血塗れチャペルの狂奏劇
鈴音
真っ赤な花束
私の名前は
季節は6月、沢山の新郎新婦が生まれる愛でたい月。私も、この名前で生まれて、多くの人の結婚を見守るこの仕事に付けて、とても幸せです!
でも、これからもっと幸せになるために、明日、6月2日に彼氏の
そんなこんなで、明日はまた新しい夫婦の誕生日。チャペルは準備で大慌て!私もこれが終わったら指輪や花束を用意して、明日の披露宴の後で好猫猫にプロポーズするの!けど…
困ったことがあって、今回用意した花は白だけだったはずなのに、隅っこの小さな花束が赤くなっちゃってる。誰かが紛れ込ませちゃったのかな?
でも、今日はもう遅いし、明日報告しないと!
―ということで!!今日は素敵な結婚披露宴当日!!スタッフ一同も待機室で準備万端!!そこで、先輩の
「花束が赤に?…でも、花屋さんが持ってきたのはちゃんと全部赤だし、あそこにはスタッフか新婚さんしか入れないはずだけどな…」
先輩でもわからないのかな。うーん。
「とりあえず、俺も調べてみるね、ちょっと行ってくる」
はい!!…ところで、
「七夕?あれ、今日休みの連絡は来てないんだが…ちょっと探してきてくれないか?」
んー、さっきメールしても既読つかなかったし…わかりました、少し、探してきます。
そう言って、私はスタッフルームから出て、廊下に出ました。外は雨が降り、少し暗い廊下を歩きます。
「嫌な雨だなぁ…折角のめでたい日に」
「これから風も強くなるらしいぜ、新婚さんの親族さんとか、無事に着いてくれりゃいいんだけど…少し不吉ってか、不安だな」
「だなぁ」
会社の同僚が物を運びながらそんな会話をしているのを横目に、まずはトイレに向かいます。七夕は、緊張したり具合が悪くなるとすぐにトイレに駆け込むので…チャペルの、1番奥のひっそりしたトイレに向かいます。
歩きながら、頭の中で今日のプロポーズのことを考えます。本当は夜景の綺麗な公園で、と思っていたのを変更しようか。とか、雨が酷くなって式が延びて、遅れたらどうしようかー、とか。朝ここに来る時に、好には今夜の予定を開けといてくれと言ったけれど、それが覆ったら申し訳ないなーと思いながらトイレに向かうと、明らかな異変に気づきました。
トイレの方で、何か嗅ぎなれない嫌な匂いがしました。鼻にツンと来るような、そう、今となっては笑い話の、肉を腐らせた時の少し甘い、腐敗臭と言うか…
近づくと、足元にガラス片が散らばっていて、電気のスイッチを押しても反応が無く、それが電球である事に気づきました。
急いでスマホのライトで足元を照らすと、そこにあるのは、真っ赤な血溜まり。そして、ちぎれたいくつかの赤くまだらになった、白い花びらでした。
くっ、と、自分と喉がひきつり、息を飲む音が、嫌に響きました。それから、ゆっくりと視線を動かすと、唯一空いている扉の下から、その血溜まりは続いていて…吐き気を堪えながら進むと、そこには、便器に顔を突っ込みながら、お腹に大きな穴を開けた、七夕でした。
…急に音が遠くなって、視界が狭くなって、気づけば口の中が酸っぱくて。
足元は血溜まりなのに、私は尻もちを着いてしまいました。けど、その血は触るとぱりぱりと崩れて、もう乾いていました。
怖くなったけれど、不思議と声は出なくて。むしろ冷静になってスマホを取り出して、通報しました。が、雨のせいか電波が悪く、通じません。
足腰の力が抜けて上手く立てないので、ゆっくり這いずりながらトイレから出て、好にメールを送ります。その手は嫌になるほど正確で、私が見たものを好にしっかり伝えることが出来てしまいました。
好は
(落ち着いてスタッフルームに行け。警察には俺が通報する。落ち着いて、水を飲んで待て。)
そんなメールをくれました。そして、無駄にきどった自撮りも添えて、俺がついているぞ!なんて、少しおどけたメールも送ってきました。
こんな時に何を。と思ったけれど、それを見て逆に冷静になれた私もいました。
私は口を拭って、その場から立ち去りました。
ふらつく足を引きずってスタッフルームに辿り着くと、先輩が苦々しい顔で
「あれ、何かと思ったら、誰かの血だった。でも、なんで…」
私は、ゆっくりゆっくり、見たものを話しました。先輩はそれを聞くと、私を椅子に座らせて
「警察が来るまで式はやらない。いいか、お前は他のスタッフに連絡してここに集めろ。それから、会場にいる新婚さん含め全ての人間も、ここに連れてくるよう指示しろ。まずは、お茶を飲んで落ち着け。いいな」
