第4話 おともだちゅです
小鳥が囀る森のなか。
火にくべられた薪の爆ぜる音が響き、肉の焼ける香りが漂う。
肉から滲み出て滴る油。それが落ちて、香ばしい煙がふわっと立ち上る。
わたしたちは拠点に戻り、火を囲みながら魔獣の肉を頬張っていた。
わたしは食べ終わった串焼き肉の串を炎のなかへ放り込むと、隣で肉を齧るルネ王子の横顔を見詰めた。
ルネ王子は、わたしの視線に気が付いたらしい。わたしに顔を向けた。
わたしは懐から例の姿絵を取り出して、ルネ王子に差し出した。
彼は、一瞬、目を大きく見開いて姿絵を凝視した。やがて、観念したような笑みを浮かべて俯く。
肉から滴り落ちた油が、小さな音を立てた。
「説明してもらえますか? こちらの姿絵はランダースですね?」
チラリとランダースに視線を向けて尋ねると、ルネ王子は力なく頷いた。
「アスカ様をだますような真似をして、申し訳ありません」
「お待ちください。違います。ルネ様は悪くありません」
慌てたようにランダースが割って入る。
「よせ、ランダース。私が悪いのだ」
「ルネ様……」
そしてルネ王子は、今回の縁談に至ったワケを話し始めた。
「私は、剣術が苦手なので、戦場では役に立ちません。ベリンガムは尚武の国です。第三王子とはいえ、こんな私に王位継承を期待する者はおりません。ですから、せめて外交面で父上のお役に立ちたかったのです」
他国の王族か貴族の女性と結婚して、ベリンガムとの懸け橋になろうと考えたらしい。
「ですが、ご覧の通りの容姿です。顔合わせをする前に、方々からお断りされました。後から聞いた話ですが、チビ、デブ、白ブタ、タヌキとまあ、色々言われていたようです。ははは……」
ルネは自嘲気味にそう話す。
わたしの胸の奥で、なにかがトクンと小さく跳ねた。
あら、なにかしら? これ……。
「アスカ様も顔合わせのとき、そう思われたのでしょう?」
「はえっ? ち、ちがいます。チビ、デブ、白ブタなんて、そこまでひどいことは……」
わたしは慌てて否定する。けれど、似たような印象は持っていた。
「タヌキでしたか」
「い、いえ、その……、『子だぬき』でしょうか」
「子だぬき……」
「ご、ごめんなさいっ! で、でもっ、子だぬき、可愛いでしょう?」
完全に微妙な空気になってしまった。わたしは話を戻す。
「なるほど。それであのような姿絵を送ってきたと?」
すると、またランダースが割って入った。
「ち、違います。ルネ様ではなく、私が出過ぎた真似を……」
「やめろ、ランダース」
「ですが……」
なにか、ワケがありそうだ。
「私は、常々、『テバレシアの黒ばら』と呼ばれるアスカ様に、お会いしたいと思っていました。けれども、それは叶わぬ願いだと思っていました」
ルネ王子はベリンガム国王から縁談の話を聞いた後、ランダースに「私もお前のような麗人なら、黒ばら王女に会えるかもしれないな」と口を滑らせた。
そこでランダースは、髪毛と目の色をルネ王子と同じ金髪碧眼にした自分の姿絵を描かせた。この姿絵を、ルネの姿絵とすり替えてテバレシアに届けたらしい。
ルネ王子の願いを叶えたい一心でしたようだ。
胸の奥が、きゅんとする。わたしは胸元をぎゅっと掴んだ。
「軽率でした。主の望みを叶えるのが側仕の仕事。ですから姿絵の件は、私の責任です。伏してお詫び申し上げます」
ルネ王子は謝罪した。
「ルネ様……」
彼の後ろでランダースが項垂れる。
「わたしに会いたかった、そう、おっしゃるのですか?」
わたしは、親兄弟以外の男性から会いたかったと言われたことなんてない。前の縁談相手だったブライトン王国の第二王子ロビンの口からも、そんな言葉は聞いたことがない。
ルネ王子は、力なく笑みを浮かべて頷いた。
「貴女は、ベリンガムでは有名なのですよ。優れた剣の腕前を持ち、ダンジョン化していた城に乗り込んで魔物を討伐したとか。
そう言ってルネ王子は、わたしの背後に立つファブレガスを見上げる。
「実際にお会いしてみて、そ、その……、こんなに素敵な女性、いえ、想像よりも、ずっと素敵な方でした」
ルネ王子は耳まで真っ赤にしている。全力の口説き文句だったらしい。
でも、そんな彼の姿に、わたしは心臓を射抜かれた思いがした。ド真ん中。直撃だ。
わたしは、俯くルネ王子の手の上に自分の手を重ねた。
彼が、おずおずと視線を上げる。
彼の背後で両手の拳を握っているランダース。なぜかレイチェルまで。
ふたりが、わたしたちのやり取りを見守っている。
ルネ王子は、大きく深呼吸した。そして意を決したような表情で口を開く。
「アスカ様」
「はい」
「ごご、ご迷惑でなければ、おおおお、お友だちゅから始めませんか?」
全身全霊の告白。
噛んだ。
ルネ王子は固まっている。思考停止状態に陥ったらしい。
わたしは、思わず笑みをこぼした。
ルネ王子に視線を向ける。わたしと彼の目が合った。
わたしが顔を彼に近づけると、彼の肩が小さく跳ねた。
わたしの唇が、ルネ王子の頬に軽く触れる。
彼は目を丸くして、口をはくはくさせていた。
「ふふっ、『おともだちゅ』です」
真っ赤な顔をしたルネ王子は笑みを浮かべたまま、糸の切れた人形のように背中から崩れ落ちてしまった。
(完)
黒ばら王女と子だぬき王子――金髪碧眼のイケメン王子に会うハズが、やって来たのは子だぬき王子。こんなのサギですっ! 純心乙女をだますなんてサイテーですっ! わら けんたろう @waraken
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