最終章① ラスボス戦には悲哀で壮大な音楽がよく似合う
「さて、そろそろ時間ですね」
長い銀の髪の毛を掻きあげながら、吸血種の王、アヴェリンは言った。
午後八時。春の日差しが完全に落ち切って、太陽の気配を感じられなくなる時間帯。灯りがなかったころの人々は太陽の沈みと共に眠りについていた。つまり人間は本来夜に活動するようにできていない。
それを太陽に愛されていると表現するか、夜に嫌われていると表現するか。
一方吸血種は、太陽のもとで生きることができない故、日の入りとともに目覚め、日の出とともに眠っている。
それは、太陽の寵愛を受けた人間を捕食していることに対する罰なのだろうか。
異世界の吸血種の王であるアヴェリンは、別にそんなことを考えたことはなかった。
彼にとって太陽は憎むべき存在だが、人間はとるに足らない存在だからだ。
そして今夜、そのとるに足らない存在を、アヴェリンは殺そうとしていた。
彼は体内に流れる魔力を練り上げ、放出する。それは来ないと人質の魔法使いを殺すという殺気を込めた、勇者への宣戦布告だった。
「そんなことしなくたって、ちゃんと来るさ」
アヴェリンが魔力を放出した直後に、聖を背負った俺は木陰から顔を出した。
アイリーンは来ていない。
強大なものに立ち向かう”勇気”という概念を持っていないアイリーンは、アヴェリンに立ち向かうことができない。
この場には朝田剣ただ一人だけである。
昨晩と同じ山の中腹の広場。アヴェリンは大きなクスノキの傍に立っていて、そのクスノキには真帆が縄で磔にされていた。
真帆! と叫び、駆け出したい気持ちを必死に抑えて、俺はアヴェリンに問いかけた。
「どうして真帆を殺さなかったんだ?」
真帆が俺を呼び出すためだけに生かされたのだとしたら、最悪今この瞬間殺される可能性だってある。俺はアヴェリンの動向を慎重に伺いながら、いつでも彼女の元へ駆け出せるよう構えた。
しかしアヴェリンの答えはシンプルだった。
「彼女は誰も殺していない。だから殺しません」
確かに彼の言う通り、カインとローデヴェインを殺したのは俺だし、スコルピオンはアイリーンが殺した。エミィとハンスロッドは生き残っていたので、結局真帆はだれ一人殺していない。
「食べるため以外に命を奪う、という行為は忌むべきものです。だから貴方と、こちらの吸血種の娘は殺します。でもこの魔法使いの娘はだれ一人殺していない。だから殺しません。それが私のポリシーなので」
「……」
その発言に対して、思うところはあった。
だって、俺やアイリーンが吸血種を殺したのは正当防衛だったし、もとはと言えば襲い掛かってきたカインが原因だ。
しかしそれを言ったところで、きっとアヴェリンにはアヴェリンの、カインにはカインのポリシーがあるとか言って煙に巻かれるだろうことが推察できたので俺は黙った。
いまはただ、真帆の命が保証されるだけで十分だ。
「ところで吸血種の娘の姿が見えませんね。来ていないのですか?」
「あぁ。あんたを倒すことくらい、俺一人で十分だからな。アイリーンは家でレポートをやっているよ」
俺は気丈に言い返す。しかしアヴェリンは鼻で笑った。彼にも勇気は備わっていないので、心をへし折られたアイリーンが戦闘不能になったことくらいお見通しなのだろう。
「まあ、勇者の首を持っていけば、彼女も命を諦めるでしょうかね」
さらりと物騒なことを言う。
俺は聖を抜いて、自分の前に立てた。
昨晩同様、幼女の肩に後ろから手を置いた不審な男子大学生が誕生する。
俺とアヴェリンには圧倒的な力の差があるかもしれない。それでも、ガールズバーさえ当てることができれば。
カインとローデヴェイン、二人の王族を葬った大技さえ当てることができれば、アヴェリンを倒し、真帆を取り戻すことができるだろう。
戦いが長引くと、戦闘経験の差やポテンシャルの差が浮き彫りになってしまう。
だから俺が目指すべきは、初手完封勝利。
有無を言わさず、ガールズバーを当て、消し去る。
俺はアヴェリンに悟られないよう、ゆっくりと聖エネルギーを練る。そして高らかに宣言した。
「俺は勇者、朝田剣。お前を元の世界に帰して、平和を取り戻す!」
「では私も今度はしっかりと名乗りましょう。吸血種の王、ヴラド・アヴェリン。貴方を看取る、名前です」
アヴェリンが礼儀正しく一礼をした瞬間、俺は小さく呟いた。
「ガールズバー・二号店」
瞬間、目にもとまらぬ速さで、俺を中心としたドーム状のエネルギー波が広がっていく。
真帆を巻き込んでしまうので、殺傷能力は控えた必中の範囲攻撃。しかし確かにダメージはあるため、当たれば一瞬の硬直が生まれるだろう。
この攻撃によってアヴェリンが硬直した瞬間、ガールズバーを放つ、俺の必勝パターン!
しかし、完全に不意を打ったはずなのに、アヴェリンは既に攻撃範囲の外へと移動していた。
瞬時に広がる聖エネルギーよりも早く、アヴェリンは後ろへと移動していた。
「な!」
二号店が当たらなかった以上硬直が発生しないので、必殺だが隙の大きいガールズバーを打つことができない。
「圧倒的な差がある相手には不意打ち。その程度の策が通じると思いましたか?」
俺の顔に落胆の色が浮かぶ。そのままアヴェリンは右手を俺の方に突き出し、魔力の塊を数発撃ちこみながら近づいてくる。
サイドステップでそれを躱し、俺もアヴェリンの方向へ走っていく。
接近戦だ。
地上に降りてきたアヴェリンに向かって右拳を叩きつける。彼はそれを右方向に避けて、返す刀で右足を蹴り上げた。俺は上体を倒してそれを回避する。
今の攻防で、アヴェリンが肉体変化形ではないことが分かった。だからと言って対策も何もないのだが。
俺はバックステップを二歩刻んで少しだけ距離を置く。
―――その瞬間、背中に衝撃が走った。
「がはッ……」
思わず前に崩れ落ちそうになる体を必死に支える。何が起きた?
慌てて前方を見るも、当然アヴェリンは正面にいて、蹴りを繰り出した瞬間に他に何かをしたように見えなかった。
しかし彼には他の味方がいる様子もない。
「まさか―――」
俺は慌てて後ろを振り返った。
すると、魔力の塊が俺に向かって飛んできていた。
あと三秒振り返るのが遅かったら直撃していただろう。
最初に放った魔力弾か!
つい先刻サイドステップで躱したはずのそれが、再び俺の方へ向かってきていたのだ。
それを躱した瞬間、ゾワリ、と首筋の産毛が逆立った。
俺は半ば反射で頭を下げる。俺の頭があった位置に正面から岩の塊が飛んできていた。
あっぶね、と口に出す間も惜しく、そのまま前転、もう一度アヴェリンと対面する。
そこからは自分の反射神経との戦いだった。
第六感と言っていいほどにまで昇華された動体視力を酷使して、相手の連撃を見切る。アヴェリンの飛ばす魔力、放つ拳、攻撃一つ一つに必殺の魔力が乗っていて、当たれば大ダメージは必至だろう。
俺のガールズバークラスの攻撃が連続で打たれている、という緊張感で、全ての攻撃を紙一重で躱していく。
「ツルギ! しゃがんで!」
一番厄介なアヴェリンの一度躱しても折り返してホーミングしてくる魔力弾は、聖に背面を見てもらうことでカバーした。
これで致命傷は避けられる。
だがこれでも防戦一方。俺がほんの少しでも攻撃に転じようと準備した瞬間、その隙にアヴェリンの攻撃が刺さるだろう。
それほどまでの圧倒的な物量だった。
アヴェリンは俺の手の内である、ガールズバーとガールズバー・二号店の両方の性質を知っている。手札を知られた状態でのカードゲームほど不利なゲームもないだろう。
しかし、だからこそ。
昨日までの俺を知られているからこそ。
俺の成長に、ついてこられないだろう!
俺はイメージを練り、聖を抜くことなくノーモーションで聖エネルギーをドーム状に広げる。
「ガールズバー・二号店!」
聖エネルギーを正面に放つ必殺のガールズバーは、出力を上げ、正確な指向性を持たせるために、聖を構えることが必要だ。
しかし聖を起点にエネルギーをドーム状に広げる二号店は、出力を上げる必要も正確な指向性を持たせる必要もないので、今やある程度聖エネルギーを操れるようになった俺にとって、彼女を地面に突き刺す予備動作は必要がない。
アヴェリンはそれを知らない。なぜならそれは、今日の昼間に俺が得た新しい力だからだ!
思惑通り、俺を中心にエネルギー派が広がるのを見たアヴェリンは顔に驚愕を浮かべた。
そのまま超高速で地面を蹴り、上空へと飛びあがる。
吸血鬼の王の速度は、俺のイメージを上回り、彼はギリギリのところでエネルギー波の範囲から飛び出た。
嘘だろ!?
これでもまだ、躱すのかよ!
―――でも、それも想定内だぜ。
アヴェリンは知らない。俺がこの一日で、どれくらい成長できたのかを。
「掴め!」
俺の号令と共に、ドーム状に広がっていた聖エネルギーから、アヴェリンに向かって触手が伸びていく。
今はまだ、リモコンを掴む程度の強度だ。
それでも確かにアヴェリンの足を掴むことはできる。
そしてその腕を振りほどくための一瞬、アヴェリンは動きを止めざるを得ない!
予想通り彼は、一瞬体を硬直させた。ここだ!
「ガールズ…………」
この一撃に全てを!
「バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
直線状の光がまっすぐ伸びていく。
その光の束が消え去り。
何事もなかったかのように、夜の闇から、アヴェリンが姿を現した。
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