第3話 ゴブリンの群れ

 さて、約束した「狩り」の日。

 ルネ王子は喜び勇んでやってきた。

 姿絵のイケメン側仕も一緒だ。


 ルネ王子と彼の側近たちは、ファブレガスを見て目を白黒させていた。

 剣に手をかけて警戒する護衛騎士もいる。


「私は、アスカ様の護衛騎士ファブレガスと申します。よろしくお見知りおきを」


 恭しくお辞儀をする骸骨騎士スケルトンキング。その姿にルネ王子たちは、言葉を失っていた。


 この様子なら、彼らも考え直すわね。


 それはそうと、わたしはルネ王子の装備を見て首を傾げた。狩りなのに、クルミを半分に割ったような形の大盾を持っているだけだ。


「ええと、武器はなにを?」


 ファブレガスの姿に気を取られていたルネ王子は、はっと我に返った。

 恥ずかしそうに、波打った刀身をもつクリスダガーを見せる。


「すみません、剣は苦手なもので……」


 なんですと? あなたは尚武の国の王子よね?


 🌹


 森に到着すると、わたしたちは獲物の探索を始めた。

 狩猟班1、狩猟班2、拠点設営の三つのグーループに分かれて行動する。


 わたしは狩猟班1。メンバーは、ファブレガス、ルネ王子、例のイケメン側仕。このイケメン側仕、名前をランダースというそうだ。


 レイチェルほかルネ王子の側仕たちは、拠点で食事などの支度を整える。


 わたしたち狩猟班1は、獣道、ぬた場などの「フィールド・サイン」(魔獣や獣の痕跡)を手がかりに、森のなかを進んで行く。


 その間、ルネ王子とランダースは、ファブレガスの方を気にしていた。


 ファブレガスが彼らに顔を向けるだけで、ふたりは後方に飛び退いた。

 ファブレガスが痒くもないクセに後頭部を掻けば、彼らの肩は小さく跳ねる。


 襲ってきたりはしないかと、ビクビクしている様子だ。


 わたしの計画、順調みたい。


 樹の香りのする森のなかは、薄暗く冷気が立ち込めている。

 鳥の囀り以外は、落ち葉と枯れ木を踏む音しか聞こえない。


 ふいに、先頭を歩いていたファブレガスが立ち止まった。


「魔物が潜んでいるようです。ゴブリンかと」


 この森は奥に行くほど、危険な魔物に遭遇する。ファブレガスは索敵スキルを使って、周囲を警戒していたようだ。


「アスカ様、あちらを」


 ルネ王子が声を潜めて指をさした。その先を見ると、茶褐色の魔物たちが木や藪の陰に隠れて、こちらの様子をうかがっている。


 総勢二十体から三十体くらいかしら。


「この先に岩場を削って通した狭い通路があるの。そこへ誘い込みましょう」


 わたしの作戦にファブレガスが頷く。


「かしこまりました。ひとまず、私がここを抑えます。アスカ様たちは、そちらへ」


 まず、ここで襲ってくるゴブリンをファブレガスが抑え、残りをわたしたちが岩場の方へと誘導。魔物の群れを分断する。

 わたしたちは、追い駆けてくるゴブリンを岩場の隘路へ誘い込みこれを迎え撃つ。

 最後に狭い道に入り込んだゴブリンを、わたしたちとファブレガスが挟み撃ち。

 そんなカンジの展開になるわね。


「キッ、キッ、キキキャア!」


 数匹のゴブリンが、奇声を上げて左から跳びかかってきた。剣を抜いたファブレガスが、二、三体のゴブリンを両断する。それを見たわたしは、ルネ王子たちに言った。


「ルネさま、わたしについてきてください」


 ルネ王子とランダースは頷いた。


 わたしは魔力で身体強化をして駆け出した。その後を、ルネ王子とランダースが続く。

 彼の刃を逃れたゴブリンが追ってくる。


 しばらく走ると岩場が見えてきた。人がすれ違うのがやっとくらいの岩と岩の間の狭い隙間を、わたしたちは駆け抜ける。


 岩場を抜けると、わたしたちは開けた場所に出た。

