第九話 金の成る木

 「喜べエミリア、村長の話に金の成る木を見つけたぞ!!」


 居城のアンブラス城に戻るなりアルスは言った。

 

 「あの村長のこと疑ってたんじゃないの?」

 「それはそれ、これはこれだ」


 アルスは書簡用の高級紙に筆を走らせた。


 「何を書いてるの?」

 「ガルミッシュ辺境伯への書簡だ」

 「はぁっ!?」


 信じられない、と言いたげにエミリアはアルスを見つめた。


 「安心しろ、バヴェアリアに内通するつもりは無い」


 ガルミッシュ辺境伯はアンデクス伯領と領地を接するバヴェアリア王国の貴族の一人だった。


 「でも背信行為と見られてもいい行為よ?」

 「なに、ダミーの使者を適当に走らせれば問題ないさ。先に出発した方に敵の目は釘付けさ」

 「だといいけれど……で、金の成る木とガルミッシュ辺境伯に何の関わりがあるわけ?」


 エミリアの質問にアルスはニヤッと笑った。


 「ヒントは街道と山賊だ」

 「街道の通行を邪魔するのが山賊なら……」


 考える素振りをみせたエミリアはやがて答えた。


 「山賊をダシに商人から金を取ろうって算段ね?」

 「正解だ。だからこそイーザル峠の山賊の敢えて狩らない。ガルミッシュ辺境伯の領都パルテンキルヒェンまではシャルニッツ村から二十キロの峠道だ。山賊を狩って回るには山狩りしなきゃならないだろ?だから敢えて脅威である彼らは放っておくのさ」


 山賊の脅威から商隊を守るのに騎士団を使って対価を要求する、これがアルスの考えだった。


 「加えてパルテンキルヒェンは水運の街だ。安全に峠を抜けられるとなれば、南のカラブリア帝国から北のバヴェアリアまでの近道であるこの峠を多くの商隊が通ることになるだろうなぁ……」


 さらなる資金獲得を夢みてアルスはニヤけた。

 山賊の跳梁跋扈するイーザル峠はこれまで近道でありながら商隊が忌避する峠道だった。

 そこが安全に通れるようになったとき、多くの商隊が通るのは間違いなかった。


 「で、これは俺たちだけじゃ実現出来ない話だ。だからこそ、一緒にやらないかと辺境伯に提案するのさ」


 アルスはペンを置いて、紙面にそっと息を吹きかけた。

 

 「エミリア、これを信用の置ける者に、辺境伯の元へ届けさせてくれ。アンデクス伯領の希望が詰まった書簡だ」

 「まっかせなさいっ!!」


 エミリアは、胸をポンと叩いて受け取った。


 ◆❖◇◇❖◆


 「おいおい……家宰自ら行くとか前代未聞だろ……」


 翌日、昼になってのそのそと起きてきたアルスはエミリアが自らパルテンキルヒェンに向かったことを知った。


 「確かに信用の置ける者とは言ったけどさぁ……誰も起こしてくれないせいでお昼になっちゃったし、仕事の仕分けをやってくれるやつもいないじゃん……」


 全部自分のせいでしかないのだがアルスは深いため息をついた。

 その頃エミリアは―――――


 「お目通り頂き感謝します。主サルヴァドーレより書簡を預かって参りましたので御一読頂きたくまかり越した次第にございます」


 木箱の蓋をあけ、取り出した書簡をガルミッシュ辺境伯に手渡した。 

 それにしばし目を通した後に

 

 「こちらとしても興味深い話だった故に、是非ともサルヴァドーレ殿に会ってみたかったのだが……」


 ガルミッシュ辺境伯ジークリート・マイアーは残念そうに言った。


 「我が主サルヴァドーレが動くとなれば、要らざる疑いを招きかねませんので、その点は平に御容赦を」

 「そうであったな……私も独自のツテでサルヴァドーレ殿の置かれた状況については調べあげた。こう言ってはアレだが……エスターライヒ王国の保守派は無能が多いらしいな」


 歯に衣着せぬ物言いでマイアーは、アルスの敵をこき下ろした。


 「あはは……まったくもってその通りです」


 さすがのエミリアもこれには苦笑いを浮かべた。


 「失礼、これは口が過ぎたらしい」


 マイアーは茶目っ気たっぷりに慌てて口に手を当ててあたりの様子を窺うように視線を彷徨わせた。


 「さて、サルヴァドーレ殿の持ち込んだ話に関しては受け入れるつもりだ。双方に実り多いものとなるのは勿論のこと、国境として領地を接する貴族同士、上手くやっていきたいのだ」


 国境を接する貴族というのは戦争にならない程度に小競り合いをすることが多く、マイアーはそれが面倒だと言いたげだった。


 「だが懸念事項があってだな、峠が安全になったことはどう周知させるのだ?」

 

 マイアーの質問は最もで、護衛できる体制を整えたところで利用する商人がいなければ話にならないのだ。

  だがアルスは、既に対策を練っていた。


 「その点に関しては我が主サルヴァドーレにお任せ頂ければ問題ありません。可能な限り早く周知させて見せましょう」


 エミリアは自信ありげな表情でマイアーを見つめた。


 「そうか、まぁこのような提案を持ちかけてくる人物である以上、そこまで全て手を回してあるのだな。流石だ」


 マイアーは柔和な笑みを浮かべて返答を記した書簡をエミリアに手渡したのだった。

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