変わらないもの、変わっていくもの

  • ★★★ Excellent!!!

カクヨムWeb小説短編賞2022「令和の私小説」部門の応募作品です。

とある小学校の司書として半年ほど勤めた作者さんが、そのときの出来事を、エッセイのように穏やかな口調で語ってくれます。実体験なので、奇想天外な事件はなにひとつ起きません。強いていうなら、ちょっとした「怪現象」に悩まされることになります。

そう、子供のころから怖がりの作者さんは、大人になった今でも、テレビの怪談番組を観ると、布団を頭からかぶって寝てしまうほど、怪談が苦手。彼女が勤める小学校の図書室にも、いかにもいわくありげな古い西洋人形マリーちゃんがいます。

開放的で、モダンな造りの図書室。快適そうな空間とは一見不釣り合いなマリーちゃん。毎日、その青い目に見つめられながら、作者さんは司書の仕事をしている。

今どきの小学生たちも、作者さんが子供のころと同じく、怪談が大好き。ことあるごとに「マリーちゃんが動くのを見たか」と尋ねてくる。そんな子供たちの期待(?)を裏切らぬよう、とはいえ、子供たちに嘘もつきたくないため、「うーん。まだ動いてないよ。動いたら教えるね」と答える作者さん。このやりとり、あたたかくて好きです。

夏休みに入り、子供たちのいなくなった図書室。黙々と図書データを入力する彼女を悩ませるのは、突然どこかの本がパタッと倒れるという現象。さらに、誰もいないはずの向かいの教室でイスを動かす音がする。音はほかの先生も聞いているらしく、幻聴ではないと知って安心するものの、結局、音の原因はわからないまま。

そんな夏休みのある日、低学年の二人が作者さんのもとにやってくる。教室で飼っていたメダカが死んでしまい、お墓を作りたいというのです。小さいけれど身近な命が消えたことに、子供たちの前で大人としてどう振るまえばいいのかがわからず、作者さんは困惑します。そのとき、彼女自身が小学生のころ、同じような経験をした記憶がよみがえります。

即興でメダカの埋葬を執り行う作者さんと子供たち。その様子を見守る作者さんは、小さな背中ごしに、かつて子供だった自分の姿を見ているように感じました。

小さなエピソードですが、これを境にして、怪現象に対する作者さんの態度に、はっきりとした変化が生まれます。

あいかわらずパタパタと倒れる本に対しては、まるで子供のお化けのいたずらをいなすように接し、なんとなく怖いと思っていたマリーちゃんにも仲間か同僚であるかのように毎日あいさつをする。子供たちの通う図書室をあずかる大人として、自分はもう守ってもらう側でなく、守ってあげる側の人間なのだ――そう自覚した作者さんのささやかな態度の変化。

子供たちが怪談好きなことも、大人になった自分が怖がりであることも、昔と変わらない。本が倒れる謎も、机の音の不思議も解決しないまま。

その一方で、いろいろなことが変わってしまったし、これからも、すこしずつ変わっていく。

小学校の図書室は新しく立派なものになり、給食の味も格段に良くなっている。子供のころと変わったんだなという感慨とともに、いつの間にか自分も大人になってしまったことを確認する。心温まる物語でありながら、どこか寂しさも混ざった、不思議な読後感です。

圧倒的な存在感をほこる西洋人形マリーちゃんの青い目は、こうして変わらないものと変わっていくものの両方を、これからも見とどけていくのでしょう。

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