第一章② たとえ弱くても勇者を主力パーティーから外す人とは友達になれない
「ツルギー、おんぶして」
とりあえず洞窟から出ることになった。
俺も真帆も下宿生だったので帰りの時間を心配する必要は別段ないのだけれど、最寄り駅まで電車が出ている今のうちに帰りたいという話に落ち着いたのだ。
真帆の魔法使いの末裔発言については帰り道でゆっくり聞くことにした。
だって、あの場で消化できるか? いいや、できないね。
そしていざ洞窟から出ようとしたとき、聖剣(女)がおんぶしろと言ってきたのだ。
「は?」
ちなみにユウシャサマと呼ばれるのが恥ずかしかったので剣と呼ばせている。
「いやさ、あたしって聖剣だからさー、洞窟の外は自分の足で歩くことができないわけですよ」
「……ずっと気になってたんだけどさ」
俺はそいつの依頼を一旦無視して疑問をぶつける。
「なになに? あたしのスリーサイズ? 上から60-20-10だよ」
「聖剣だもんなあ!」
聖剣のヒップってどこだよ!
「お前、昼間どこにいたの?」
昼間に海斗さんたちとここに来た時、こんな怪奇現象は地面に埋まっていなかったはずだ。
十人も二十人もいてこれを見落としていたらやばいだろ。
「あー、最近この洞窟に訪れる人がものすごい多くてさ、なんかあたしがいると騒ぎになるみたいだったから昼間は霊体化して姿を隠しているんだ」
「そんな器用な……」
「なるほど。だからわたしの魔力センサーにも引っかからなかったわけですね」
「真帆さんちょっと黙っててくれないかなあ?」
問題は一つずつ解決させてくれ。
「あたしはこの洞窟を拠点としているの。あたしはただの道具だから、基本的には
「今までに引き抜けた勇者はいなかったのか?」
「馬鹿じゃないの? いたら埋まってないわよ」
どちらにせよ埋まるな。
しかし、『いたら埋まってないわよ』か。
この口ぶりからして、今までに引き抜こうとした人間はいたようだ。
夜中の洞窟でこんな生首を見たら、まともな人間なら通報すると思うんだが……
「ちなみにこの洞窟内は電波遮断と、あたしに関する記憶を消去する結界魔術を張っているんだ。だから洞窟内から電子機器での通報はできないし、洞窟を出た瞬間記憶がなくなるから、結果的に洞窟外でも通報はできない」
「つまりお前の姿を見たものは何人かいるが、記憶を残しているやつはいないと」
「そうなるわね!」
「そんな……わたしにすら気付けない結界だなんて」
ちょっと真帆はスルー。
「ちなみに最初ツルギにしかあたしの声が聞こえていなかったのは、できるだけ騒ぎを起こさせないために、魔術で声に指向性を持たせていたからよ。ツルギがあたしを抜いた瞬間、魔術の使用をやめたってワケ」
さっきから納得したように聞いているけれど、実はまだ魔術も飲み込めていない。
魔術って何。魔法とは違うの?
「剣くん、魔術っていうのはね」
「あー、ごめん、俺が気になってそうな顔をしていたんだとは思うんだけど、魔術の話はいったん後にしてほしい、まずは聖剣について片づけさせてくれ」
「しゅん」
意気揚々と説明しようとしていた真帆が少し凹んだ。凹んだ顔も可愛いんだけど今はそれどころじゃない。
「とりあえず聞きたいことは山積みなんだけど、そうだな、あと二つ聞かせてほしい」
「いいわよ」
「お前はこの洞窟内のみで自由に活動できると認識したんだが、このまま俺がお前を運ばずに外に出たらどうなる?」
要するに、聖剣を無視して洞窟を出たらどうなるか。
正直、俺は今日見たこと全てを忘れたかった。
もう不思議な経験に惹かれる年齢ではなく、普通の青春、普通の大学生活を過ごしたかったんだ。
「それは……そうね、あたしが困るわ」
「……お前が困るとどうなるんだ?」
「どうもならないよ。あんたが勇者の力を放棄するっていうなら、あたしは再び引き抜かれるまで次の勇者を待つだけ。それが何年後か、何百年後かはわからないけどね」
「……」
聖剣(女)の話を真面目に受け取るのなら、俺はかなり重要な役割を担っていることになる。
悲しそうに、でも諦めたように「次の勇者を待つだけ」という彼女を見て、俺は少しだけ心が揺れた。
だが、俺が行動を決めるのは、次の質問を聞いてからだ。
「じゃあ二つ目。根本的な疑問なんだけど、勇者は一体、何をする存在なんだ?」
ゲームや物語における勇者は、たいてい世界を滅ぼす魔王と戦い、世界に平和をもたらす存在だ。
しかし今日日世界を脅かす魔王なんていない。
だったら現代社会における勇者の役割とは何なんだ?
これを聞かずして、何も判断できないだろう。
「勇者の目的? 決まってんじゃん」
聖剣(女)が口を開こうとした瞬間、洞窟に一陣の風が吹いた。
「ごめん、剣くん! わたしちょっと急用ができた!」
端っこでしゅんとしているだけだった真帆が、突然慌てたような表情で鞄を持ち直した。
「なに、どうしたんだよ」
「事情は追って話す。今日は楽しかったよ、ありがとう! また会えるといいな」
真帆は笑顔で右手をあげてひらひらと振った。
そしてそのまま右手の人差し指だけを立て、額にくっつける。
「『深き森 風の滴るウッドデッキより 悠久なる深淵 隕石の欠片 跳躍し 弾け飛べッッ!』」
「なになになになに次は一体なに!」
真帆が凛とした声でいくつかの聞きなれない語群を言った途端、彼女の体が淡い緑色の光に包まれた。
「これは……移動系の魔法!? あの娘、魔法使いの末裔というのは嘘じゃなかったわけね」
移動系の魔法? 何の話だよ! と突っ込む間もなく淡い光が消え、真帆はその場から姿を消していた。
「何が起こったんだ?」
「瞬間移動よ」
聖剣(女)が何事もないかのように言う。
瞬間移動?
ちょっと待ってくれ、聖剣の話だけで頭がいっぱいなのにこれ以上複雑にしないでくれ。
俺は頭の中を掃除する。
聖剣のことはいったん忘れて、真帆の言葉を思い起こす。
彼女は自分のことを魔法使いの末裔だと言っていた。
そして聖剣(女)いわく、真帆は瞬間移動という魔法を使ったらしい。
つまり、真帆は瞬間移動でどこかへ行ったってことだろう。
目の前に彼女がいない以上、それについては思考停止で信じるしかない。
だが。
「真帆は一体、何しにどこへ消えたんだ?」
俺が聖剣を引き抜く前、真帆は「この聖剣からは魔力を感じない」と言った後、しまったという顔をしていた。
つまり、当たり前の話だが彼女は魔法の存在を一般人に隠している。
聖剣を引き抜いた俺は、きっともう「そちら側」へ足を踏み入れてしまったので、俺の前で魔法を使うのはギリギリ理解できる。
だが、彼女が使用した魔法が瞬間移動ということは、当然移動先がある。
移動先に一般人がいる可能性だってゼロじゃないだろう。
もし移動先に誰かがいれば、誤魔化すのに相当苦労するはずだ。
それなのに、リスクを承知で瞬間移動の魔法を使ったのだとしたら。
「よっぽど緊急の事件があったのか?」
「もしくは、見たいドラマがはじまったとかね」
「さすがに違うと信じたいな……」
「冗談よ。あのね、ツルギ。古今東西魔法使いの目的って一つだけなのよ」
「魔法使いの目的? なんだ、魔法の進化とかか?」
「それは目的じゃなくて手段。魔法を進化させること、新しい魔法を生み出すこと、優秀な子孫を残すこと。これらは全部、魔法使いが目的に至るための手段に過ぎない」
「じゃあその目的って言うのは一体何なんだよ」
「魔力を持たない人間を、魔力の危機から守ること、だよ」
その言葉を聞いて俺は弾かれたように顔をあげた。
まだ魔法や魔術や魔力について全く理解できていなかったけれど、ひとつだけ理解できたことがあった。
魔法使いの目的が魔力のない人間を守ることだというのなら。
「たった今、今まさに、一般人が危険な何かに襲われているってことか!」
彼女の最後の言葉を思い出す。
真帆は、『また会えるといいな』と言った。また会おうね、じゃなく会えるといいな。ただの大学生同士が別れの挨拶でそんな言い回しをするだろうか?
真帆は、自分の命に危険が及ぶ可能性があるとわかって、それでも出向いたんだ。
「ええ、誰かが襲われている可能性が高いと思うわ」
俺は慌ててあたりを見回す。
「どうしたの。そんなに慌てて」
「だって、助けに行かなきゃ!」
真帆は魔法使いらしいけれど、今日一日見ていた分だと普通の女の子だ。
普通の女の子が危険な目に合うのを黙ってみていられるか?
しかし慌てる俺を見て聖剣(女)がため息をついた。
「あんた、何にもわかってないね」
「あ?」
「魔法使いの娘からしたら、あんたは魔力を持たない一般人。守られるべき存在なんだよ。そんな男が駆け付けたところで足手まといが増えるだけじゃん」
「でも!」
その言葉の先は続かなかった。
彼女の言うことは的を射ていたからだ。
俺には何もできない。そんな魔法の世界なんて俺は知らない。
「あはは、安心しなさい。ツルギにもできることはあるわ」
少女の言葉に俺は顔をあげた。
「あたしを使って。あたしと契約すればあんたは伝説の勇者になれる」
「伝説の……勇者?」
「そう。聖剣を携えた勇者は、どんな悪にだって負けはしないんだから!」
弾けるような笑顔で、聖剣(女)は手を差し出してきた。
この子の力を使えば、危険に身を投じている真帆の助けになれる。
魔力とか聖剣の話が全部でたらめならそれで構わない。
実際真帆に大した危険が及んでいないならそれもそれで構わない。
でも、もし、彼女に何かがあったら。
ここで動かないと、俺は一生後悔する。
そんな確信があった。
だから俺は。
―――彼女と固く握手をした。
「契約成立、ね。勇者様」
「そのユウシャサマってのはやめてくれ」
「はいはいツルギ」
彼女と手を離した瞬間に、俺は体に違和感を覚える。
なんだか体に力がみなぎってくるような……?
「あんたは聖剣に選ばれ、聖剣を選んだ勇者になったの。あんたの体には聖なるエネルギーが流れ始め、強大な身体能力を手に入れたってわけ。今なら拳で岩くらい割れるかもよ? 騙されたと思って殴りつけてみて」
「騙されないわ。割れたとしても痛そうだし」
一瞬ノリツッコミ的に壁を殴りつけようかと思ったが、それで拳を痛めてしまっては元も子もない、というか痛いのが嫌だ。聖なるエネルギーとかの聞きなれない単語は一旦無視する。
俺は気を取り直して聖剣(女)の方を向いた。
「お前のことは何て呼べばいい?」
「あたしはただの道具よ。あんたが振るう、ただの武器。武器に名前なんて必要かしら?」
ははっと口から笑いがこぼれた。
この女、これだけ俺と話していて、自分のことをただの道具だと言い放つとは。
「生憎だが、俺の常識だと道具はしゃべらないんだ」
「あんた、まだ常識なんて抱えていたのね。はやく捨てたほうが身のためよ」
「はっ、言えてる」
俺は要望通り、彼女を背負い、洞窟の入り口に向かって走り出した。
「でもやっぱり名前は必要だ。俺はお前のことを
「聖、ね。いいわよ、好きに呼びなさい」
こうして俺の日常と常識は破壊され、剣と魔法の世界が幕を開けた。
都市伝説なんてくだらない。
でも、この伝説は都市伝説じゃない。
俺、朝田剣と聖剣を名乗る少女、聖。
二人が織りなす現代の聖剣伝説が、はじまった。
「行くぜ!」
「で、あんた行き先分かってるの?」
「あっ」
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