黒ばら王女と子だぬき王子――金髪碧眼のイケメン王子に会うハズが、やって来たのは子だぬき王子。こんなのサギですっ! 純心乙女をだますなんてサイテーですっ!

わら けんたろう

第1話 縁談のお相手

「お前に縁談が来ている」


「またですか?」


 わたしは、首を傾げた。


 重厚感のある木材の床と白い漆喰しっくいの壁に囲まれた部屋。

 黒光りするテーブルの上に、コーヒーカップがふたつ並んでいる。


 わたしは、アスカ・テバレス。テバレシア王国の第一王女だ。


 正面に座る精悍な顔立ちのナイスミドルが、琥珀色の瞳をわたしに向けている。彼は、わたしのお父さま。テバレシア王国国王フリードリッヒ・テバレス。


 今日、わたしはお父さまに呼ばれて、侍女のレイチェルと護衛騎士のファブレガスとともにここへきた。


 そして、お父さまの口から飛び出した縁談の話。


 わたしは、以前にお隣の国ブライトンの第二王子ロビンさまと婚約していた時期がある。けれども、いろいろあって公式発表をする前に破談になった。ほんの二、三か月ほど前、わたしが十八歳の誕生日を迎えてすぐのことだ。


 だから、当分のあいだ縁談のお話はないだろうと思っていた。びっくりだ。


 レイチェルが笑みを浮かべながら、わたしの前に木の板のようなモノを差し出した。姿絵のようだ。


 描かれていたのは、金髪碧眼のイケメン。キラリと光る白い歯が、ものすごく気になる。


「どうだ、なかなかの麗人であろう?」


「ええ、ちょっとチャラそうですが」


 このイケメンは、ベリンガム公国の第三王子らしい。名前はルネというそうだ。わたしよりも一つ年下の十七歳。ベリンガム公国は尚武の国で、武芸に通じた人が多いという。


 わたしは、小さい頃にお母さまから剣の手ほどきを受けた。お母さまがお亡くなりになってからは、お父さまの親衛隊と剣のお稽古を続けた。

 だから、剣の腕にはちょっと自信がある。


 わたしは姿絵を見ながら、この王子と剣のお稽古をする姿を想像してみた。


 ……なんか、ピンと来ない? 


 キラリと光る白い歯が気になって仕方がない。どうにも剣を構えて立ち合っている姿が想像できない。


 わたしは、こてんと首を傾げた。


「会うだけ、会ってみんか?」


 お父さまは、慌てたようにそう言った。

 わたしは、お父さまの方へ視線を向ける。お父さまは、この話をまとめたいようだ。


 どうしよう? うーん。


 お父さまの顔も立てないといけない。それに、ここでイヤだと言うと、長い話が始まりそうで面倒だ。


「……お父さまに、お任せします」


 わたしは、お父さまに丸投げすることにした。



 それから二週間ほどが過ぎ、「顔合わせ」の日がやってきた。


 テバレシア王国とその周辺の国々における王族・貴族の婚姻では、婚約の段取りに入る前に「顔合わせ」をするのが慣例だ。お相手の男性を女性側の家に招待して、お互いの意思を確認するのだ。


 今日のために用意した勝負服は、袖口をキャンディスリーブにした黒のロングドレス。靴は黒のハイヒール。そして頭には、黒ばら飾りのカチューシャ。


 うん、いいんじゃない?


 わたしは、鏡に映る自分の姿を見ながら頷いた。

 振り向いてレイチェルの方を見ると、彼女は微妙な顔をしている。


 すこし心配になり「どこか、ヘンなところはない?」とわたしが尋ねると、レイチェルは「いつもの姫様です」と笑みを浮かべた。


 レイチェルがそう言うなら、問題ない。


 着替えを終えて部屋を出ると、ファブレガスの隣に金髪の壮年騎士が立っていた。彼の名はリンツ。信頼する親衛隊の部隊長だ。


「本日は、私と護衛騎士としてリンツが同行いたします」


 レイチェルが言った。


「あら、ファブレガスではなくリンツが?」


 べつにリンツでも問題はないけれど、釈然としない。


 ファブレガスは、わたしの護衛騎士。オリハルコンの輝きが美しい骸骨騎士スケルトンキング。もとはダンジョン化した城のボスだった。わたしはその城に魔物討伐へ出向いたさい、彼と刃を交えた。そして彼は、わたしに忠誠を誓った。


 レイチェルが目を伏せて説明する。


 顔合わせの場に骸骨騎士スケルトンキングを同席させるのは、望ましくないという声があったらしい。

 そこで親衛隊のリンツが同行するよう、お父さまから指示があったそうだ。


 わたしの胸のなかに不安が広がっていく。

 わたしの夫になる人が、ファブレガスを拒絶する人では困るからだ。


 とはいえ、「顔合わせ」当日だ。ドタキャンするわけにもいかない。


「……では、リンツ。今日はよろしくお願いいたします」


 ファブレガスを別室に待機させて、わたしたちは顔合わせの部屋へ向かった。


 顔合わせの場は、わたしが暮らす宮殿の客間だ。

 床には花柄の絨毯。部屋の扉や窓枠、調度品にも可憐な花の装飾が施されている。


 わたしたちは部屋の入り口付近に立ち、ベリンガムからのお客さまを出迎える。


 まず、小太りで背の低い金髪男性が部屋へ入ってきた。側仕だろう。

 その後に姿絵のイケメンが続く。なるほど尚武の国の王子らしく、武人のようながっちりした体つきだ。


 わたしは姿絵を思い浮かべながら、部屋へ入ってきたイケメンを目で追った。それに気が付いたイケメンとわたしの目が合う。わたしが微笑みかけると、なぜか彼はサッと視線を伏せた。


 なにかしら? なんかヘンだわ。


 わたしは、イケメンを凝視した。


 頭髪の色が、姿絵と微妙に違わない?

 たしか、姿絵の方は金髪だったわ。なのに実物は白金髪。


 瞳の色なんか、まったく違う。

 姿絵の方は碧眼だったのに、実物は青い瞳をしている。


 そんなことを考えていると、小太りの金髪男性が前に出てわたしに挨拶した。


「本日は、アスカ様のご尊顔を拝し恐悦至極にございます。ベリンガム公国コールが三男、ルネでございます。よろしくお見知りおきを」


 はえっ!? ええええ~っ!


 この人、側仕じゃなかった。よく見れば、彼のほかに金髪碧眼の男性はいない。

 タレ目のまあるい顔、たぬきのような「ぽんぽこ体型」。いかにも鈍くさそう。


 姿絵とかけ離れたルネ王子の容姿に、わたしは処理落ちした。


「ひ、姫さま」


 レイチェルに声をかけられ、わたしは我に返った。反射的にドレスを摘まんで挨拶する。


「テバレシア王国国王フリードリッヒが娘、アスカでございます。ようこそ、いらっしゃいました」


 だ、だまされたっ! 純心乙女をだますなんて許せない。サイテーよっ!

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