第一章④ たとえ弱くても勇者を主力パーティーから外す人とは友達になれない
ツッコミを入れた瞬間、俺は重力に引っ張られて地面に落下した。
「つっ、剣くん?」
真帆が驚きを隠せないと言った表情で俺のほうを見る。
落下ダメージは正直めちゃくちゃ痛かったが、俺はにこやかに「やっほー」と手を振る。
「ちょっと聖、どうして俺落下したの」
「魔術の効果が切れたからよ。そもそも浮いていたのは魔術のお陰で、合体解除以降は余韻で浮いていただけ」
「はー、なるほどな」
「何をぶつぶつ言っているんだァ?」
聖とぼそぼそ喋っていると男が俺の目の前に立った。
目が合う。
俺は一つ気になったことがあったので素直に聞いてみた。
「お前さ、真帆のこと女ァ! って呼んでいただろ?」
「あァ? だからどうした」
「もしかして俺のことは男ォ! って呼ぶのか?」
背負っていた聖が吹き出した。「くひひ……男ォ! って、ダサすぎる」
「なめてんじゃねえぞ!」
男がダンッと地面を踏み鳴らす。軽い地震が起きたかのように地面が揺れた。
すごい脚力だ。
「真帆、大丈夫?」
「う、うん」
真帆はいまだに俺が来た現実に戸惑っているようで、ふるふると首を振っている。
「大丈夫か、ならいい。あとは俺に任せて」
俺はずい、と真帆の前に立った。
「俺は朝田剣。真帆を殺すなら俺を殺してからにしな」
挑発するように腕をクイ、と動かすと、男は叫ぶように名乗りを上げた。
「オレは吸血種のカインだ!」
吸血種?
あっけにとられる俺に向かって真帆が「人の血を吸う種族。アスファルトを砕く力があるから気を付けて」と言った。
なるほどなるほど、アスファルトを砕く力ね。
……いや、知ったところでそれ気をつけようがなくないかなぁ!?
真帆の言う通り、カインの口からは鋭い二本の八重歯が伸びていて、空想上の吸血鬼のような風貌をしている。それはもはや牙と言っても差し支えないような代物だった。
確かに勇者は吸血種とも戦ってそうだけども!
正直めちゃくちゃ怖かったけれど、前に出てしまった以上仕方がない。
俺は勇気を振り絞って、真帆を守るため、戦いに身を投じ―――
「シッ!」
その瞬間、常人の目にもとまらぬ速度でカインが加速し、最速の拳が打ち出された。
だが、見える!
俺の目はその拳をしっかりと捉えた。これが聖剣に選ばれた勇者の力か!
聖剣を引き抜き、聖と契約した俺は、もはや常人ではないのだ。
すんでのところで拳を躱し、カインの顔の前に拳を置いた。
クロスカウンター。
相手が突っ込んでくるところに拳を打ち込む必殺の技。
相手の速度が速ければ速いほど威力を増す、弱者の反撃。
「なっ」
赤と白の飛沫が舞う。
初撃を躱され、なぜか自分がダメージを受けている状況に呆然としながらカインは顔を抑えた。
ん? 赤と白の飛沫?
「なあ聖、吸血種? の血って白いのか?」
「いえ、赤一色のはずよ」
顔を抑えているカインの口からはどくどくと真っ赤な血液が流れだしていた。
赤いじゃん。
じゃあ今の白い飛沫はなんなんだ、と俺は首を捻ったけれど、顔から手を離したカインを見てすべてを理解した。
カインの鋭い歯が一本なくなっていたのだ。
「くふっ」
背中の聖が笑いをこらえているのがわかる。
こら、人を見た目で判断してはいけません!
「テメェ、笑ったな?」
「俺は笑ってないんだが?」
断じて。
「オレの歯が欠けたのがそんなに面白れぇか、あァ?」
「だから俺は笑ってないんだって!」
「吸血種のシンボルとも言える綺麗な牙を折りやがって……テメェは絶対許さねえ!」
カインはそう叫んで、ファイティングポーズの構えを取る。
その瞬間、カインの欠けた歯の部分から、ズルッっと牙が生えてきた。
サメの機構!?
