第4話 掌上の出来事
「ほらな、足の引っ張り合いが始まっただろ?」
クラムサッハとティロルの両兵が入り乱れる喧騒からやや離れた場所から、アルスたちは傍観していた。
「どうしてこうなるとわかったのですか?」
パウルの質問はもっともで、その場にいた誰もがアルスの答えを待った。
「二週間の準備期間の間に、近隣の領地の貴族連中がどんな人物かを調べあげた。そしてゲルツもアルマータも典型的なよくある貴族像そのものだったのさ。王国貴族と言えば聞こえはいいが、その結び付きは緩く自身の権益のために他の貴族を出し抜くことばかりを考えている烏合の衆の集まりでしかない。そいつらに同じ国の貴族同士での戦闘を例外的に許可すればどうなるかは分かるだろう?」
ご覧の有様だ、とアルスは戦場に指で示した。
「一度認めた例外は、同胞にも適用されるというわけですか……」
得心がいったという表情でパウルは言った。
「あとは理不尽と思うようなことを起爆剤として用意してやればこれこのとおり」
(もちろん合流点への到着が早い方が多くの兵を引き連れてたという幸運もあったがな)
アルスはそうは思ったが、それを口にはしない。
(だって運に頼って勝利したなんて格好悪いだろ?頭のキレる主君でいた方がみんなついて来てくれそうだし)
もちろんアルスは敵がこちらの挑発に乗らないときのための作戦案も用意していた。
「とにかく事は上手く運んでいる。あとはタイミングを見て掃除に移行するだけだ」
ティロル軍四百に急襲されたクラムサッハ軍は一時的に態勢が崩れたものの、気付けば持ち直しており頑強に抵抗していた。
「応戦しろ!!」
「数に任せて突き崩せ!!」
クラムサッハ軍が槍衾を構築し、それを突破するべくティロル軍もまた槍で応戦した。
槍を上から振り下ろせば、鈍い手応えとともに双方の兵が脳髄に衝撃を受け、鈍い音ともに崩れ落ちる。
数的劣勢のクラムサッハ兵は弓箭兵による矢の曲射でティロル兵の注意を削ぎ、出来た隙を鋭く突いていく。
「双方退かないのは、互いの欲か互いの意地か……」
アルスが楽しそうに考察しているとその背後から声がかかった。
「随分と楽しそうなことになってるじゃない」
二百の騎兵の先頭に立ち、駒を進めるのは家宰のエミリアだった。
背には弓を担ぎ、
「エミリアさん、俺の仕事を変わってくれたんじゃ……?」
アルスの呟きにエミリアは
「主の仕事を取るなんて
この家宰、侍従長の娘であり武芸は、特に弓の扱いに長けていた。
それ故に、狩りに出向けば主に華を持たせることも無く一人で獲物を狩り尽くす。
(エミリアも結局は俺と一緒でデスクワークを放り出して来たのか……)
アルスの胸中は、戦場のことよりも帰還してからこなさなければならない公務のことでいっぱいになった。
「四番隊の百騎は守備と退路の確保のために残してきたわ」
サルヴァドーレの家宰は他家とは異なり、二人の信用に基づいて文武どちらにもある程度の権限を持たせている。
「わかった。エミリアがこっちに来た以上は今後に差し障るから、さっさと片付けよう」
いつの間にやら戦闘はある程度収束しつつあり、もう間もなくといったところでクラムサッハ軍が壊滅しそうだった。
「エミリア、クラムサッハ子爵の紋章の大旗がある以上、本人がいるはずだ。身柄の確保は任せていいか?」
「百騎は借りるわよ?」
エミリアの要求にアルスは頷いた。
「構わない」
「なら、三番隊は私に続きなさい!!」
胸甲騎兵で編成された神速の騎兵たちを率いてエミリアは丘を駆け下って行く。
「残りは俺に続け!!」
アルスもまた残りの二百騎を率いてパウルと駒を並べながら、一直線にティロル兵達へと駆け下っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます