第二章⑧ 社会人になるとMPの概念が身を持って理解できる
どのくらい無言の時間が流れただろう。
ふと時計に目をやると、午後六時を指していた。俺たちはどうやら一時間以上話し込んでいたらしい。外も少し薄暗くなっている。
今朝時点では、今日もどこかのサークルの新入生歓迎会に顔を出そうかなあなんてのんきに思っていたけれど、この分だと今日は難しそうだ。などとどうでもいいことを考えてしまう。
それほどまでにアイリーンの言うことは現実離れしていて、しかし納得してしまうほどに現実的だった。
「……はぁ」
俺の気持ちは言葉になり切らず、ため息となって飛び出ていく。
その時、脳裏に声が響いてきた。
「『ツルギ、しょぼくれてんじゃないわよ。いいことを教えてあげるからあたしもそこに行っていいかしら?』」
聖だった。俺は彼女に言われるがまま、真帆とアイリーンに一言だけ伝えて彼女を召喚する。
「来い、聖」
俺の言葉に呼応するかのように右手が光り輝く。数秒後、俺に首根っこを掴まれた聖の姿がそこにあった。
「うわっ、びっくりだぜ」
突然現れた少女の姿にアイリーンが飛び上がる。聖はそれをものともせず、もぞもぞと動いて俺の背中にかぶさった。おんぶの体勢になる。聖は俺に触れている間は自由に動けるのだ。
「あなたがアイリーンね。あたしは聖剣の聖。よろしくね」
「吸血種の伝承に聞いた聖剣とはまるで違う見た目で戸惑っているよ」
「あは、よく言われるわ」
よく言われるほど人と会ってないだろ。
「で、なんで突然出てきたんだ?」
俺は単刀直入に質問する。
「あんたたちがあんまりに辛気臭い顔をしていたからいいことを教えてあげようと思って」
アイリーンが反応する。
「いいこと? それは剣に胸を揉まれるよりいいことなのかい?」
「ひゃあ」
「アイリーン、今シリアスパートだからちょっと黙っててくれないか?」
あと真帆も変なリアクションをするのはやめてくれ。
「こほん。あのね、世界と世界を繋ぐ扉って、ずぅっと開きっぱなしになっているわけじゃないの」
「開きっぱなしになっているわけじゃない?」
「そこのアイリーンも言っていたでしょう、先祖が返れなくなったから仕方なくこの世界に住み着いたって。それもそうよね、世界と世界を繋ぐ扉は本来起こりえないエラー、世界のバグなのよ。そんなバグ、世界自体が存在を許さないわ」
「……なるほど、具体的にはどれくらいで閉じるんだ?」
「そうね、三日くらいかな」
その言葉を聞いて俺の心に光明が差す。
「三日だって?」
「ええ。それが世の常よ。文献も残っているし、あたし自身、すっごい昔だけど扉をこの目で見たこともあるからまず間違いないわ。となればあとは最長のケースを想定するだけ。吸血種カインの目の前に突然扉が開いて、彼がすぐに飛び込んできたとしましょう。つまり、昨日の夜九時くらいに扉が開いたと考えると、どれだけ遅くても明後日の夜九時までには扉が閉じる。」
「そうか、じゃあそれまで吸血種からの攻撃を凌げば……」
「勝手に扉が閉じて、復讐される危険がなくなるわ」
アイリーンが説明を補足する。
「ボクは昼間も活動できるけど、外来の吸血種は伝承の通り太陽の光を浴びると死んじゃうから、あと夜を三回分乗り切ればオッケーってことだね。それに、最終日は九時までっていう短縮営業だ」
その言葉を聞いて俺はその場で小躍りをした。
あと実質二日逃げ切れば、命の危険を心配しなくて済むのだ。
言いようのなかった恐怖がだんだんと薄れていく。
しかし真帆が手を挙げて、「待って」と言う。俺は今舞っている。
「アイリーンの先祖がこの世界で難なく暮らすことができたってことは、吸血種がこちらの世界で生活する弊害はほとんどないってことだよね」
「そうだね。楔がない分今のボクらより生きやすいと思うぜ」
「だったら、この二日間ただ逃げ惑うだけじゃダメだ。侵入してくる吸血種を食い止めなきゃいけない。外来の吸血種がこの世界に巣食ってしまうことだけは、避けなきゃいけない」
魔法使いの末裔として、世界を守るという使命を抱えた少女は決意を漲らせた表情でそう言った。
「もちろん剣くんやアイリーンが協力する必要はない。むしろ剣くんは扉が閉じるまで隠れておいてほしいくらい」
真帆はあくまで俺のことは守るというスタンスでいくようだった。しかしその言葉を黙って受け入れる俺じゃない。
「何馬鹿なこと言ってんだ? どのみちこの二日間で外来の吸血種がこの世界に住み着いたら俺だけじゃなく人類全体の危機になるだろ。だったら、俺も戦うよ」
恐怖心はある。当然だ。
カインの時はたまたまうまくいったけれど、お互い本気ではないとはいえ、アイリーンには勝てるビジョンがわかなかった。
警戒状態にある吸血種に正面から勝てる自信はない。
真帆のように、この世界を守るために、みたいな大義名分を持っているわけでもない。
でも、真帆が一人で戦うと言っているのに、俺だけ逃げ惑うわけにはいかないだろう。
俺は、勇気を振り絞る。
「俺は勇者だからな。一緒に戦おうぜ」
真帆は俺が差し出した手を、少しためらいながら握った。
そうしていると、もう一本の手が伸びてきて、俺たちの手に重ね合わさった。
「ボクも仲間にいれてくれよ」
「アイリーン……」
「外来の吸血種にこの世界で暴れてもらったら困るんだよな。だからボクも手伝う」
その曇りのない眼を見て、俺と真帆ははにかんだ。
「じゃあ、三人で吸血種退治と行きますか」
「ちょっと! あたしも仲間に入れなさい」
背中をバシバシと叩かれる。
「はいはい」
勇者である俺と、その武器である聖。
魔法使いの末裔、真帆。
地球由来の吸血種、アイリーン。
三人と一本は、この世界に迫りくる吸血種の侵攻を食い止めるため手を取り合うことを決めた。
「ま、ほら、とりあえず暗くなるまでまだ時間があるし、晩ごはんでも食べに行こうぜ」
アイリーンの提案を快く受け入れて、俺たちは教室を出た。
これから訪れる戦いについて思い悩んでも仕方がない。吸血種の復讐なんてないかもしれないし、あったとしても勇者と魔法使いと吸血種の力があればなんとかなる、気がする。
だから今は飯について考えよう。
境遇や存在が特殊だとは言え、入学してすぐに一緒に飯を食いに行くような知り合いができたのだ。
今はそれを素直に喜びたいと思う。
しかし……
フリフリのワンピースを着た幼い少女を背負ったままでも許される飯屋なんてこの世に存在するのか?
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