第2話 あきらめの悪い王女

 顔合わせの翌日、わたしはテーブルを叩いてお父さまに猛抗議した。


「サ、サギですっ! 絵姿と全然違います。盛り過ぎですっ! 実物は金髪碧眼の子だぬきじゃありませんか!」


 そう詰め寄った。わたしの話を聞いたお父さまは、愉快そうに大笑いした。


「縁談ではよくあることだ。だから正式な婚約をする前に、顔合わせをするのだ」


「なるほど。では、お断りしてよろしいのですね」


 わたしがそう言うと、お父さまは真顔になった。

 迫力のある真っ直ぐな視線で、わたしを見据える。


「それは、まかりならん」


 外交上、わたしとルネ王子との婚姻は必要なものだという。


 お父さまの言葉は続く。


 わたしは、以前、ブライトン王国のロビン王子から婚約を破棄された。

 婚約が破談となった女性に、早々と、つぎの縁談が舞い込んだ。普通はあり得ないことだ。この機を逃せば、二度と縁談など来なくなるという。


 さらに、わたしについては、わがまま、やんちゃ、果ては頭のてっぺんから爪先まで真っ黒なヘンな女など、お父さまが耳を疑うようなウワサまであるそうだ。


「ひ、ひどい。わたしそんな女じゃありません」


 けれども、わたしの悲痛な訴えは届かなかった。それどころか、お父さまはジト目でわたしを見ている。


「そうか? 女だてらに剣はやたら強いわ、ホネの魔物を護衛騎士にするわ、婚約は破棄されるわ……」


 婚約破棄の件はともかく、いったい、どこがヘンな女なのか。断固抗議したい。


「よいか、アスカ。女は女らしく、夫を支えて子を産みだな……」


「お父さま、そういうのをセクハラと言うのです」


 わたしがそう反論すると、お父さまはクワッと目を見開いた。


「黙れ! ルネ王子との婚約は、王命である!」


「なっ!? パ、パワハラですっ! 高等司法院へ訴えますっ!」


 お父さまの有無を言わせぬ言葉に、わたしが詰め寄る。


 高等司法院とは、この王国における裁判機関のことだ。


「むううぅ」「ぬぬぬ」と額がぶつかりそうなほど、顔を近づけて睨み合うお父さまとわたし。


 やがて、お父さまは片方の眉を上げて、わたしに言った。


「ほお、やってみるがいい。高等司法院の長官コドレクスとワシは王立学園時代からの親友でな、ズブズブの仲よ。お前の訴えなんぞ、王政の無謬むびゅうと証拠不十分を理由に握りつぶしてくれるであろう。フフフ」


 そう言って、黒い笑みを浮かべている。


 この国で「王政の無謬むびゅう」とは、国王が行う政治行為に誤りはないという原則のこと。仮に裁判を起こしたとしても、この原則があるため訴えた者はほとんどの場合敗訴する。


 お父さまの理不尽な言葉に、わたしはヨロリと後退った。


「ぐっ、こ、これが権力の腐敗……」


「諦めるがよい」


 わたしは、がっくりと肩を落として席を立った。力なくカーテシーして、お父さまの部屋を後にした。



「ふ、ふ、ふ、ふ。かくなるうえは、また『悪役令嬢』になるほかありませんわね」


 お父さまの部屋を出た後、わたしは宮殿の廊下を歩きながら呟いた。喉がゴクリと鳴る。


 じつは以前、ブライトン王国第二王子ロビンとの婚約を破談に導いたのは、わたしなのだ。


 小説を参考に悪役令嬢を演じてみたら、ロビン王子はわたしとの婚約を破棄すると宣言した。計画は大成功だった。


 部屋へ戻ると、すぐに最近読んでいる小説を開いた。悪役令嬢の参考にするためだ。


 作品タイトルは『悪役令嬢は歴史にその名を刻みたい』。


 公爵令嬢エリスが求愛してきた第一王子クリフの本気度を確かめるため、あえて王子に冷たくあたるラヴ・コメディ。


 ふふふ。わたしの『悪役令嬢』ぶりに、ひれ伏すがいいわ。



 騙されたとお父さまに訴えた日の翌日から、ルネ王子の猛攻が始まった。


 第一日目。


 ルネ王子はプレゼントを抱えて、わたしの宮殿へやってきた。

 ベリンガム王国の名産品のほか、ドレス、靴、指輪など。まさに豪華プレゼント攻勢。


 わたしは、プレゼントを一瞥して作り笑いを浮かべる。


 わたしをモノで釣ろうという魂胆ね。

 わたしは、そういうモノに興味がない。ベリンガムの名剣なら、すこし心が動いたかも? 

 リサーチ不足ね。


「そういう品は間に合っておりますの。この宮殿も手狭で、置き場所がありませんわ。レイチェル、使用人のみんなに分けてあげて」


 どう? まずまずの悪役令嬢ぶりじゃない?


 第二日目。


「テバレシアの街や名所を見て回りたいのです。ご一緒しませんか」


 なるほど。デートのお誘いか。街を歩いたり美味しいものを食べたりして、距離を縮めようってワケね。そのテには乗らないわ。


「街をよく知る騎士に案内させましょう。いってらっしゃいませ」


 長足の進歩で、エリスに近づいている気がする。

 うふふふ。いいカンジになってきたわ。


 第三日目……(以下略)。


 こんなふうに、わたしは悪役令嬢になりきって、ルネ王子のアタックを華麗に躱していた。その度に、彼は肩を落として帰って行った。


 今日も彼はむなしく宮殿を後にする。宮殿の入口で寂しげな表情をして、わたしの部屋を見上げていた。


 わたしは、そんな彼の姿を見てブラウスの胸元をきゅっと掴む。

 ため息を吐いて椅子に腰かけた。


「悪役令嬢ってスゴいメンタルよね。こんなことして、人生に疲れないのかしら?」


 宙を見ながら、そう呟いた。


 ルネ王子の姿を思い浮かべると、胸が苦しい。わたしは、テーブルにべたりと突っ伏した。


「うう~、つらい、だるい」


「柄にもないコトをなさるからです。姫さまに『悪役令嬢』は、難しいのではございませんか?」


 レイチェルにそう言われた。

 確かに、このままでは、わたしのメンタルが持たない。


 はぁ。早く「こんな姫は、こちらから願い下げだ」と言ってくれないかしら。


 わたしは、ふと、ファブレガスの方を見た。


「おお、いい方法があったわ」


 わたしはレイチェルに指示して、紙とペンを用意させると、一通の招待状を書いた。

 罪滅ぼしもかねて、こちらから「お誘い」しよう。デートのお誘いだ。


 けれども、ただのデートのお誘いじゃないわ。


 わたしは「狩りに行きませんか?」とルネ王子を誘うことにした。


 わたしの切り札は、ファブレガス。


 彼は、顔合わせの日をはじめ、ルネ王子がいる場に同席したことがない。いつも別室に待機させ、リンツが護衛騎士を務めていた。


 骸骨騎士スケルトンキングのファブレガスを連れて行けば、ルネ王子も恐れをなして逃げ帰るだろう。あるいは周囲に猛反対されて、わたしとの結婚を諦めるだろう。


 われながら、良いアイデアじゃない?

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