聖剣を自称する女の子が地面に埋まっている
姫路 りしゅう
序章① 伝説の勇者の初期装備はもう少し強くてもいい
都市伝説なんてくだらない。そうだろ?
流行りの噂話、未解決事件、アニメや漫画の裏設定。
怪物、異世界、伝承。
こんな話題に熱狂していいのは中学生まで。ぎりぎり高校生までは許そう。少なくとも、制服をとうに脱ぎ去った大学一年生の俺たちが盛り上がっていい話題じゃない。
そう思っていたのに。
「はーい、ここが
茶色い髪の毛をワックスで固めた
今日はテニスサークル『ピーチオレンジ』の新入生歓迎イベント。
まだどのサークルに入るか決めかねている俺たちのような新入生を、大学周辺ツアーという名目で釣り上げて勧誘する会だ。海斗さんはそこの二年生。
「ちなみに、桜塚の聖剣伝説、聞いたことないよって人!」
その質問に、俺を含めた約半数、八名ほどが手を挙げる。
海斗さんは「結構いるね」と言いながら、ゆっくりと桜塚の聖剣伝説について語り始めた。
いわく、この洞窟の最奥には誰にも抜けない聖剣が埋まっているらしい。
聖剣と聞いて一番に思い浮かぶのはやはりアーサー王伝説だ。岩に埋まった聖剣を引き抜いたことで王に選定されたアーサーの一生を描くおとぎ話。聖剣エクスカリバーや円卓の騎士はあまりにも有名で、日本のフィクションでも擦られまくっているので俺の世代だと知らない人のほうが少ないんじゃないかな。
この洞窟には、その伝説と同じように選ばれしものにしか抜けない剣が埋まっているそうだ。
くだらない。そんなに引っこ抜きたいのならショベルカーでも使えばいいだろう。
そう思っていたら海斗さんが言葉を付け足した。
「たぶん大掛かりな機械を使えばたぶん抜けるんだろうけど、見ての通り洞窟の入り口が狭いからそういうのは持ち込めないし、何より血眼になって抜くほどでもないという理由から観光名所として保存されることになったらしいんだ」
ふーん、と俺は話を聞き流す。
聞き流すついでにきょろきょろとあたりを見渡すと、新入生群の中のひときわ可愛い女の子が目に留まった。
彼女は俺と同じく県外から来た子で、めちゃくちゃ可愛い。
薄めの化粧に、艶のある真っ黒な髪の毛を肩まで伸ばしている。透き通るような白い肌と大きな目が印象的だ。自己紹介を終えた後、海斗さんではない上級生の男二人が馴れ馴れしく話しかけに行っていたが、絶妙に塩対応をされていたのを覚えている。
俺はこのサークルに入るつもりは微塵もなかったけれど、この子が入るならちょっと考えてしまう。
平たく言うとお近づきになりたい。
「って、つるぎくーん」
「え、あ、なんすか、俺すか?」
突然名前を呼ばれた俺はきょどきょどしながら海斗さんのほうを見た。
新入生数人も俺の方を見ながらくすくすと笑っている。
「やっぱり聞いてなかったのか……聖剣と言えば、今日は
「あーすいません、なんかネタ潰したみたいになっちゃって」
個人的にはそこそこ気に入っている。
「じゃあ気を取り直して、洞窟の中に入っていこう!」
海斗さんは外見こそチャラついているもののなかなかいい人のようで、全員にまんべんなく気を配りながらそつなく観光案内をしている。
洞窟の入り口は車一台分が入れない程度の狭さだったので、俺たちは二列に並んで歩くことになった。
無作為に作られた列だったが、隣が打海真帆だったので俺は心の中で小さくガッツポーズをした。これはお近づきになるチャンスか?
でも、いきなり隣の男に話しかけられて打海真帆は不快な気持ちにならないだろうか。
少しの間、葛藤する。
……ええい。新入生が同じサークルの歓迎会に来た新入生に話しかけることの、何が不自然なんだ!
俺は勇気を出して「あ、あのさ」と言った。打海真帆が一瞬体をピクリと震わせて、俺の方を見る。
「えーと、打海さんはここの伝説、知ってた?」
「ふぇ? あ、うん。一時期ネットで有名だったし。ていうかわたしの名前覚えていてくれたんだね、ありがと。えと、剣くんだっけ」
ありがと、という言葉と共に柔らかく微笑んだ彼女に瞳にノックダウン。
名前を呼ばれてギブアップのタオルを投入しかける。
しかし脳内のセコンドに叩き起こされた俺は、意識を持ち直して会話を続けた。
「うん、朝田剣。打海さんと同じく県外から来た新入生だからぜひ仲良くしてほしい」
「よろしくね、真帆でいいよ」
そう言って右手を差し出してきた真帆と軽く握手をした。
ふっ、ふわふわしている。
女の子の手ってこんなに柔らかいのか。
表情こそ平静を装っているが、心臓はとても高鳴っていた。
この洞窟、薄暗くて音が響くから俺の心音が響いていないか心配になる。
「はい!」
真帆の手を放したくらいのタイミングで、先頭を歩いていた海斗さんが少し開けた場所に立ち止まった。
「これが聖剣です!」
ばばーん、と効果音が鳴りそうな勢いで彼が指さした先には、なるほど確かに剣が埋まっていた。
広場の中央には四人用のこたつ程度の大きさの石作りの台座があり、その台座から自分の腰くらいの高さの剣が生えている。見た感じ刀身の三分の一程が埋まっているので、引き抜いたら自分の胸の高さくらいありそうだった。
「うおお、かっけえ!」
新入生の一人が騒ぐ。こういう伝説は、「まあがんばって目を凝らせば埋まっている剣に見えなくもない岩」というオチがほとんどだと思っていたので、俺もかなりびっくりした。
埋まっているそれは、本当に西洋風の剣そのものに見える。もちろんロールプレイングゲームのようなカラフルな色付けはされておらず、くすんだ錆色だったけれど、形はまさしく聖剣だった。
「じゃあ誰か抜いてみる?」
「え、じゃあ俺抜いていいっすか? めちゃくちゃ抜きたいです!」
いかにも大学デビューと言った風な見た目の頭の悪そうな新入生が大声で騒ぎながら一歩前に出た。
それを聞いていた男どもは必死に笑いをこらえている。
いきなり下ネタかよ! と思ったけど俺も笑いをこらえていた。
抜くとか抜かないとか言わないでほしい。
当の本人はまさか笑いものにされているとは思わず、聖剣を握りしめて力を込めていた。「抜けねっす! こんなにも抜きたいのに!」女の子も何人か笑っていた。
一応全員が聖剣に触れたが、もちろん誰も引き抜くことはできなかった。
この数時間後、俺は聖剣に選定されることとなるのだが、今はまだ知る由もなかった。
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