第三章② 集まった仲間の数がパーティー上限を越えると困惑する

「ふむ、恐れずに来たか」

「ちょっと残念。こっちの血の味も試したかったのに」

「サクッと復讐を果たしてその辺に飲みに行けばよかろう」

「えへえへ、美味しいといいなあ!」

 視界を覆っていた光が徐々になくなり、だんだんと周りの様子が見えてくる。

 あたりを見渡すと、山の中にある少し開けた広場のようだった。人気は全くなく、少し遠くを見下ろすと桜塚市の中心街が見える。

「どうやらどこかの山の中腹のようだね」

 アイリーンが俺たちの思いを口に出した。桜塚市は都会の近郊に位置していて、まだまだ自然も残っているのでこのような場所があることに違和感はなかった。

 広場の中心には大きなクスノキ。それに、背丈や性別がばらばらの四人が立っていた。

 あれが吸血種なのだろう。

 俺はずい、と一歩踏み出して問いかけた。

「お前ら、あんなにわかりやすく街中で魔力を発するなんて、いったいどういうつもりだ?」

 正確に言うと俺は全く魔力の脈動なんてわからなかったのだが、格好つけてみる。

 すると四人の中で一番背丈が高い、筋肉質な大きな体に重苦しい雰囲気を纏わせた男が静かに返事をした。

「弟を殺した人間を炙り出すためだ」

「弟……」

 そいつの言う弟というのは、十中八九吸血種カインのことだろう。

 つまりこいつは、吸血種の

「私の名前はローデヴェイン。吸血種王族の長子、ローデヴェインだ。問おう、我が弟を殺めたのは貴様か?」

 ローデヴェインと名乗る男は右手をまっすぐ俺の方に伸ばし、冷たい声で問いかけてきた。

 ごぐり、と生唾を飲み込む。とんでもない重圧を感じる。何かを言い返そうとしたが、声が掠れてうまく発生できなかった。

 そんな俺を見て、真帆が笑った。

「ねえ、剣くん。ローデさんすごいね」

「な、なにがだ?」

「剣くんっていま、聖さんを背負った状態なわけじゃない? 小さな女の子背負った不審者を見て、真面目な顔で『貴様か?』とか言える胆力、すごいよ。わたしなら笑っちゃうと思うなあ」

「ボクも絶対笑うね!」

 そう言って二人が高らかに笑った。

 こいつら、シリアスな空気が苦手なタイプなのかなあ?

 ローデも気まずそうな顔で口を歪ませていた。

 すると、向こうにいた小さい少女がはきはきした口調で飛び跳ねた。

「ねえねえ! それ笑ってよかったやつなの? エミィずぅっと我慢してたんだけど、お兄さんそんな少女背負ってなにしてるの? 犯罪の帰り?」

「犯罪の帰りにこんな山に立ち寄らないわ!」

 アイリーンが静かに移動し、俺の横についた。

「いいかい、ツルギ。吸血種の戦い方は、肉体強化と肉体形状変化の二種類に分けられるんだ。ボクは知っての通り肉体変化で、話を聞く限りカインは強化系だったんじゃないかな。文字通り、自分の肉体を瞬間的に強化するタイプと、肉体の形状そのものを頭で描いた通りに変化させるタイプ」

「確かに、カインはお前みたいに体をグネグネ変形させている様子はなかったな」

「そうだよな。それで、ここが大切なポイントなんだけど、その二つの両立は基本的にできない。血液型みたいなものなのさ。だから吸血種と戦うときは、まずは強化系か変化系のどちらかを見極めることが必要になるんだ」

 なるほどな、と俺は小さく頷いた。つまりアイリーンにはカインのような高速移動や壁を破壊するようなパンチは打てないというわけか。

 俺はもう一度ざっと吸血種四人を眺める。

 ひときわ大きいローデは恐らく肉体強化を得意とするタイプだろう。エミィと名乗った小柄な少女は、見た目では変化系だけれどなんとも言い難い。残った二人の男に関しては中肉中背だし名前もわからないので、未知数だ。

 それでも、一度攻撃を交えれば理解できるだろう。

 問題があるとすれば。

「人数の不利が効いてくるわね……」

 背中の聖が俺の気持ちを感じ取ったかのように呟いた。

 相手は四人でこちらは三人だ。俺はよく四対四のオンラインゲームをするのだが、たった一人が回線落ちしただけで、その時点で基本的に勝負はついてしまう。相当がんばっても人数不利を覆すことはできない。

 考えていると、真帆が「大丈夫だよ」と言って、瞬間移動と同じような呪文の詠唱を始めた。

 詠唱を終えた真帆が右手を振り上げると、ズズズズという轟音とともに、姿

 ……は?

