと逃げるようにそそくさと出ていった。

 

 「まぁ俺、これでも敏腕とか言われた男だしぃ?これぐらいなら、まぁ余裕っしょ!!」


 などとアルスは情けない顔で自分に言い聞かせるように言うと作業に取り掛かったのだが――――


 「おいおい……どんだけあるんだよ……これじゃあお天道さん登って来ちまう……」


 数時間後にはうわ言のようにそう口走る状態になっていた。

 かくして今日もアルスは眠れないまま、夜が明けるのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「クラムサッハ子爵領の領有が認められたか」


 数日後、アンデクス伯によるクラムサッハ子爵領の領有が正式に発表された。


 「メッテルニヒの親父に礼の手紙でも書いておくか」


 首をコキコキと回してアルスは執務室の席に着いた。


 「珍しく朝から仕事をするのね」


 大抵の場合、アルスの朝は二度寝から始まるのだが今日は違った。


 「メッテルニヒには骨を折らせたからな」


 メッテルニヒというのは現在の宰相の名で、穏健派の首長でもあった。

 なぜアルスとメッテルニヒとの間に繋がりがあるのかと言うと、二年前に南の隣国カラブリア帝国との戦争で失った両親とメッテルニヒ家とが親しい仲にあったからだった。


 「何を頼んだのよ」

 

 簡単に借りを作るのは良くないわよ?とエミリアがアルスを見つめると


 「大したことじゃないさ。うちの使者が直接王都に行くと間違いなくカティサークの手の者に捕まるだろう?だからな、メッテルニヒを介して国王陛下に奏上しようってわけさ」


 アルスが使者に持たせたのは、カティサークからクラムサッハ子爵に送られたアンデクス伯領侵攻をほのめかす書簡だった。

 ティロル伯の元に送られた同様の書簡は今、アルスの手中にあった。


 「抜け目ないわね。なに、都会のカラスは執念深いってのを教えてやろうと思ってな?」


 アルスがそう言うとエミリアは鼻で笑った。


 「ここは田舎なんだけど?」

 「むっ……じゃあ元都会のカラスだ!!」

 「ダサいわね」

 「五月蝿い!!」


 舌戦ではエミリアが一歩上だった。


 「まぁそんなこんなで俺の企みは上手くいってくれたらしいな」


 宰相メッテルニヒへの礼の手紙を書き終えるとアルスは、伸びをした。

 だが、彼が頭を休める時間は無かった。


 「おはようございます、入ってもよろしいでしょうか?」


 部屋のドアをノックしたのはパウルだった。


 「構わないが?」


 アルスがそう言うと入ってきたパウルは、数枚の紙を持っていた。


 「広がったアンデクス伯領の通常動員兵力を千七百と仮定して文官と共に軍事予算の算出をしたのですが、このままでは五年しないうちに予算がなくなります」

 「ふぁ?領地が全て上手くいって大団円ってオチじゃないの……?」


 間抜けな声をあげたアルスは頭を抱えた。

 何しろアンデクス伯領にはこれといって産業が無かった―――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る