そういって熱いお茶を私に握らせ、先輩は部屋を出る。外の雨音は、まだまだ強くなる一方だった。
…私はお茶を一口飲んで、携帯を片手にスタッフに連絡をする。幸い、電話は繋がらなくてもチャットツールは繋がった。チャットツールを使わない、年配の上司たちにはメールを送る。でも、どうして電話だけ繋がらないのだろう。
―それからしばらくして、スタッフが集まってきた。私たちの会社の人間だけでなく、撮影会社の人や新郎さんも。詳しくは語れないので、トラブルがあり、危険な状況なので。とだけ伝え、ここに留まるよう伝えると、別部署に入った同僚が
「ドレス担当の暮石さんがいない。探してきてくれ」
と、言ってくる。正直、この状況で居なくなるのは嫌な予感しかしなかったが、事情を知っているのは私だけなので、他の人を残して部屋を出る。
出る前、新郎さんが
「嫁が見つからないんだ。もしかしたら、トラブルに巻き込まれているかもしれない」
と言ってきた。なので、合わせて探すことにした。
人気のないチャペルの廊下は、雨の音で足音がかき消され、しんと静まっていた。
ドレスルームの前まで来ると、まずノックをする。反応が無いので、ノブに手をかける…先輩にも、好にも待てって感じのことを言われたのに、何してるんだろう。でも、心配だし。そんなふうに考えながら、思い扉をぐっと押し込んだ。
…案の定、そこには真っ赤になって倒れている人がいた。元は今日のために仕立てられた、ふわりと広がるウェディングドレス。それが、真っ赤な血を吸って、その命の重みでぐったりと潰れていた。倒れている人間は仰向けで、その顔が見れた。…いや、顔は、見れなかった。あるべき顔は、ずたずたに切り裂かれ、見る影も無くなっていた。近くには、刃の欠けた包丁が転がっていた。
友人の七夕と違う、それでも同じ人間の死体。なのに、不思議と吐き気は来なかった。私は、黙って扉を閉じて、部屋を出る。
がしゃん!!
3つ隣の、用具室から大きな音が鳴った。3人目かもしれない。もしかしたら、先輩かもしれない。そういえば、先輩と暮石さんはよく口喧嘩をしていた。もしかして。
急いで駆け寄ると、雨でぐっしょりと濡れた髪の女が、先輩に馬乗りになって、執拗にその股間と腹を蹴りつけていた。その度に先輩はびくりと動くが、回数を重ねる毎にその反応は鈍くなっていた。
私は、女に勢いよく体当たりをした。狭い用具室でそんなことをしたので、相手も壁に勢いよくぶつかり、かなりの音が鳴った。
女は、その髪を鬱陶しそうに払うと、ぎろりと私を睨みつける。
その目には、何も写っていなかった。真っ暗で、大きく開いた目。焦点も合わないその目は、私も眼中になかった。
「だぇよ、あんた。あんあも、あたしの、あたひたいのじゃますぅの?」
その女は、酒に酔っているように呂律が回っていなかった。ふらふらと、私に詰め寄りながら、何度も訳の分からないことを呟く。
「あぁいおあのいおのじゃあまするならぁ…あんたもぃんで!!」
勢いよく拳を振りかぶる。しかし、その手は私に届くことはなく、女は勢いよく地面に倒れていた。その足には、先輩の腕がくっついていた。
「危なかったな。ったく、大人しくしてろってほんとに…」
先輩はホコリをほろいながら立ち上がる。
「犯人は新婦だ。理由も何となく検討がついてる…そして、お前には残念な話がある」
…?
「今夜のお前のプロポーズ、事情聴取で潰れるぞ」
!!!!????
―
その後は本当に事情聴取でかなりの時間を拘束されてしまい、解放されたのは夜の9時。好にも
「お前なんで首突っ込んだ?死にたいのか?アホか?」
と呆れられてしまった。
…事件の真相はこう。新郎と親しく話していた七夕を見て、元々気を病みがちな新婦がありもしない事を危惧し、襲ったのだと言う。それから、スタッフに変装して悪い虫を殺す為にと、ドレスを実際に着てチェックしていた暮石さんを殺し、その後遭遇してしまった先輩に襲われてしまうかもと、いきなり殴り倒していたのだと言う。
そんなこんなで、私は大切な友人を失い、大事な仕事を失敗させてしまった。しかも、プロポーズの事が好にバレていて、逆にプロポーズまでされてしまい…結局、もう失敗しか無かった。
けど、私は挫けない。明日もまた、新しい夫婦が生まれる。そのお手伝いのために、私は前を向かなきゃいけないから。
血塗れチャペルの狂奏劇 鈴音 @mesolem
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