エピローグ

青空の向こうに

 壊れたスマートフォンを持ち帰り、かなもりさんにハックしてもらうと、れいさんが言っていたように、情報がいくつも取り出せた。

 ICチップが壊れていなければ、そこに記憶されている情報を読み出すことも可能なのだ。私の知らないことがまだまだあるんだな。


 取り出した情報を警部に渡し、しばらくするとまことさんが犯行を自供したと報告があった。


 玲香さんの読みどおり、精力絶倫だった木根誠さんは突然“不能”になり、失意のうちで妻のゆうさんが売春グループで働いていることを知った。

 そこでグループを調べると、イベント会社の経営者・だいともゆきさんが首謀していて、妻の他に十二人が同じように売春をさせられていたことを知る。

 佑子さんの直近の売春相手であったきんいちさんを調べると妻帯者とわかった。そして私を調べると、テニスクラブの火野コーチとアリバイ工作をしてまで食事をしていることを突き止めたのだ。

 売春グループのひとりであったざいぜんまささんは火野コーチに未練があり、私を追い落として火野さんを独り占めしたかった。

 そこで正美さんに、私が作ったアリバイ工作を逆手にとって五代さんを殺させる。まあ実行犯はみずたにこうさんであったわけだが。

 結果として売春グループの長であった五代さんは死んで、売春グループも存在が明らかとなる。そして警察が売春グループに気づいたことで、関係者を風俗営業法のもとに組織は完全に壊滅したのだ。これは木根誠さんが望んでいた未来なのであろうか。




 事務所を掃除している手を止めた。

れいさん、結局誰がどんな罪に問われるんですか? 売春グループの女性たちの処遇も心配ですが」


 ローズレッドのタイトスーツを身にまとった玲香さんが答えた。

「直接手を下した水谷航基さんは殺人罪、彼に殺させた財前正美さんは殺人教唆、殺す相手に五代朋行さんを指名して犯行にさんのアリバイ工作を利用するよう持ちかけた木根誠さんも殺人教唆に入るでしょう。彼は銃刀法違反もありますわね。殺人教唆は殺人罪と同じ罰になります。売春グループの女性は風俗営業法違反に該当するでしょうか。ですが弱みを握られていた女性ばかりですから、初犯でもありますしじょうじょうしゃくりょうされて罰金刑くらいで済むでしょう」


「そうなると水谷さん、正美さん、木根誠さんあたりが懲役刑ということになるのでしょうか」

 見知った正美さんが売春をさせられた挙げ句、懲役刑になるのでは報われないことこのうえないではないか。


「今回の場合だと、殺された五代朋行氏にも女性たちに売春をさせていた。その人たちから殺されるだけの罪がありますから、その三人も情状酌量されるんじゃないですかね。ね、所長」


「そうですわね。水谷さんと木根誠さんはふたりとも誰かを助けるために行なっています。財前さんも売春を強制されていたのですから、情状酌量は考えられますわね。でも数年の懲役は覚悟しておいたほうがよいでしょう」

「そう考えると、後味の悪い事件でしたね」

 金森さんが苦い表情を浮かべている。


「まあ殺人事件なんてこんなものです。謎をすべて解き明かして喜べるような事件のほうが稀ですわね」

「まあ捕まえたあとのことは警察にお任せしましょう。私たちは逮捕と起訴に貢献できれば任務完了ですよね」


「由真さんのおっしゃるとおりね。探偵事務所は終わった事件をどうこう詮索するような場所ではありませんわ。次の事件まで武器を磨いておくべきでしょう」

「僕はハッキング力、所長は推理力と洞察力ですが、風見さんはなにを磨けばいいんですか?」

 それは私も疑問に思っていた。


「そうですわね。由真さんには事務所の運営を取り仕切っていただきましょう。あくまでも助手であって、推理の専門家というわけではありませんから。運営を任せられるだけでも私は大助かりですからね」

「結局は雑用係といったところでしょうか」

「そうとも言いますわね」

 ちょっと期待していただけに肩透かしを食らった。

「まあそのうち助手らしい活躍のしどころが出てくるでしょう。今はまだ推理をどうこう考える時期ではありません。その時期が来たら、推理術を伝授致しますわよ」

「楽しみに待っておきます」

 含み笑いしつつそう答えると、掃除を再開した。


 玲香さんと金森さんのコンビを最大限に活かす歯車のひとつとなれれば、私は今回の事件の恩返しができるだろう。

 もちろんそんな物騒な世の中になることを望んでいるわけではない。だが、玲香さんの言うように、武器を磨いて備えておくのが探偵事務所の本質だろう。


 いつどんな依頼が来るのかはわからない。でもどんな任務にいつでも対応できる態勢を整えておくことは今からでもできるはずだ。

 私はさしあたり事務所の運営に慣れていくべきだろう。ここで働かせてもらっている以上、なにがしかの役割を果たさなければならない。

 主婦探偵にはなれないけれど、名探偵の補佐くらいは務められなければここで厄介になっている意味がないはずだ。

 次の依頼までに、事務所の一員としてなくてはならない存在になれるよう努力していこう。それがよりよい未来をつかむための第一歩となるだろう。


 お昼ご飯の買い出しに出たとき、ビルの出入り口から見えた青空の向こうにある希望の輝きは、いつも私たちを照らしてくれているのだから。




(完)

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容疑者のひとり〜探偵・地井玲香の推理 カイ艦長 @sstmix

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