ていうかそんなお手軽に再生するなら怒らなくてもいいだろうが!
しかし、よく見ると再生したのは牙だけではなかった。出血していた箇所が次々に塞がっている。
「再生能力はずるじゃん……」
呆然と俺は呟いた。
これは無策で突っ込んでいったところで再生能力の分押し負けてしまう。
「聖、いったん距離をとるぞ」
俺はカインの方を見たまま後ろに向かって大きく跳躍し、十五メートルほどの距離を取った。
俺たちはにらみ合い、状況が膠着する。
「ところでツルギ、あんたあたしのことは使わないの?」
その膠着を破ったのは、背中に背負っている聖だった。
「どういうことだよ」
「だから、聖剣を抜かないのか、って聞いているの」
「……」
それを聞いて俺は我に返ってしまった。
いや、いまさら「俺は何をしているんだ?」という気持ちになったわけではない。不可思議な現象を直接目で見たわけだし、魔法だとか吸血種の存在は今更疑わないさ。
でも、聖剣については考えないようにしていたんだよ。
だって、この武器を自称する女の子を、どういう風に使えば武器として機能するっていうんだ?
それなりの大学に現役で合格する程度には真面目に勉強をしてきたつもりだったけど、本当に大切なことは授業で教えてくれないみたいだった。
いやこれが大切なことだったら義務教育の負けでいいよ。
しかし――――
女の子を武器として使う最も効果的な方法ってなんだ? 女の武器は涙、なんてよく聞くけれどカインとかいう吸血種に女の涙が通じるとは思えない。
じゃあ体の魅力か……? 駄目だ、こいつの自称スリーサイズは上から60-20-10だ。
ちなみに見た目は完全に幼い少女なので、真面目なスリーサイズもそんなに大したものじゃない。
「ダメだ、聖。俺にはお前の使い方がわかんねえ」.
たぶん勇者の身体能力で真正面から殴り合ったほうが戦える。
しかし背中の聖はやれやれと言った風にため息をついた。
「馬鹿。あたしは道具だって言ったでしょ。見た目は気にせず剣として振るいなさい。ちょっと装飾のゴテゴテした聖剣だと思えばいいのよ」
なんという無茶な注文。
「ほら、早く抜きなさい。魔法使いの娘を救うんでしょ? あたしを抜いて、あの吸血種を蹴散らすのよ!」
「いや、でも……」
「ごちゃごちゃ言わずに早く抜けって言ってんのよ!」
「早く抜けとか言ってんじゃねえよ!」
俺は魂で叫びながら、半ばヤケクソで背負っている聖の首の部分を持った。そのまま背負い投げの要領で体の前へ持ってくる。
ズン、と聖剣の重みが体に伝わってきた。
足腰を落として深く構え、ピンと伸びた聖剣を構える俺は、まさしく勇者と呼ぶべき存在に見えた。
構えているのが剣ではなく女の子ということに目を瞑れば。
大丈夫? 目、瞑りすぎて前見えてなくない?
しかし伝説の聖剣だけあってオーラは仰々しく、相対したカインも警戒したかのようにこちらをじっと見つめている。
敵だろうとツッコんでいいんだぜ?
その沈黙を破るかのように、聖が口を開いた。
「ごめん、腹筋がギブ」
そう告げたかと思うと、ピンと伸びていた聖の体はへにゃへにゃと力を失っていく。
「聖お前!」
両手で聖の首を持っていた俺は、右手を慌てて伸ばし、彼女のお腹の当たりに手を添える。
さわっ、と不可抗力の接触があった。
「ひゃん! ちょ、ツルギあんた女の子のどこ触ってんのよ!」
「お前さっきから道具を自称し続けてただろうが!」
そこには、全く格好のつかない伝説の勇者の絵があった。
「……なんだァ、仰々しい気を感じたから何か来るのかと思ったら、何もねぇのかよ」
カインがあきれ果てたような顔で一度緊張を解き、再度構えなおした。
「ふざけてるだけなら、サクッと殺してしまいだな」
来る!
