ハヤカワくんのはやとちり:6

「もしもし、カズ?」

「ハヤカワくんか? どうした? 久しぶりだな」

「昔の『アトランティス』って取ってたりしないか?」

「いやー捨てちゃったな。どうした?」

「「上川マーク」、覚えてるか?」

「あぁ。ふたりで作ったマークだろ? それがどうした?」

「俺らしか知らないあのマークが、昭和レトロ&平成ノスタルジーアミューズメントパークにあったんだよ」

「なに? どういうこと?」

 ウエハラくんに、先日見た「自分の家」と「上川マーク」について説明し、それから実家に行って「上川マーク」が存在していたこと、そして『アトランティス』に載っていた世界がサイバー空間であること、を伝えた。

「まあ、簡単なマークだしな。ハヤカワくんの家だって、よくある家庭だったってだけじゃないのか」

「そんなわけあるかよ。どっちも本物だったんだよ。陰謀論は本当だったんだって」

「いや、ないない」ウエハラくんは信じてくれない。

「よく考えてみろよ」

「なんだよ」

「この世界が存在している証明ってどうやってする?」

「そりゃ、俺らがここにいることだろ。それで十分証明できないか?」

「俺らが見えてるこの世界って、自分の視界の範囲内しかないだろ?」

「まあ、そうだが?」

「じゃあ、見えていない世界は存在しているのか?」

「してるだろそりゃ」

「確かめられないだろ。見えないんだから」

「そんなことないだろ。他の誰かが見てるだろうし、なんならライブカメラで配信したら、世界が存在しているのが分かるだろ」

「それらは全部データだろ? 自分の視界の範囲以外の情報は、他人から聞いた情報、テレビで見た情報てな感じで、情報でしかないんだ。遠くの世界を直接自分の目で見ることは出来ない。情報でしか遠くの世界の情報は得られない」

「だからって、世界はサイバー空間っていうのは、ちょっとトンデモ論だろう」

「でも説明がつかないだろ。どうして上川マークがあったんだ? あれは、この世界がデジタルコピーが出来るサイバー空間である証拠なんじゃないか?」

「いや、いや、いや。まってよハヤカワくん。大丈夫か? 頭でも打ったか?」

「いや。俺は本気だよ。これは陰謀だ。この世界が真実を隠しているんだよ」

「ハヤカワくん、支離滅裂だよ。落ち着けって」

「落ち着けるか。……そうだ、大学の頃、付き合ってたスドウさんが言ってたんだ」

「なんだよ」

「彼女は、幽霊とか宇宙人とか得体の知れないモノ全般が嫌いだったんだ」

「それがどうしたってんだ?」

「彼女の持論では、俺らから見えないだけで、幽霊からは俺らが見えてるって言うんだ。それから宇宙人も、高性能な望遠鏡で地球を観察しているわけだ。さらにサイバー空間なら、サイバー空間の外の世界の人間が俺らを見てるってわけだ」

「まあ、オカルト話にありそうな説だな」

「で、この世界が俺たちの見える世界だけじゃないかもしれないって考えると、怖いって言っていたんだ。誰かに見られているかもしれないから。まさに今、俺らは誰かに見られてるに違いない」

「陰謀論にのめり込みすぎたんじゃないのか? 誰にも見られてないから安心しろ」

「……いや、まて。そういうことか」

「今度は何だよ」

「いや。見えてる世界が自分の視野だけ、というのと同じ世界がある」

「おい、ホント大丈夫か? 最近、コロナとかアメリカとか、ロシアとかなんかいろいろ陰謀論が絶えないけど、ハヤカワくんはそういう耐性持っていると思っていたが、やられたか?」

「あぁ。大丈夫だ。至って冷静だよ」

「聞いてる限りそうは思えないけどな」

「まあ、いいから聞いてくれよ」

「なんだよ」

「俺が今、家から外に出たら見えてる世界が変わる。そしてさっきまでの家の中の世界はなくなる。でもまた家に入れば、その世界が戻ってくる。この感覚、何か分かるか? これと似たものが世界にはあるんだよ」

「なんだ?」

「本のページをめくるのと同じなんだ。見えてる世界はそのページ上だけなんだよ」

「なに言ってるんだ」

「……小説なんだ。この世界は」

「小説?」

「俺ら今、小説の世界の中にいるんだ」

「まさか。んな訳あるかよ。それはハヤカワくんのはやとちりだって。落ち着いてくれよ」

「いや、そうだよ。でなきゃこんな都合いいように進むか?」

 ハヤカワくんはそう言うと、部屋の窓を開け、空を見た。

「おい! 出してくれ! ここから出してくれ!」

「ハヤカワくん、やめろって、落ち着けよ」

「俺は気づいたんだよ! この世界は小説なんだろ?」

「馬鹿なこと言うなよ」

「俺には家族がいるんだ! シホリ! ユナ!」

 ハヤカワくんは力の限り叫ぶが、こちらには届かない。

「まて! おい! 俺には友だちがいるんだ! 両親だっているし、同僚もいる!」

「ハヤカワくん、お願いだ、やめてくれよ。この世界が小説なわけないだろう。どうか落ち着いてくれ」

「この声、聞こえてるんだろ? 読んでるんだろ? 見てるんだろ? おい、お願いだ俺はちゃんとこの世界に生まれたんだ。ここにいるんだよ。ちゃんと成長して大人になったんだ。お願いだ!」

 ハヤカワくんは必死に叫ぶが、その声が届くことはない。

「お願いだ! 勝手に終わらせないでくれ。俺の人生なんだ。ちゃんと苦労して手に入れた人生なんだよ」

 ハヤカワくんの世界が次第に暗くなっていく。なぜならこの小説は終わりに向かっているからだ。

「お願いだ。助けてくれ」

 残念ながらハヤカワくんのお願いに応えられるものはいない。

「俺は消えたくない。俺は、俺はここにいるんだよ! 俺は生きてるんだよ!」

 ハヤカワくんの叫びも虚しく、物語はここで終わりを告げた。

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ハヤカワくんのはやとちり 雹月あさみ @ytsugawa

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