第二章⑤ 社会人になるとMPの概念が身を持って理解できる
真帆とご飯を食べた。
大学入学二日目にして女の子とサシでご飯を食べたという実感が遅れてやってきたせいで俺は数分ベンチから立ち上がることができなかった。われに返って時計を見る。まだ授業には余裕で間に合う時間だ。
立ち上がった俺は、視界の端にピンク色のポーチを捉えた。
「……?」
シンプルで可愛いポーチだ。
俺が昼食を食べていたテーブルに置かれていたが、少なくとも俺のではない。
となると消去法で真帆の忘れ物か?
彼女が昨日も洞窟にポーチを忘れていたことをふと思い出した。そのせいで俺は聖を抜く羽目になったんだ。
経営棟へ向かう学内メインストリートを見渡したがさすがにもう真帆の姿はなかった。
連絡するか、と思いスマートフォンを取り出したところで気づく。
連絡先交換、してない。
「嘘だろ、馬鹿か俺は!」
一緒に冒険をしてプライベートでも一緒にご飯を食べた女の子と、俺は連絡先の交換すらしていないのか?
しかし思い返しても連絡先を交換するタイミングなんてなかった。サークルの歓迎会時点では真帆に直接連絡先を聞けるほどの関係ではなかったし、洞窟にたどり着いてからは雪崩のように事態が急変し続けていたからだ。決して俺が
それに、今日の昼休みは真帆と一緒にいることが当たり前のような感覚に陥っていたので、なんとなく連絡先くらい交換しているものと思って接していた。
これはやらかしたな。
俺は頭を抱える。文系の彼女と理系の俺は、同じキャンパスに通っているものの使う校舎が全然違う。うちの大学は文系も理系も同じキャンパスに集まる総合大学で、規模もかなり大きいところが売りのひとつだが、そのせいで偶然誰かと出会う確率はかなり低くなっている。今日の昼休みは本当にたまたまの出来事だったということだ。
真帆のほうが俺を見つけることは恐らく容易だ。魔法を使った探知ができるだろうし、そもそも家が割れている。
一方俺は彼女の連絡先も家も知らず、魔法や魔術も使えない。つまり、彼女が俺を見つけてくれるのを待つしかないのだ。どんなラブロマンスだよ。
俺はとりあえずポーチを鞄に入れてとぼとぼとメインストリートを歩いた。俺の気持ちに関係なく授業ははじまるし単位は落ちる。
はあ、とため息をつきながら教室にたどり着いてノート類を開いたタイミングで、頭の中に声が響き渡った。
「『お困りのようね!』」
「っ……びっくりしたあ、聖か。当然のように脳に語り掛けてくるんじゃねえよ……」
驚いてシャーペンを床に落としてしまったわ。
「『どうやらマホに連絡する手段がなくて困っているとお見受けするけれど、その通りかしら?』」
「当ててやったぜ、みたいなテンションだけどお前全部聞こえていたんだろ。その通りだよ」
聖に煽られると本当にイライラするなぁ。そう思っていると彼女が意外な提案をしてきた。
「『あたしが協力してあげるわよ』」
その言葉を聞いて俺は顔をあげる。
そうか、俺に魔術が使えないが、俺の家を拠点にした聖は魔術が使えるのだ。
つまり魔力探索で真帆の居場所を突き止めることもできると!