 わたしは踵を返して剣を抜く。ゴブリンたちが、岩場の間から染み出てくるように現れた。わたしは、魔物たちをつぎつぎと斬り捨てる。

 ルネ王子もゴブリンを大盾で弾き飛ばし、クリスダガーでその魔物の胸部を刺突した。

 ランダースも剣を抜いて、ルネ王子の隣で戦っている。


 思っていたよりも数が多い。ほかの群れのゴブリンも騒ぎを嗅ぎつけて、集まってきたのかもしれない。


 そのうち斬るというより、殴り倒しているといった方がよいくらいになってきた。


 まずいわ。


 想定外の事態だ。わたしの背筋をヒヤリとした汗が伝う。


 ルネ王子とランダースも肩で息をしている。

 彼らの様子に気を取られていると、数体のゴブリンがわたしに向かって飛びかかってきた。


「アスカ様っ!」


 ルネ王子は俊敏に動いて、わたしの前に立つ。彼は大盾を構えようとした。

 けれども体勢が整うより先に、ゴブリンたちの体当たりを受けてしまった。


 体当たりを受けたルネ王子は、身体ごと弾き飛ばされる。わたしもそれに巻き込まれた。


「きゃあああっ」


 わたしたちは、折り重なるような体勢で地面に倒れ込む。

 彼のふたつの掌が、わたしのおっぱいを包み込んでいた。


「ふわあああっ、申し訳ございません!」


 ルネ王子は、慌てておっぱいから手を離した。


「それよりも、後ろから魔物が来ておりますが」


 彼の背中越しに、ゴブリンたちが跳びかかかってくるのが見えた。

 それに気づいたルネ王子は、わたしを護るようにして覆い被さる。


「ルネさま?」


 二、三体のゴブリンが棍棒を振り上げて、ルネの背中を数回殴打した。


「ルネさま……」


 ルネ王子は歯を食いしばって、痛みに耐えていた。魔力で身体強化しているけれど、痛みがないワケじゃない。


「大丈夫。平気です」


 ウソだ。大丈夫なワケない。その証拠に、痛みに耐える彼の顔は歪んでいる。


「ルネ様っ!」


 ランダースが駆け寄ってきた。彼はルネを襲うゴブリンたちを斬り捨てると、わたしたちを護るようにして、ゴブリンたちの前に立ちはだかった。彼も怪我をしているようだ。


 わたしは身体を起こすと、ルネ王子に治癒魔法をかけて傷を治した。

 ルネ王子の状態を確認して、ランダースの前に出る。

 棍棒を振り上げていた目の前のゴブリンを斬り捨てる。


「ランダース、わたしがやるわ。下がってあなたも怪我を治しなさい」


 つぎつぎと襲いかかってくるゴブリンたちを斬りながら、彼に指示した。


 わたしは岩場の方に視線を移した。

 岩の間から溢れ出すように現れたゴブリンの群れが、こちらへ向かってくるのが見えた。


「う、うそでしょう……」


 いったい、どれだけいるんだろう。


 わたしは剣を構えた。手に力が入らない。けれどもルネ王子とランダースが回復するまで、魔物たちを食い止めなければならない。


 近づいてくるゴブリンの群れを睨んだ。


 ところがゴブリンたちは、わたしたちの側を素通りして、一目散に森のなかへ駆け込んでいく。


 わたしは視線を岩場に向けた。


 岩の隙間の先に、剣を上段に構える骸骨騎士スケルトンキング。わたしは、思わず笑みを浮かべた。


「ファブレガス!」


 ファブレガスが剣を振り下ろす。血飛沫が上がり、数体のゴブリンが肉塊と化す。戦慄したゴブリンたちは、倒れた仲間を踏み越えて逃げ出した。


 わたしたちは、ファブレガスの下へ駆け寄った。


「アスカ様、お怪我はありませんか?」


 表情は判らないけれど、ファブレガスはどこか心配そうだ。


「ええ、大丈夫。ルネさまが助けてくれたの」


 わたしはルネ王子の方へ笑顔を向けてから、そう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る