第三章③ 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する
「エミィ!」
ハンスロッドだかスコルピオンだか忘れたけれどそのどっちかが驚いて叫び声をあげた。まあ無理もない。戦いが始まった瞬間に一人脱落したわけで。
「やるねえ真帆たん。ついでにその魔法でこの女を監禁しようぜ」
アイリーンの提案を真帆は快諾し、あっという間に土の牢を築き上げる。これでエミィが目覚めても問題がなくなった。
「これで四対三だな。降参するなら今のうちだぞ」
俺はローデヴェインを挑発する。いや、俺まだ何もしていないんだけどね。
しかしローデの涼しそうな顔は一向に崩れる気配がなかった。そしてその言葉を裏付けるかのように、ハンスロッドが言い放つ。
「でもこれで三対三だね」
声のほうを向くと、真帆の作り出していた土のゴーレムが、無残にバラバラになっていた。
「ローデ様、このゴーレムクッソ弱かったですよ。戦う価値もなかったっす」
「はしゃぐな。その土人形なんて最初から数に入れていない。それに……」
ローデはそのまま黙り込み、静かに真帆の方を睨みつける。
その視線を受け止めた真帆は不敵に微笑み返した。
え、なにいまのアイコンタクト。俺は嫉妬した。必ず、かの邪知暴虐なローデヴェインを。
そんなことを考えていたら、再びズズズズという地鳴りのような音があたりに鳴り響いた。
「おいおいそれはやりすぎだぜ真帆たん」
状況を理解した俺とアイリーンは呆れて声も出なかった。
俺たちの視線の先には、つい先刻無残に砕け散ったはずの土のゴーレムが、まるで壊された事実などなかったかのように完全体として存在していた。しかも一体ではなく、合計三体。
一気に六対三になった。やりすぎだろ。
「前回、剣くんには不甲斐ないところを見せちゃったからね。今日は魔法使いの本当の戦い方っていうのを見せてあげるよ」
魔法使いの神髄は、魔法の力を使い続けられるところにある。自身の体内魔力を使用して奇跡を起こす魔術師に対して、精霊の力を借りて戦う魔法使いは、いうなれば無尽蔵に魔法が打てる。
もちろん精霊に力を貸してもらえるようになるためには相応の努力と時間が必要だ。しかし、一度“仲良く”なってしまえば、精霊は完全な外付けバッテリーとして機能するようになる。
三体のゴーレムがハンスロッドめがけて巨大な拳を振り下ろした。
ハンスは驚いた表情を浮かべながらも、信じられない脚力で上に跳びあがり攻撃を回避。そのまま落下の勢いを使い、ゴーレムの一体を砕いた。
しかし、砕かれて砂となったゴーレムはあたりに飛び散り、ハンスを取り囲む球体をかたちどる。
「捕縛!」
真帆の叫びに呼応するかのように、残り二体のゴーレムも塵となりハンスを取り囲む球体を覆った。
重力に引っ張られた球体はそのまま地面に落下する。
これで、エミィとハンスロッドという二体の吸血種を、真帆一人であっという間に行動不能に追い込んだことになる。
マジか。
しかしハンスロッドは土に捕縛された程度で終わる吸血種ではなかった。突然砂の球体が震え、ピシ、と一筋のヒビが入る。
そのままパッカーンと音が鳴るような勢いで球体が割れ、中からハンスが飛び出してきた。それはまさしく。
「まさしく桃太郎って感じだね」
「どうして封印されていた聖剣が日本の昔話を知ってるんだ」
というか思っても口に出さないでほしい。シリアスなバトルの雰囲気が台無しになる。
桃太郎よろしく飛び出したハンスは息を切らしながら「死ぬかと思った」と叫んだ。真帆はそれを見て一瞬あっけにとられたものの、すぐに右手をぐっと握りしめた。
「剣くん、アイリーン、聖さん、こっちはわたしに任せて」
「任せた!」
「おっけーだぜ、真帆たん」
「り!」
「どうして封印されていた聖剣が現代の若者風の『了解』を言えるんだ」
俺とアイリーンはまだ動きを見せていないローデヴェインとスコルピオンのほうに向きなおる。
「なあアイリーン、どっちがどっちの相手をする? 相手が二体でこっちも二人だから、別れたほうがいいと思うんだよな」
「えっ、別れるなんてやだぜ。まだしたいことも行きたいところもたくさんあるんだから!」
「そういうベタなのいいから!」
アイリーンはけらけら笑ったかと思うとふっと真顔になり、二体の吸血種の方を見た。
「ボクはどっちでもいいけど、果たして選べる状況かな?」
「は、どういう」
意味だ、と聞き返そうとした瞬間、背中の聖が俺の肩を激しく揺さぶって「来るよ――!」と叫んだ。