「『あ、期待させてごめん。それは無理。魔法使いは自分の力ではなく外的な力を利用する人種だから、マホ自身に正確な位置を探知できるほどの魔力は流れていないの。このあたりにマホがいるなあ、くらいはわかるけど、あんたが求めているのは正確な座標でしょう?』」
「……」
「『でも大丈夫。あたしに策があるわ。簡単よ。あたしが魔力を使ってあんたの大学全体にメッセージを送ればいいの。校内放送の要領よ』」
「そうするとどうなるんだ?」
「『魔力を認識できる人間、つまりマホだけがあたしからのメッセージを受け取れるわ。それで時間と場所を指定したらあんたたちが会えるって算段よ』」
なるほど、と俺は手を叩いた。確かにその方法ならこちらから真帆の居場所を特定できないけど、俺が真帆を探しているということが彼女に伝わるという算段か。
「やっぱり持つべきものは伝説の聖剣だな!」
「『んもう、そんなに褒めないで』」
「今の褒め方で嬉しいんだ」
そんなわけで授業中だったが、「十六時半に理工学部棟307の教室に来てもらう」という旨のメッセージを送ってもらうことにした。その時間になると大半の学生が授業を終えるからだ。
教室の場所は適当。なんかあんまり使われているイメージがなかったし、調べた限り五限の時間帯に空き教室となっていたから。本当は真帆のいる経営棟などに出向きたかったが建物の構造や授業システムがよくわからなかったので諦めた。
そんなわけで俺は安心して三限の授業に集中した。
三限は線形代数学の授業だった。うちの学科はどうやら二年生以降で専門的な授業や実験を行うようで、一年の特に前期は基礎的な計算の授業が多いらしい。
線形代数学は主に行列を扱う。行列の計算ができないと後々電気系の学問で詰むらしい。初回の授業はほとんどがガイダンスだったので、全十五回の授業内容の説明と、使う教科書。行列の基本、どういう風に使うかを話してだいたい三十分くらいで終了した。
今日はガイダンスだけだったけど、来週は授業だ。朝から夕方までみっちりと。大学は人生の夏休みとよく言うけれど受験戦争に挑む中学生の夏休みみたいになっている気がする。こんな学科で四年間、楽しめるかなあ。
と、この先の四年間を空想していたら四限目の授業もいつの間にか終了していた。
さて、真帆に会いに行こう。
魔力を扱えない俺には聖の校内放送は聞こえなかったが、そのメッセージが真帆にもきっと届いているだろうと信じて、俺は理工学部棟の307教室へ向かう。
四限の授業は同じ棟で行われていたので、俺は約束の時間の十五分前に教室についた。
307は人が誰もいない空っぽの教室だったので、俺は安心して教室の真ん中あたりの椅子に座った。
真帆が来るまでまだ時間はある。俺は鞄から文庫本を取り出してページを捲り始めた。
二枚ほど捲った瞬間、後ろの扉の開く音が聞こえてきた。
おお、想定よりもかなり早い。真帆は四限の授業がなかったのかもしれない。
もしかして瞬間移動の魔法を使ったんだったりして。いや、さすがに誰に見られるかわからない大学の構内で魔法を使うほど馬鹿じゃないか。
とか考えながら振り返って「やあ、早かったな、真帆」と言っ――。
ふわり、と金色の髪の毛が舞った。
307に入ってきた人物は真帆ではなく、金髪に青い目をした女性だった。真っ白の肌に西洋の顔の造りをしていて、その見た目が、彼女が日本人ではないことを雄弁に語る。
年齢はわからなかったが、同年代のように見える。ここの留学生だろうか?
「……あ、ごめんなさい。人違いでした」
日本語が伝わる確信はなかったけれど、とりあえず人違いだったことを謝って、そのあと片言の英語でソーリー、アイムウェイティングフォーマイフレンド。友達を待っているんだと言った。
そのまま再び読み進めていた文庫本に目を落とそうとした瞬間、意外なほど流暢な日本語が聞こえてきた。
「キミは誰かを待っていたんだね」
あまりにもきれいな日本語だったので、視覚と聴覚のギャップに少しだけ戸惑う。
しかし、その後に続いた言葉がその違和感を全て吹っ飛ばした。
「でも、あんな風にメッセージを発信するのは感心しないぜ?」
「なっ-!」
「『なんですって!』」
俺と同様に驚いている聖の声が頭に響いた。
俺は文庫本を勢いよく置いてから、勇者の身体能力を存分に発揮して椅子から勢いよく飛び上がり、彼女から距離を取る。
「お前、何者だ?」
この女性は聖が大学中に発信した魔力によるメッセージを探知した。つまり、剣と魔法の世界の住人だということだ。
俺は最大級の警戒をする。
聖が「『あたしもそっちに行こうか?』」と問うてきたので、俺が呼んだらいつでも来れるように準備しておいてくれ、と答える。
「まあまあ、そう警戒するなよ。あんな風に無防備に魔術を使う方が悪いとは思わないのかい?」
「お前みたいな存在がここまで日常に溶け込んでいるとは思わなくてな。もう一度聞く。お前は何者だ?」
俺は足にぐっと力を込めた。彼女の出方次第では交戦もやむない。
「カリカリしてるなあ。だからそう警戒するなって」
彼女は透き通るような金髪をすぅっと掻き揚げて、軽くウインクをした。
「ボクはアイリーン。吸血種さ」
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