最終章② ラスボス戦には悲哀で壮大な音楽がよく似合う

「嘘……だろ?」

 夜の闇から姿を現したアヴェリンは、全くの無傷だった。

 ガールズバーの直撃を食らっても、全く傷を負わないだと?

 それはおかしい! だって、吸血種の王子であるカインとローデヴェインを消し去った技だぞ。

 俺が状況を飲み込めずにいると、アヴェリンはくっくと笑って種明かしをした。

「不思議そうな顔ですね。私は、貴方の光の束が届く直前に、足元に防護壁を張りました」

「……それで無傷になったと?」

 王子二人を消し去った技を、ただの防護壁で無効化したとでも言うのか?

「いえいえ。。貴方のその技、確かに超高密度のエネルギーの束ですが、。当然射程距離はあります。だったらやることは単純で、貴方の攻撃が私に当たるよりも早く、射程距離の外に出る。それをやっただけですよ」

「……」

 俺は秘めていた作戦が完全に無力化されたことに驚き、膝をつく。

 ガールズバーさえ当てれば。そう思っていたのに、そもそも当てることができない。

 俺のガールズバーが届くよりも速く動く相手に、どうやって技を当てろというのか。

 勝てない……のか?

 俺はこいつに敵わないのか?

 

 いや、考えろ。

 悲観的になるな。

 確かに力の差は歴然としているし、向こうの攻撃のほとんどが致命傷だ。

 それでも、アヴェリンはこの世界で魔法を使えない。つまり体内に流れている魔力を消費して技を打っているということ。

 そこには限界があるはずだ。エネルギーが切れるタイミングは必ずある。

 俺の聖エネルギーも無尽蔵というわけではないが、耐久戦に持ち込むことができれば、ゆくゆくは必殺技を打ち込めるタイミングが来るのではないか。


 そう思っているとアヴェリンが口を開いた。

「貴方、とりあえずさっきの技が当たればどうにかなると思っていそうですね」

「……」

 俺が黙っていると彼は両手を広げて地面に座った。

「打っていいですよ」

「は?」

「ローデヴェインを消し去った技ですし、警戒するべきだと思いましたが、今間近で見た感じ、大したことなさそうです。貴方に変に粘られるのも面倒なので、一発打って素直に諦めてください」

 アヴェリンは退屈そうにそう言った。

 舐めやがって。

 腹の底からふつふつと怒りがわいてきたが、逆にこれはチャンスだと思った。

 ここで消し去れば。倒せずとも手負い状態にすることができれば、戦況は傾くのではないか。

 俺は再び聖を抜いて、構えた腕に力を込める。

「後悔するなよ」

「お好きにどうぞ」

 気合を込めた咆哮と共に、再び光の束がアヴェリンへと向かう。


 今度は避けた素振りがなかった。防護壁を張った様子もない。素のままの、必殺の攻撃が彼の体へと降り注ぐ。

「……ハァ、ハァ」

 全身全霊を込めた一撃は―――


 ―――しかし彼の命に全く届かなかった。


 服はボロボロになり、全身に煤のような汚れがついていたものの、アヴェリンは何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。

 傷ひとつ負っていないわけではなく、ところどころにやけどのような傷ができていることが、逆に何のトリックもなく、

 それと対照的に、俺はゆっくりと倒れこんだ。


 勝てない。


 圧倒的な力の差は認知していた。それでも、と思っていた。

 なんとも、ならなかった。

 勇者の力は、全くもって吸血種の王には届かなかった。

 もう幾度目かの絶望を覚える。切り札をすべて切ってしまった俺に、残されているカードはなかった。

「じゃあ、死んでもらいましょうか」

 遠くの方でアヴェリンが何かを言っていた。

「ツルギ、ツルギ!」

 これまた遠くの方で、聖が何かを言っている。

 ふと顔をあげると、人の首を落とすためだけに作られたような、を抱えたアヴェリンが近づいてくるのが見えた。

 ああ、そういえば勇者の首をアイリーンの元へ持っていく、とか言っていた気がするなあ。

 俺はどこか他人事のように、そんなことを考えていた。

「では、さよならです」

 大鎌が目の前に降ってくる。

 俺は死ぬ瞬間まで、目を閉じなかった。

 その時だった。


「バカ! 逃げるぜ!」

 俺の目の前に、ふわりと、透き通るような金髪が舞った。


「は?」

「……ん?」

 俺だけでなく、アヴェリンも驚いた表情を作る。

 それもそのはず。

 その金髪の主は、アイリーンは、何の前触れもなく、突然目の前に現れたからだ。

「アイリーン!?」

「やっほ、助けに来たぜ」

 彼女は、俺たちの目の前に現れた。


 状況が呑み込めない。

 アイリーンも瞬間移動の魔法を使うことができたのか? いや、今までそんな素振りはなかったし、瞬間移動は聖ですら不可能な高等魔法だったはず。

 そう思っていると、アイリーンは小さい声で「うん、もっかい詠唱したほうが安全かな、念のため」と言った。

 そしてその直後、俺は信じられないものを耳にする。


「『深き森 風の滴るウッドデッキより――――」

 

 真帆の声だって?

