第十五話 エチェガレーという女

 「ねぇアルス!!」


 こっそり午睡でもとろうかなどと考えていたアルスの元に、ドタバタと足音を立てながらエミリアが駆け込んで来た。


 「ふぁっ!?寝てないぞぉ?仕事に励んでいたぞ?」


 うつ伏せになっていたことを慌てて起き上がったアルスは、咄嗟に取り繕った。

 いつもなら目くじらを立てるエミリアもそれどころではないのか、アルスの前に一通の書簡を叩きつけるようにして開いて見せた。


 「いやいやご冗談を……」


 それを途中まで読んだアルスは有り得ないと言いたげだったが、最後に書かれていたミトラ教会の最高地位である聖皇の印璽いんじが目に入った瞬間、言葉を失った。


 「やべぇよ……嫌な予感しかしねぇよ……」


 アルスは沈痛な面持ちで再度書簡を読み返した。


 「断れないのかコレ……」


 アルスの問いにエミリアは首を横に振った。


 「毎年、幾百の貴族が聖誕祭の本開催地誘致のために莫大な金額のまいないを教会に支払ってるのよ?断ろうものなら悪目立ちすることは間違いないわ。それに聖皇の印璽もあるってことは覆らない決定ということよ」


 アルスは机の上に突っ伏した。


 「俺、冬眠するから後は頼む」

 「夏真っ盛りよ?」

 「なら永眠で……」

 「現実逃避してるんじゃないわよ」


 エミリアはゴツンとアルスの頭に拳を落とした。


 「何か良い知恵思い浮かばないわけ?」

 「どう考えても八方塞がりだろ……」


 エミリアは仕方ないなとため息をつくと、自身の胸を両手で掴んで持ち上げた。


 「何か良い知恵思いついてくれたら、イイことしてあげるのもやぶさかじゃないけど?」


 アルスは「そんな露骨な誘惑に引っかかるわけないだろう?」と興味なさげなフリをしたが、頭は打開策を練るのに絶賛フル稼働中だった。

 そしてたった一つだけ、思い浮かんだ答えがあった。


 「……なぁエミリア、お前さっき貴族連中が聖誕祭本開催地誘致のために賂を送っているって言ってたよな?」

 「そうだけど……?」


 アルスは「コレだ」と笑みを浮かべた。


 「と言うことは、ウチをメイン開催地にするのに反対する連中もいると考えていいんだよな?」

 「それは……そうだけど?」

 「よし、方針は定まった。ウチを本開催地にするのに反対の連中を後押しするぞ!」


 アルスの考えは反対意見を大きくして本開催地から外そうというものだった。


 「経済効果が相当期待出来るのよ?」


 エミリアは勿体ないと言いたげだったが


 「ヤバい話で身を滅ぼすよかよっぽどマシだろ」


 アルスにそう言われてしまえば、それ以上は何も言えなかった。


 「というわけで、国の内外に問わずアンデクス伯領を本開催地とした教団連中に不平不満をもってる貴族の情報を集めてくれ」


 スローライフを満喫しようなどと考えていたアルスの元へは、当面スローライフは訪れそうになかった。


 ◆❖◇◇❖◆

 


 三週間後、アルスの顔には貼り付けたような笑みがあった。


 「お初にお目にかかります、私の名前はアルフォンシーナ・エチェガレーですわ。聡いアンデクス伯のことですから、立場は説明するまでもないでしょう?」


 淑女然とした態度でエチェガレーは挨拶してみせた。


 「ミトラの最高顧問団に麗人がいるとは聞き及んでいましたが、まさかこれ程とは……いやはや(厚化粧ババァはさっさと帰ってくれよ……なんで来ちゃうかなぁ……)」


 営業用のスマイルを浮かべてにこやかに応対するアルスの心情は言葉とは裏腹だった。


 「まぁ、随分とお口が上手いこと!!お世辞でも舞い上がってしまいそうですわ」


 一方のエチェガレーもまた心にもないことを口にしている。

 

 「さて、来訪の目的を改めてお聞かせ願いたいのですが?」


 事前に書簡は受け取っていたがそれでも聞くのは、その真意を表情の変化や言葉選びから汲み取るためだった。

 

 「最高顧問団の決定でサルヴァドーレ伯の領地が本開催地として選ばれました。よって私共にも本開催地における聖誕祭の運営には責任の一端があります。ですから少しでもサルヴァドーレ伯のお役に立てればとまかり越しました次第ですわ」


 顔色一つ変えず、言葉の淀みもなくエチェガレーは言った。

 そんなエチェガレーを見てアルスは、覚悟を決めたのだった。

 いや、決めさせられたと言うべきか。


 (この女、一筋縄じゃ行きそうにないな……)


 アルスは内心、天を仰いだ。

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