カインの最高速の攻撃が来ることを感じた俺は、ふざけている場合じゃないと自分を奮い立てた。
ふざけていたわけじゃあないんだけどな。
「ツルギ、不甲斐ないところを見せたわね」
俺に首とお腹を下から支えられ、逆向きのお姫様抱っこをされているような体勢の、現在進行形で不甲斐ないところを見せつけている聖が言う。
「だから次は格好いいところを見せるわ。あたしには、あの吸血種を倒す策がある。聞いて」
「策?」
「そう。厄介なのはあいつの再生能力よ。だからまあ、再生が追い付かないほどの高エネルギーで消し去ってしまえばいいの」
ひどく物騒なことを言う。
「そんなことできるのか?」
「できるわ。あたしは聖剣だもの」
「……」
「あんたはありったけの気持ちを込めて、吸血種に向かってあたしを振り下ろしなさい。当てる必要はないわ。あんたに芽生えた勇者の聖エネルギーがあたしと共鳴して、ビームのように斬撃を放つことができる。要するに、必殺技が撃てるのよ!」
聖のその解説を聞いて、俺は少しだけ複雑な顔になった。
聖剣の先からビームが出る、だって。
ただでさえいろんな創作物で擦られまくっている聖剣伝説だ。それに加えてビームのように飛ぶ斬撃という技も擦られまくっている。
もう大学生になる俺なのに、そんな中高校生が好きそうなワードで興奮しろというのも難しい話だった。
しかし、四の五の言っていられる状況ではない。
「仕方ない、じゃあその必殺技とやらを撃ってやる! 真帆、瞬間移動で少し離れられるか」
道端に倒れている真帆は少しだけ回復したのか、ゆるゆると起き上がって、元から倒れていた女性と一緒に瞬間移動でどこかへ飛んだ。
「よし、あたしのほうは準備できたわ。あとはあんたが思いっきり必殺技の名前を叫んであたしを振るうだけよ!」
「ひ、必殺技の名前?」
もう目の前のカインは臨戦態勢に入っているというのに、突然とんでもないお題が降ってきた。俺は焦る。
「名前なんて考えてないぞ」
「何でもいいのよ。必殺技を撃つぞ! って気持ちを言葉に乗せることでより強大な力になるってだけだから。あんたが叫びやすい言葉を叫べばそれでいいの!」
「いざ言われても何も出てこねえよ!」
「あー、もう! じゃああれよ。『エクスカリバー!』とか叫べばいいじゃない」
「それはなんか絶対嫌だ!」
もうその手のネタは色々なところで使い古されている。
「文句が多いわね。少女の姿をした聖剣なんだから頭にガールズとかつけておけばそれでいいわよ」
「そんな適当な……」
と思った瞬間、カインが足に力を込めたのがわかった。
最速の攻撃が来る。
一度躱すか? 否、相手が必ず直線で突っ込んでくるとわかっている今この瞬間に攻撃をかますのが一番いいはずだ。
俺は覚悟を決めて、聖の首を持ち直した。聖も腹筋に気合を入れてピンと体を張る。
「いくわよ、ツルギ!」
「ああ、わかったよ」
俺はゆっくりと息を吸った。
「『ガールズ……」
ガールズ、まで言ったところで、その続きを考えていなかったことを思い出す。
やべっ。
脳が最高速で回転する。
エクスカリバー! って叫ぶのはなんか負けた気がする。でもアロンダイトやバルムンクやソハヤノツルギなどの他の聖剣の名前もピンとこない。
ええい、気合が入ればなんだっていい。エクスカリバーのバーの部分だけもらえばそれっぽいだろう。
「バーーーーーーーーーーーーーーー』!」
言い終わると同時に聖を勢いよく振り下ろす。
それに合わせるかのように黄金の光の束がカインに向かっていく。
その光の束に絡めとられ。
「こんな、こんなところで……ぐああああああああああ」
カインと名乗る吸血種は、跡形もなく消滅した。
こうして聖剣に選ばれた勇者と魔法使いの末裔、吸血種による深夜の戦いは、ひっそりと幕を閉じた。
あとには少しけだるい感覚と、「俺今、『ガールズバー』って叫ばなかったか?」という疑問だけが残った。
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