 俺はその現実が認識できず、思わず真帆が縛り付けられているはずの大きなクスノキを見る。

 しかし、そこにはまだ、磔にされたままの真帆がいた。

「悠久なる深淵 隕石の欠片 跳躍し……」

 は、一呼吸置いた後。

「弾け飛べ』!」

 そう叫んで、俺たちは淡い光に包まれた。

「必ず戻ってくるから、それまで真帆たんに危害を加えるなよ!」

 は俺を連れて、どこか適当な場所へと瞬間移動する。

「アイリーン、どうして」

「うん、声帯を変化させたんだ。ほら、ボクってエミィに化けていただろ? あれと同じさ。この世界の精霊が真帆たんとお友達で、詠唱はそのお友達の印なんだったら、ボクが真帆たんの声を出せばいい」

 精霊すら騙しきる肉体変化。アイリーンはそれをやってのけたという。

 しかし今聞きたいのはそこではなかった。


「お前、もうアヴェリンには立ち向かえないはずだろ?」

 見慣れぬどこかのビルの屋上で、俺はもう一度アイリーンに質問をぶつけた。

 彼女にはがない。

 そのため、一度格付けが済んだアヴェリンに再び立ち向かうことなんてできなかったはずだ。アイリーンが口を開く。

「そうだね。ボクはまだキミたちみたいに『怖いけど戦う』なんてことはできないさ。でもね、一日ゆっくり考えて思った。このままボクが隠れ続けていれば、剣や真帆たんを失うわけだろ? そんな怖いことはないってね。キミたちを失うことが本当に怖い。だからボクは、

「……」

「ただやっぱりアヴェリンの目の前に立つだけで精いっぱいみたいだ。彼と直接拳を交えるなんてことはできそうにない、ごめん」

 アイリーンは申し訳なさそうに頭を下げた。

 それでも俺は、自身の本能に逆らってまで俺の窮地を救ってくれたこと、それ自体にすごく感動していたので、思わずぎゅっとアイリーンを抱きしめた。

「ちょっ……」

「ありがとう。本当にありがとう」

 彼女はすごく戸惑っていたが、諦めたように体の力を抜いて、俺の背中に腕を回した。

 暖かい。

 生きている温もりだ。

 俺は、さっき自分が、それを手放そうとしていたことを思い出して酷い気持ちになった。


 死んだらそれまでで、この温もりを感じることは二度とできない。


 ありがとう、そんな当たり前のことに気付かせてくれて。

 俺はもう一度だけ、アイリーンを抱くその手に力を込めて、ゆっくりと離した。彼女は名残惜しそうな顔で俺の方を見る。

「行くかい?」

「ああ、真帆を助けなきゃ」

「……策は?」

 俺は黙った。


 作戦を立てるその前に、一つだけ確認しなければならないことがあった。

「なあ、聖。ひとつ聞いていいか?」

 背中の聖に問いかける。いいわよ、と静かな返事が返ってきた。

「ずっと考えていたんだ。って。偶然? 運命? そう自分を納得させようと思っていたんだけどさ」


 勇者。勇ましい者。恐怖を打ち払い、光を導く存在。


 ――――そして、


「もしかして、?」

「……」

 聖を引き抜く条件が、勇気があることなのだとしたら、この世界の人間なら誰だってその素質があると言える。

 別に俺じゃなくたっていい。勇気を持った存在なら、誰だってよかったんじゃないのか?

 俺のその推察に、聖は少しだけ黙り込んだ後、ゆっくりと首を縦に振った。

「そうよ。あたしを引き抜く条件は勇気があること。つまり、

「……だよな」

 少しでも自分が選ばれた存在なんだと思っていた自分が恥ずかしくなった。

 でも、そりゃあそうだろう?

 こんなただの男子大学生の身に与えられた特別な力なんて、あるはずがなかったんだ。


「騙していたことは謝るわ。過去に引き抜けた人がいないって言うのはウソ。何人かに引き抜かれたことはある。でもこれだけは信じて」

 聖が俺の耳元で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あんたはあたしを引き抜いた。そしてもし、あんたが勇者に相応しくない男だったら今まで通りすぐに記憶を消していたわ。でもあんたは違った。がむしゃらにマホを助けに行こうとしたあんたは、。だから、あたしは決めたのよ。あんたの剣になるって」


 あんたがあたしを引き抜いた。そして、あたしがあんたを選び抜いたのよ。


 聖は胸を張ってそう言った。

 ふふ、と口から笑いがこぼれた。

 選んでもらえて光栄だよ。お陰で真帆を、救うことができるんだから。

「じゃあ聖。もうひとつだ」

 俺はゆっくり時間をかけて、彼女に一つの提案をする。

「俺と一緒に、死んでくれないか?」

「嫌よ」

「……」

「あんたさっき、ひとつ聞いていいか? って言ったでしょう。だからあたしにのはひとつだけ」

「そっか」

 俺は気を取り直して、言葉を選び直す。

「聖、俺と一緒に、死んでくれ」

「もちろんいいわよ。道具のあたしにとって、それ以上の幸せはないわ!」

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