左遷された先は弱小領地でした〜元公爵はスローライフを過ごしたい(願望)〜

ふぃるめる

序章 辺境への左遷

第1話 スローライフは何処ですか……?

 「君がそんなことをしているとは残念でならないよ、サルヴァドーレ殿」


 王城で二ヶ月に一度行われる定例会議の席で、アルスは未だかつて無い敗北を味わっていた。


 「まぁ、ここから先は我々に任せてゆるりと休まれよ」


 クックックと堪えきれない笑みを漏らしながら話しかけてくるのは、保守派のトップであり四大公爵の一人、カティサーク公だ。


 「ありもしない罪を被せて失脚をさせるなど、何が面白いのですか!?」


 第一王女シャルロットが毅然とした態度でアルスを擁護するが、


 「王女殿下、そう仰るのでしたらサルヴァドーレ殿が罪を犯していない確証をご用意していただきたい」


 カティサークにそう言い返されては、それ以上の擁護は出来なかった。


 「もういいんですよ王女殿下、隙を見せてしまったのは私なのですから」


 これ以上はシャルロットの体裁にも関わるから、これ以上の擁護は不要だとアルスは言外に告げた。

 (ありもしない罪というのは自分の甘さのせいだしな……)

 アルスは、この状況に至ってはもはや盤面はひっくり返らないのだと自分に言い聞かせた。

 何が『ありもしない罪』なのかといえば、この数年の間に少量ずつではあったが違法薬物がアルスの領内へと流入していた。

 そして先日、それに気づかなかったアルスに不幸な出来事が起きたのだった。

 自身の屋敷において保守派の人間との交渉を行っていたある日、誰が持ち込んだのかアルスの屋敷内で違法薬物が発見されてしまったのだ。

 時を同じくして領内でも相次いで違法薬物が見つかっていた。

 その時点で流石にアルスは気付いた。

 政敵カティサークの魔の手が自身の領地と屋敷にまで及んでいたことに。


 「ですがこれだけは言わせていただきたい。これは断じて私の企みではありません」


 (定例会議に参加する人間の七割がカティサークを筆頭とする保守派である以上、一体どれほどの人間が俺の言うことを信じてくれるかは分からないが……)

 内心では何処か諦めつつも、アルスは最後にそう抗弁した。


 「口では何とでも言える。命を取られずに済んだのだからそれ以上見苦しい真似はするな」


 処罰に関して書かれた紙を受け取り、目を通すと公爵位から伯爵位まで二階級降格とあった。

 そして領地も北の隣国バヴェアリアと接している場所に替えるとある。

 しかも国王陛下の印が入っていた。

 (愚鈍な国王陛下のことだから、きっと丸め込まれてしまったんだろうなぁ……)

 辺境の山がちな土地を押し付けられた挙句に、戦争になれば肉壁扱いの土地だった。


 「広い領地に嬉しいのか言葉が出てこないようだな。分かったらさっさとね」


 シャルロットのやるせない視線を背に受け、半ば強制的にその部屋を退室したのだった――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「すんごい長閑のどかだな〜……」


 それから二週間後、追い出されるようにしてアルスは新たに与えられた領地であるアンデクスへと馬車で向かっていた。


 「素直に田舎って言ったらどう?」


 横でため息混じりに言ったのは、家宰を務めるエミリアだ。

 小さい頃から一緒に育ってきたエミリアは、補佐役まで務めてくれていて公私共によく支えてくれている。


 「まぁでも、正直言って疲れてたし丁度いいかもなぁ」

 「落ちぶれたのに環境に順応してるんじゃないわよ!!」


 見る限り畑と山という代わり映えのない風景。


 「こんな何もない田舎は嫌よ」


 不機嫌そうに言ったエミリアの方を見つめたアルスは、彼女の機嫌を取ろうと


 「何もないわけじゃない。『何もない』があるじゃないか」


 自嘲じみた笑顔を浮かべたアルスのご機嫌取りにエミリアもまた


 「今のアルスを地方移住を推奨するポスターの広告塔にでもしたらいいかもしれないわね……」


 とこれまた自嘲から来る笑みを浮かべて切り返したのだった。


 「何がともあれ、俺はスローライフを満喫しようかな!!」

 

 機嫌を直したエミリアに満足を覚えた実は憧れだったんだよなぁ……とこの先の展望を語った。

 だがエミリアは、残念なものを見るようか目でアルスを見つめ返すだけだった。


 「あの〜エミリアさん?黙っちゃってどおしたの〜?」


 柔らかなエミリアの頬っぺを指先でつついていた。


 「噛むわよ?」

 

 エミリアがその指に視線を向けるとアルスはサッと指を離した。


 「アルスは本当にスローライフを過ごせると思ってるわけ?」

 「もちろん!!」


 迷いもせず頷くアルスに、エミリアはますます大きなため息をつく。


 「新しい領地を貰ったら、何が必要だったっけ?」

 「うっ……急な目眩がッ!?エミリア、あとは頼んだ!!」

 「張り倒すけどいい?」

 「ヒィッ!!」


 アルスの願うスローライフが訪れるのは随分と先のことだった―――――。



 †ご挨拶†


 新作です。

 『謂われなき理由で領地を没収されそうなので独立してもいいですか?〜天才公爵の興国譚〜』とはまた違った領地経営譚をお楽しみください。

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