見ると、両手に刃を構えたスコルピオンが俺とアイリーンの両方を睨みつけている。
「違うぜ、よく見て。あれは刃を持ってるんじゃなくて、両手を刃に変質させているだけだ。ボクとおんなじ、肉体変化系の吸血種ってこと」
「おお、なるほどな。ちなみに肉体変化系に対してはどう対応すればいいんだ?」
さすが、吸血種が仲間にいて助かったぜ。
そう思いながら俺は期待に満ちた目でアイリーンを見る。確か彼女は戦いの直前に、「ボクなら吸血種について教えられるぜ」とかなんとか言っていたはずだ。
しかしそんな期待に反してアイリーンは小さく首を振った。
「対策はない」
「は?」
「筋肉や骨格を無視して、自分の想像通り肉体を自由自在に変化させることができる。それが肉体変化系の特徴なんだけど、ボク自身これと言った弱点は思いつかないんだよねえ。そりゃ圧倒的な力には敵わないけど、ここを突けば実力差がひっくり返るなんて言う明確な弱点は……」
「くぅ~」
この女がいれば吸血種の襲来なんて余裕で乗り越えられると思っていたのにとんだ勘違いだったようだ。
「あ、でも!」
「ん、なにかあるのか?」
「剣がボクの体を触ってくれたら何か思い出せるかも? ほら」
体を艶めかしくくねらせながら頬を赤らめたアイリーンが言った。
俺は無言でアイリーンの頭を叩く。
「痛いなあ!」
「指定通り触ったぞ。なんか思いついたか?」
「そうだな……邪険に扱われるのも悪くないね」
誰が自分の新しい性癖を思いつけと言った。
まあ弱点がないものは仕方がない。アイリーンは弱点があるとは言わなかったが無敵だとは言わなかった。力の差があれば当然勝つことができるのだ。
だったら戦うしかないだろう。
「行くぞ、聖、アイリーン!」
俺は、スコルピオンの方に駆け出した。
全く動きを見せないローデヴェインが気になるものの、待ちの姿勢に無策で突っ込んでいくほど愚かでもない。ローデのことを常に意識の片隅に置きつつも俺はスコルピオンとの戦いに注力することに決める。
「シッ!」
短く空気を吐き出したスコルピオンは、そのまま右手の刃で俺を切り上げてきた。
勇者の力で強化された動体視力によって、上体を逸らし紙一重で躱す。しかし彼は正拳突きの要領で左手の刃を突き出してきた。
上体逸らしによる回避で生じた硬直。その隙を突かれた俺は、逆に膝の力を抜いて両手を地面につき、ブリッジの体勢になる。
スコルピオンの左手は空を切り、俺は地面についた両手を軸にして前蹴りを繰り出した。
その足が彼の左手に命中する寸前で、左手があり得ない方向に折れ曲がり、俺の足も空を切った。
改めて、自分の好きなように体の形を変えられる生物、ヤバいな。
仕切り直しと言わんばかりに俺はバク転し、体勢を整える。スコルピオンもいったん体勢を整えようとし――、そこを見逃すアイリーンではなかった。
気配を消していたアイリーンは背後からスコルピオンを思いきり殴りつけた。
驚いて振り返った瞬間に俺は地面を蹴って、“聖”を抜く――ッ!
この距離でガールズバーを使用すると、スコルピオンの直線上にいるアイリーンごと消し去ってしまう。
しかし、聖エネルギーをビーム状に射出するのではなく、聖にまとわせた状態で、聖を相手に叩きつければどうなるだろう?
要するに、聖を剣として使用するのだ。
「行くぜ聖!」
俺はありったけの力を込め、スコルピオンめがけて聖を振り下ろそうとした。
殺気。
死。
――バックステップ!
しかしその刀身が無防備な彼に叩きつけられるその瞬間、異常な殺気を感じた俺は慌てて後ろに跳んだ。
頭に死のイメージが流れ込む。
あのまま攻撃していたら死んだかもしれないという絶望感。
「なんだ今の殺気!?」
真帆とハンスはまだ戦っていて、アイリーンとスコルピオンも向かい合っていた。
だとしたら消去法で……ローデヴェインか!
慌ててローデの方を見たが、彼が動いた様子はない。先ほどと同じく不敵な笑みを浮かべたまま佇んでいる。
目測で三十メートルほど。その距離の俺に、死のイメージを抱かせるほどの強い殺気を放ったというのか。
「……」
ローデは俺と真帆、両方を射程圏内に入れている。
隙があればいつでも殺せるんだぜと言わんばかりのプレッシャー。
嫌な位置取りだった。
「ちょっと、剣! 今大チャンスだったじゃないか」
恨めしそうな声でアイリーンが叫んだ。俺はとりあえず謝りながら、彼女の方を見る。
吸血種対吸血種。
そこでは目を疑うような超人バトルが繰り広げられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます