第20話 一筋の希望

 「いやはや……風当たりが強くて耐えられそうにありませんよ」


 参ったなぁといった体で、アルスはエチェガレーに相談を持ちかけた。

 何しろこの一週間たらずで、エスターライヒ王国の内外からアンデクスでの聖誕祭開催に反対するような運動が起こっているのだ。

 噂によれば保守派トップであるカティサーク公が火消しに走っているらしいが、保守派内にも反対派が出てきている以上、彼らは自身の派閥の手綱を再度握り直さなければならず火消しも満足に出来ないだろう。


 「まさかこの領地を本開催地にすることに不利にはたらくようなことをアンデクス伯がするとは思えませんし……困ったものですわね」


 エチェガレーとてアルスの動きは常に監視しており、アルスに釘を刺しつつもその動きに異常が見られないが故に困ったというような表情を浮かべた。


 「口さがない連中にはほとほと困ったものです (うおっ、あっぶねぇ……、だがまだラウラのことは気付かれちゃいないか)」

 「こちらで何か手を打つべきだと思いますの(最近の伯とその補佐役の動きに異常がない以上、アンデクス伯による工作だという裏付けが出来ないのは困ったものだわ)」

 「まぁ、焦ったところでどうにかなる問題でもあるまいし、ここはじっくり解決策を練りましょう(嫌だね、このまま本開催地は別の人のところに移すに決まってるだろ)」

 「アンデクス伯の損失を鑑みれば、対策を急ぐべきですわ(貴方の言う通りに時間をかければそれこそ貴方の思うツボですわ)」


 心にもないことを並び立てながら、柔和な笑顔を浮かべつつ二人は深い息を吐いた。

 アルスのそれは安堵の息であり、エチェガレーのそれは溜め息である。


 「兎にも角にも、私は対策を急ぎますわ」

 「急いては事を仕損じる、といいますしあまりご無理はなさらずに」


 エチェガレーは立ち上がり客人用として与えられた自室に戻ろうとしたところで、その背中に声を掛けられた。


 「最近、どうも誰かに執拗に見られている気がするのですが、せっかく枢機卿に来ていただいているのですし悪しきものであるのなら祓ってもらうのがいいかもしれませんね」

 

 お前が監視していることは分かっているんだぞというメッセージをアルスは言外にエチェガレーに投げかけた。


 「ふふ、私でよければいつでも構いませんわ」


 そう言ってエチェガレーは中庭を後にしたが、その顔には焦りが滲んでいた。


 ◆❖◇◇❖◆


 「あ〜んなこと言っちゃったけど、大丈夫なの?」


 執務室に戻ると同時に他人の耳目を気にしなくて良くなったのかエミリアはいつもの調子で言った。


 「どうせエチェガレーに打てる手は限られているんだ、問題ないだろうよ」


 エスターライヒ王国の内外で起きているアンデクスでの聖誕祭開催に反対する運動は、もちろんアルスが後押ししてのもので、政敵カティサークがその火消しのために資金を費やしているのがアルスにとっては面白いことこの上なかった。


 「エチェガレーは俺たちの懐に飛び込んだという風に思っているだろうが、それはこちらにとっても同じこと。アイツは俺たちの監視下に入った結果、自身の行動を制限されることになったわけだからな」

 「確かに取れる選択肢は少なくなったでしょうけど……」


 油断するんじゃないわよ、と言いたげなエミリアにアルスは


 「このままエチェガレーに身動きを取らせなきゃ、いつの間にかアンデクスでの聖誕祭開催の話は無くなるって寸法だ」


 と、その後の進展を夢想して上機嫌だった。

 だがそんな表情を浮かべたのも束の間――――


 「そう上手く運べば苦労はないんでしょうけどね……」


 ため息混じりなエミリアの言葉に、アルスもまた黙り込んで天井を見上げた。


 「東部から入り込んでいる連中の正体については、俺も今朝報告を受けた……」

 「護衛していた衛兵を尋問したけれど、カティサークとエチェガレーの結託は確定よ」

 「こんな片田舎に追いやってもなお、飽きたら無いらしい」


 アルスの中でカティサークが政敵だったのは、もはや過去の話。

 それでもカティサークにとっては、未だにアルスは政敵なのだ。


 「おまけに教会は『大罪人』の最終処分にこの土地を選定したらしいしな」


 願わくばその決定が教会前提の意思に在らず、エチェガレーの独断専行であって欲しいのだが、アンデクス伯領を聖誕祭の本開催地にすることを示す教会からの書簡には教皇の印璽が押されていたことは教会全体の決定と言えることを理解わからないアルスでは無い。


 「なぁエミリア、お前はあの印璽が本物だと思うか?」

 「教皇勅書ではなく、最高顧問団による書簡。教皇庁尚書院からのものでは無いにしても、偽物である可能性は限りなく低いわ。それに印璽は、偽物を用意できないはずよ」

 

 エミリアの言葉にアルスは違うとばかりに首を振った。


 「言い方が悪かった。そういうんじゃ無い。もっと根本的なところだ。教皇猊下はかという話だ」


 印字は偽造が不可能な程に厳重な警備と、厳罰が用意されているから偽造した印璽による押印は土台無理な話。

 であるならば、昨今病に伏しているという教皇が確かな意思をもって自らの手で調印できる状態にあるのか、アルスはそれを気にしていた。


 「今すぐ調べさせるわ!!」


 主の見出した可能性に気づいたエミリアは、そう言い放つとアルスの答えを待つことなく退室していった。


 「敵は最高顧問団、ぬかるなよ……ッ」


 東部から流入してくる人々の正体を知った今、それを調べる時間が命取りとなることを覚悟しつつもアルスは一縷の望みをエミリアに託したのだった―――――。

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