ハヤカワくんのはやとちり:5
平成ゾーンでも、一本、道路が奥に延びており、道の両端にビル風の建物が建っていた。2000年前後を再現した街並みは、至る所にネオンの看板が掲げられており、そこには、「ゲームセンター」や「カラオケ」、「ディスコ」などと書かれていた。
ここでもユナは各施設で遊んでいた。だけれどハヤカワくんはそれどころではなかった。
昭和ゾーンで見た、「自分の家」が、なぜあるのか、その理由を探していた。
「そんなに気になるの?」
難しい顔をしていたハヤカワくんに対して、シホリが尋ねてくる。
「本当にそっくりそのままだったんだよ」
「じゃあ、実際にあなたの家を参考にしたのかもよ? 当時の写真が資料として提供されたとか」
「まさか。そんな話、両親からも聞いてないよ」
「インターネット上に公開されていたのかもよ。SNSとかに上げた記憶ない?」
「んー。そうなのかな」
「歩き疲れたから、あそこで休憩しましょ」
シホリが指さしたのは、平成ゾーンの道の突き当たりにある高校の建物の形をした休憩スペースだった。
そこには平成時代の教室を再現した展示スペースがあったが、そこでもハヤカワくんは言葉を失った。
一教室まるまる再現されており、ある机の上に、『アトランティス』が開いた状態で置かれていた。
置かれていた机の位置が、ハヤカワくんが座っていた位置と全く同じだったのだ。そしてさらに、『アトランティス』の開かれたページを見ると、『アメリカによるねつ造か!? 人類は月に行っていない!』というタイトルの横に、あの「上川マーク」が記されてあったのだ。
「嘘だ。そんなハズはない……」
「顔色悪いわよ? 大丈夫?」シホリが覗いてくる。
「これが、こんなところにあるハズがない……」
「お父さん、どうしたの?」ユナも心配する。
ハヤカワくんは混乱した。
「ちょっと頭が痛い」
ハヤカワくんは青森の実家にいた。あの日、「昭和レトロ&平成ノスタルジーアミューズメントパーク」で見た二つの出来事が理解できなかった。
幼少期の自宅そっくりに作られた団地。ウエハラくんとふたりで作った「上川マーク」が『アトランティス』に記されていたこと。
前者の再現部屋に関しては、シホリの言うとおり、何らかの形でハヤカワくんが幼少期に過ごした家の写真などが出回っていたらそれを元に再現することは可能だと考えた。
しかしながら後者の「上川マーク」に関しては、世界のひとつだけのマークであり、テーマパークにあるはずがないのだ。
それを確かめるために、実家に保管されている『アトランティス』を見に来たのだ。
予めインターネットを使って『アメリカによるねつ造か!? 人類は月に行っていない!』という特集のタイトルから発刊号数を割り出していた。
段ボール箱を開け、『アトランティス』を取り出していく。該当の号数を探し出す。
長年しまわれていた『アトランティス』からは湿気たようなカビの臭いがした。
やがて該当の号数が見つかった。早速、中身を確認する。
ページとページが張り付いていて上手くページがめくれない中、ページ中頃にあった特集ページを見つけた。
そしてその横には、あの「上川マーク」がしっかりと記されてあった。
「嘘だろう……」
ハヤカワくんはテーマパークにあった「上川マーク」付きの『アトランティス』の写真をスマホで撮っていた。スマホを取り出し、その画像を表示させた。
現物と画像を見比べる。「上川マーク」が記されている位置を確認する。
一ミリものズレがなく、現物のものと同じだった。
「こんなことがあるハズがない。誰かの陰謀だ。あり得ない」
ハヤカワくんは混乱した。理解の範疇を超えることが起こっている。
唯一無二のマークがこの世界に同時に二つ存在していることになる。
あれは紛れもなく本物だったのだ。ハヤカワくんは実際に近くに寄って見たが、赤のマーカーでしっかり記されており、決してコピーではないことは確認しているのだ。
ハヤカワくんは考えた。瓜二つの本物の「上川マーク」はどのようにしたら存在できるのか。
程なくして、大学生の頃に読んだ『アトランティス』の記事を思い出した。
「この世界はサイバー空間で出来ている」そんな記事だった。
もしこの世がサイバー空間なのであれば、デジタルコピーが可能である。赤のマーカーで記された本物の「上川マーク」をデジタルコピーして増やせばよいのだ。
詳しく記事内容を確認したいと思ったのだが、大学時代に買った『アトランティス』はすでに全部処分してしまったのだった。
当時付き合っていたスドウさんがオカルト嫌いだったため、付き合い始めて少し経った頃、一人暮らしの部屋からオカルト関連の書籍はすべて捨てたのだ。
ウエハラくんは持っていないだろうか。ハヤカワくんはウエハラくんに電話をした。
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