第十話 口から先に産まれてきた男
「戻ったわよーって……全然進んでないじゃないっ!?」
アルスの執務室に入ったエミリアは絶句した。
(なんて言い訳しようかなぁ……流石に昼まで寝てましたなんて言えないもんな……)
アルスは目を逸らして一生懸命に、どう言い逃れをしようかと頭を働かせていた。
そして出た答えは―――――
「俺さ、やっぱエミリアなしじゃやっていけないんだって気付かされたわ」
アルスは恥ずかしげもなくそう言いきった。
その言葉にエミリアはボンッと音が立ちそうな程に頬を赤らめたが、
「そうやって言い逃れしようとしてるんじゃないでしょうね?」
アルスが思ってるほどエミリアはチョロくはなかった。
「ないない、そんなわけない。本音を言ってるだけだよ。俺はエミリアが一緒にいてくれないと何にも出来ないんだってな。エミリア、俺にはお前が必要だ」
次から次へと出てくるアルスの歯の浮くような言葉に、悪い気分はしないのかエミリアは口をもにょもにょさせた。
「そんなに言うなら……し、仕方ないわね!!私がずっとそばにいてあげるんだからっ!!」
よりいっそう赤くなったエミリアは、アルスの持っていた書類をむんずと掴んで仕事に取り掛かった。
「手伝ってくれるのか?」
内心笑いの止まらないアルスは、さも申し訳なさそうなふうに尋ねた。
「仕方なくよ!?べ、別にアルスのそばにいたい気分になったわけじゃないんだから!!」
「ありがとうな」
アルスはもう一押しとばかりに、エミリアの頭を優しく撫でたのだった。
◆❖◇◇❖◆
「おぉ、来てくれたか!!」
「そりゃあもう上お得意様ですからね、呼ばれたら来ないわけには行かないでしょうよ!!」
アルスと機嫌良さそうに語るのはエスターライヒ王国最大規模の商会であるクリムト商会の副取締役だった。
商会がこのど田舎に経営幹部を送ってくるのには深い理由があった。
「でもウィンクレーがいなくて商会は大丈夫なのか?」
アルスがウィンクレーと呼んだ副取締役は女装した男性というちょっと変わった人物なのだが、商業の才能においては誰もが一目を置くほどだった。
「大丈夫なわけないじゃないの!!でも他でもないアルスちゃんの頼みだからアタシが行くことになったのよ!!」
「クリムトがうちに借りを作ったなんてのはもう随分と昔の話だろう?あんまり気にしなくてもいいんだぞ?」
アルスがそう言うとウィンクレーは首を横に振った。
「そういうわけにはいかないのよ!!恩に報いなきゃウチの商会の名が廃るわ!!」
その昔、まだクリムト商会の規模が小さかった頃、クリムト商会は経営破綻の危機を迎えたことがあった。
それを救って投資し続けて来たのがサルヴァドーレ公爵家だったのだ。
「なんだか悪いなぁ……それでウィンクレーにこんな僻地に来てもらってちゃ……」
「アルスちゃんは、心配しなくていいわぁ。それで用件は何なのよ?」
うっふん、とウィンクレーはアルスを見つめた。
エミリアはその様子にたじろいでいたが、もう慣れてしまったアルスは動じなかった。
「実はな―――――」
アルスは先日、ガルミッシュ辺境伯と連携して行う資金調達の方法についてウィンクレーに話した。
するとウィンクレーはアルスの用件を見抜いたのか
「つまりはウチの商会のパイプを使ってイーザル峠が安心して通れるってことを喧伝して回ればいいのね?」
ウィンクレーの言葉にアルスは頷いた。
「ウチとしても急ぎの荷を運ぶのにイーザル峠を通れるのは嬉しい話だから、もちろんやらせて貰うわよ!!」
ウィンクレーにとってはアルスの提案が魅力的なのか食い気味に快諾した。
「引き受けてくれるのか……?」
「もちろんよ!!ウチの商会の拡大に役立てさせてもらうわ!!」
クリムト商会は既にエスターライヒの隣国にまで版図を拡大させていたが、これを機にさらに拡大させるつもりらしかった。
「何とお礼を言っていいのか……」
アルスはウィンクレーの手をがっしりと掴んだ。
「ぬっほぉぉぉぉぉッ!!若い男の子の手ェェェェェッ!!」
ウィンクレーは、目をきらめかせて発狂。
アルスが手を離そうとしても、ウィンクレーは、むんずと掴んで離さない。
いつものことだと割り切ってため息混じりにウィンクレーが飽きるまで付き合うアルスだった。
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