「わたしが二人分になる。これで四対四だね」

「お前オンラインゲームだったらバンされてるぞ!」

 まるでチーターじゃないか。

 それを見た吸血種の一人が同じように何か呪文を詠唱し、手を振り上げたけれど何も起きなかった。

「やっぱり、こっちの世界のは反応しない、か。魔法は使えなさそうだな」

「まあこんな奴ら魔法を使わなくても余裕でしょ」

「ローデ様、戦い始めていいか?」

 そんな風にはしゃぐ吸血種を片手で制したローデは、再び荘厳な口調で俺に問いかけた。

「戦闘が始まりそうな雰囲気だが、まだ聞けていないぞ。カインを殺めたのは貴様なのか、と聞いたはずだ」

「……ああ、俺だ」

 真帆とアイリーンのお陰でローデの重圧にすっかり慣れてしまった俺は、臆することなく言葉を返した。

「だが、カインはこっちの世界の人間を殺そうとしたんだ。お前らに責められる筋合いはないね」

 俺が開き直ると、意外なことに彼は頷いて「ああ、別に弟がなにをしていようと、その結果死んでいようと別にどうでもいい」と言った。

 家族だというのに冷徹なやつだ。

 しかし、次のローデの言葉で俺はローデヴェインという吸血種がどういう考えをしてここに来たのかを理解することになった。

「私はこれでも王の長子でね。私の世界ではそれなりに責任というものが求められている。だから、気軽にできないんだよ」

「……なにをだ」

「殺し」

 押し殺されたその声には、少しだけ喜びの色がにじみ出ていた。

「弟が殺されたのは別にどうでもいい。でも、弟の復讐という大義名分を利用しない手はない」

「……」

「もう一度名乗ろう。私は吸血種第一王子ローデヴェイン」

 ローデに続いて後ろの三人も名乗りを上げる。

「俺は王子直属護衛のハンスロッド」

「直属護衛、スコルピオン」

「エミィもまた名乗るの? まあいいや、エミィだよ、よろしくね!」

 その自己紹介を聞いた真帆がしかめ面をする。

「一気にキャラが四人も増えちゃった……これは名前を覚えるのに難儀するね」

 そこかよ!

「大丈夫だよ、知っての通り吸血種は夜しか行動できないからね。彼らとはワンナイトだけの付き合いさ。ひゃー」

 アイリーンがおどけた口調で言った。

 吸血種は夜しか行動できない、それは古くからの伝承通りであり、他者の血液を摂取していないアイリーン以外は、例外なく日の光に焼かれるのだろう。

「貴様らも名を名乗れ」

「なんのためにだ?」

 名を名乗ってから戦うのは騎士道精神にあふれていて格好いいが、こいつらが騎士道を重んじるとは思えなかった。

「名前を知った人間とる方が気持ちいいからだよ!」

 てへりん、と言った口調でエミィが答えた。

 やっぱり低俗な理由じゃないか。

「わたしは一晩だけを過ごすのなら名前、知りたくないけどな。そのほうがロマンチックじゃない?」

「真帆は黙って?」

 それはロマンチックなんじゃなくてぞんざいに扱われているだけだ。

 まあいいか。仕方なく俺は名前を言った。

「朝田剣。一晩だけ付き合ってやるよ」

「打海真帆」

「アイリーンだよ。キミたちとおんなじ吸血種。地球由来だからキミたちの敵だけどね」

「あたしはひじ……」

「よろしい、では殺し合いをはじめよう」

 ローデが楽しそうに口元を歪ませた。

「ちょっと、まだあたしが名乗ってないじゃないの!」

「肘、戦うぞ!」

「誰が肘よ!」

 言うが早いか、向こうの紅一点、エミィが目にも留まらぬスピードで俺に向かって突っ込んできた。この女、見た目に反してカインと同じ肉体強化系の吸血種だったのか。

 俺は慌てて右足で地面を押して、左側に跳躍した。しかし、それよりも早く視界の隅で真帆が腕を振り上げていた。

「そのスピードは

 瞬間、エミィの進行方向に巨大な土の壁が盛り上がった。ゴーレムの生成と同じく地属性の魔法を使って大地を変化させたのだろう。

 漫画とかで地属性を見るとハズレ属性だなあと感じるけれど、実際使用するとなると一番汎用性が高そうだ。


「ただ突っ込んでくるだけの能無しは、自分の速さに殺されなさい」


「ぐげぇ」

 真帆は「決まった」みたいな顔で片眼を閉じていて、壁に激突したエミィは白目を剥いていた。

 一人脱落。

 ……展開が速すぎやしませんかね。

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