星間配達承ります ~レンジョウ特急配達便~

和扇

星間配達のお仕事

ぼさぼさの短髪。

整えられていない無精髭。

あくびをして大きく伸びをする。

歯を磨き、顔を洗い、寝ぐせを整え。

着古した船内服シップクロスに身を包む。

アサギ・エルダン・レンジョウの朝は早い。

朝と言っても宇宙共通時間では夕方の16時を指している。

あくまで事務所を構える惑星『ネクタス』においての朝だ。


ネクタスとは古くは『プロキシマ・ケンタウリb』と呼ばれていた惑星。

空間を超える惑星間航行の技術が発達した事で遂に人類は光年の壁を超えた。

その結果、一番近い人類居住可能惑星と見られていたこの惑星に到達し、

惑星環境改良テラフォーミングの結果、遂には地球と同じ環境を手に入れたのだ。


そして惑星名『ネクタス』

その命名根拠は『ネクスト・アース』の略、との事だ。

ご先祖様よ、なんと安直な名前を付けたのだ。

もう少しどうにかならなかったのか。


まあ、いい。

そんなこの星で名を馳せる星間配達企業がレンジョウ特急配達便。

その社長がこの俺だ。

・・・まあ、大手企業を除外して、従業員5名以上の企業を除外して、

配達担当2名以上の企業を除外して、俺が住んでいる町内に限れば、の話だが。

俺は社長兼配達員だ。


自室から下の階へと降りる。

ここが我が城、レンジョウ特急配達便の本社だ。

まあ、机が1つと棚が2つとオンボロ通信設備があるだけだが。

事務所を素通りして駐船場ちゅうせんじょう ―ガレージ― へと向かう。


駐船場ガレージには、我が社唯一の運搬船、レンジョウ号。

宇宙を隅から隅まで飛び回った歴戦の猛者もさである。

大手運搬企業の払い下げ品を購入した中小企業の廃船売却で手に入れた船だが、

まだまだ現役、頼もしい我が相棒だ。


「しゃちょー、おそようございます~。」


ぽややんとした声で俺に話しかけるのは我が社の期待の新人ユウリ。

古ぼけたツナギにスパナやらなんやら工具をぶら下げたベルト、

頭にはデカいゴーグルに手にはちょっとブカつく作業用手袋。

茶色の髪はぼさぼさでハネっ毛がゴーグルのバンドの横からこんにちは、している。

20手前の女とは思えない野暮ったい姿だ。

顔の作りそのものは悪くないのだから、着飾ればもうちょっとマシになるだろうに。


「おぅ、早いなユウリ。我が相棒の調子はどうだ?」

「そりゃもー、バッチリですよ、バッチリ。異常重力波喰らってもバラバラに

 なるだけで済むくらいにはバッチリです。」


ぐっ、と親指を立ててサムズアップしながら、にっ、と笑う。


「おお、それはいいな。木っ端みじんになって俺が死ぬだけで済むな。

 ってオイ!ダメじゃねぇか!」

「重力波に突っ込まなければ大丈夫ですよぅ。」


調子のいいものである。

入社して5年目の新人だからか滅茶苦茶ないい加減さだ。

従業員がいないのだから、いつまでも新人なのは変わらない。

まあ、大手なら既に後輩がいる位の勤続年数だろうがな。


「よし、とっとと出発するか。」

「今日はどちらまで~?」

「あーっと、ネルドだな。あっという間だ。」


端末を取り出して電子伝票を確認する。


『ネルド』とは古くは『ロス128b』と呼ばれた惑星。

その命名根拠は新天地を意味する『ニュー・ワールド』の略、との事。

ご先祖様はネーミングセンスが無かったに違いない。

ここネクタスからの距離は遠くない。ご近所さんだ。


さっさと相棒に乗り込み、操縦席に腰掛ける。

今や宇宙船の操縦は脳波制御になった。

ほぼ無意識でも座っているだけでどこまでも行ける。

もっと言ってしまえば、惑星重力圏からの脱出と突入のタイミングを除けば、

別に操縦席にいなくても勝手に目的地までは行く事が出来る。


これは搭載された人工知能による自動航行機能によるものだ。

十数世代前は人工知能で全ての運搬が出来ると思われていたが、突発的に発生する、

異常重力波やら、大型惑星の重力の影響を受けて飛んできた彗星やら、その他諸々、

宇宙空間で発生する事象に対応できない事が判明し、人間の脳波に頼る事になった。

数世代前は物理的に接続が必要だったらしいが、人体に穴を開けるなど恐ろしい。


「しゃちょー、いってらっしゃーい。」


気の抜けたユウリの声を受けながらゆっくりとガレージから飛び立ち、

どんどんと高度を上げていく。

先程までいた町は小さくなっていき、遂には見えなくなっていく。

成層圏を超えて漆黒の宇宙空間へと飛び出し、入星管理局へ連絡を入れる。

流石に無断で飛び立てば、あっという間に取っ捕まる。

入星管理局はそういった事を取り締まっている、いわば公務員だ。

問題なく出星しゅっせい許可を得て、惑星を離れる。


緑色と青色が綺麗な惑星ネクタスからどんどんと離れ、その重力圏から脱出する。

宇宙は無重力空間だが、船の中は重量制御されており惑星上となんら変わらない。

艦内が広い大規模軍艦とかでなければ自分の足で歩いた方が楽なのだ。

ここまでくれば後は宇宙船の亜空間航行システムを起動させるだけ。


ぽちっとな。


別に物理的なボタンは無いんだけどな、頭の中でスイッチを入れる感覚だ。

何度も見慣れた、暗闇の宇宙空間が歪んでじれ、飲み込まれる感覚。

次の瞬間には、するり、と滑り込む感覚。

その後はもう何の抵抗もなく滑っていく。

進行方向の正面を中心に渦状に、真っ黒な空間が回っている。

その様はまるでドリルで空間を突き抜けているかのようだ。

さて、操縦席に座っている必要は無いからな。

珈琲コーヒーでも淹れるか。


操縦席後方に後付けした小さなキッチン設備。

と言っても、せいぜいインスタント食品を生成と飲み物用意する位しか出来ん。

間違って起動させないように脳波防護をした受信ポートに指を押し付け解除する。

こういう誤作動防止はアナログが一番安全だな。


一時期、全部脳波制御でいいじゃん、となって採用されたが、ふと『珈琲飲みたい』

とぼんやり思っただけで誤起動し、ブリッジが珈琲色に染まったという、笑い話

みたいな事がよりにもよって軍で起きた事で、こういった所はアナログになった。

やらかした軍人は辺境惑星に左遷されたそうな。理不尽な話だ。


淹れられた珈琲が入ったマグカップを手に操縦席に戻る。

ずぞぞ、と口に含んだ珈琲は苦みと共にいい香りが鼻から抜ける。

他の物には横着で無頓着な方だが、珈琲だけにはこだわりがある。

色々な惑星産の豆を吟味した、アサギブレンドだ。


珈琲も飲み終わった。

軽く仮眠もした。

そろそろ亜空間航行も終了だ。


ぶわっ


まあ、例によって音なんてならないんだが、この抜け出る感じはやっぱり『ぶわっ』

だろう。『ぎゅんっ』派と『ぬるっ』派もいるようだがな。

操縦席に座って脳波制御を再接続すると視界には宇宙空間が広がる。

目の前には巨大な緑の惑星『ネルド』だ。

入星にゅうせい管理局へ通信を繋ぐ。


「あーこちら、発ネクタス、着ネルド、レンジョウ特急配達便のレンジョウ号。

 ネルドへ入星を希望する。許可承認されたし。」


『こちらネルド入星管理局第168管制塔、貴船の入星を許可する。』


「許可感謝する。」


入星申請を拒否される事は殆ど無い。

特にネクタス・ネルド間であれば、簡易な船内スキャンだけで済む。

船内スキャンも一瞬で終わる、通り過ぎるだけ、みたいなもんだ。

さてさて、さっさと仕事を済ませよう。


大気圏に突入する。

流石に船体が振動するが、この程度は大した事は無い。

少しばかり振動が続くと、ふっ、と抵抗が無くなる。

惑星内へ入ったのだ。


惑星の自転方向に合わせて船を進める。

これを逆走すると現行犯で取っ捕まる。

まあ、見えない所でやる分には良いんだがな、こんな上空でやったら一発だ。


配達先はレンブラント星間貿易。

ま、中堅程度の会社だ。

そんな厳しく検査される事も無いだろう。


社屋上空に到達する。

着陸許可を得て、スムーズに着陸する。

我ながられする円滑な着陸だ。

近寄ってきた女性に電子伝票を送り、受け取りの承認を得る。

可愛い系のスポーティなポニテ女子だ、こういう女性、俺は好きだぞ。

船の後部ハッチを開けて荷物を取り出す。

それほど大きくないコンテナだ。

ちなみに中身は俺の全財産よりも超々高額な精密機器である。

船の内臓デリックを動かし、所定のエレベーター施設上にコンテナを置く。

これで今回の仕事は終わりだ。

運ぶ品が品なだけに今回の報酬は結構いい値段だ。


女性に挨拶をして船内に戻り、再び脳波制御を接続して船を浮上させる。

今度は大気圏から宇宙空間へと飛び出す。

再び入星管理局へ連絡を入れ、さっさと惑星から離れていく。

後はおうちに帰るだけ、でも帰り着くまでが遠足だ。

じゃなかった、お仕事だ。


お、そうだ。

ついでに野暮用やぼようを済ませよう。

確か少し離れたとこの小惑星帯アステロイドベルトにある鉱物が欲しいって言ってたな、ユウリの奴。

亜空間航行に切り替えて早速向かう。


目標地点に到着し、通常航行に戻す。

ゆるゆる進みながら小惑星に接近し、作業用の船外アームを起動させる。

内臓されたパイルを撃ち出し、噴出した鉱物を吸収、確保する。

まあ、こんなもんで良いだろう。

寄り道もこの辺にして戻るか。


亜空間航行に切り替えようとした視界の隅に何か、小さな物が見えた気がする。

気になってその物体を注視する。

白い。宇宙空間の黒と対比して浮き上がって見える。

丸に近いシルエットだが起伏がある。完全な丸じゃ無さそうだ。

細長い何かが一方から伸びている。無重力下でふわふわと無軌道に動いている。


ん?

ちょっとまて。

まてまてまて。

おいおいおいおいおい!

ありゃ、人間だ!人間の女の子だ!

宇宙服も着てない生身の人間じゃないか!


いや、だが、おかしい。

生身の人間が宇宙空間に放り出されたら、血液が膨張してそれはまあ酷い事になる。

だが、アレは女の子、と判別できるほどに原型を留めている。

明らかにオカシイ。

その姿が見せる強烈な違和感に眩暈めまいがする。


だが、もし万が一、いや億が一、いやいや兆が一、何かの間違いか運命の悪戯かで、

難破船の生存者だったらどうする。

こんな小惑星帯、普通の船は通らない。

あのまま何もない宇宙を漂い続けるのか。

助けるしかない。

ああもう、厄介やっかいな!


ゆっくりと近づき、船外アームを伸ばす。

力加減を間違えれば人間の身体なんて一瞬でぺしゃんこになる。

細心の注意を払いながら少女の身体を掴み、ゆっくりと船内へと引き入れる。

何とか船内に保護して、いつの間にか額からしたたっていた玉のような汗をぬぐう。


だが、待て。

このまま加圧したらどうなる。

無重力下であの状態だった。

加圧したら、ぐしゃっ、と潰れるんじゃないか?

おいおい、待ってくれよ、船内が血と臓物ぞうもつまみれは流石にマズイ。

こりゃ、加圧にも細心の注意が必要になるのか。

ああくそ、厄介な!!


途轍とてつもなくゆっくりと。

小数点以下の滅茶滅茶細かい気圧調整に全神経を注いで。

じわり、と気圧を上げたらしばらくそのままにして、順応したら次の気圧へ。

そんな事をしていると呼吸を忘れてしまいそうになる。

そうして、何とか通常気圧まで加圧が完了した。

玉の汗どころではない、シャツは絞ったら水が滴るレベルだろうな。


格納した船室へ向かう。

扉を開ける。

実は先程から気になっていたが、肉眼で見るとそれがよく分かる。

身体の色が薄いというか、胎児のようなというか、全体的に赤みを帯びている。

髪の毛の色は白い。真っ白だ。

顔はあどけないというか、普通の10代の少女のように見える。

服は着ている。ぴったりと身体にフィットしている半袖シャツとスパッツだ。

が、それに書かれている文字は全く読むことが出来ない。

不可解な事だらけだ。


まあ、このまま船室に放っておいて目が覚めてから何かされても困る。

とりあえずブリッジに運ぼう。

頭の後ろと膝裏に腕を差し入れて持ち上げる。


うおっ、何だ!?

想像よりはるかに軽い。

いや、軽いなんてもんじゃない、まるで羽毛の束を持ち上げたみたいだ。

あり得ない。

人間の重量じゃない。

不可解な事だらけだ。

少女の顔を見ながら狭い船内を歩く。


操縦席の脇の床に少女を寝かせる。

この船は一人用だ。

椅子なんてものは操縦席以外に存在しない。

しばらく床で寝ていてもらうしかない。

さて、さっさと帰るとしよう。


!?


警報アラートが鳴る。

これが示す事は一つだけ。

識別不明アンノウン

つまるところ、ぞくだ。

遥か昔の言い方をするなら、海賊だろうか。

全ての船には識別コードが設定されている。

それが無い船はイコールで違法な存在だ。

くそったれ!今日は厄日やくびに違いない!!


船を加速させる。

後方の小惑星の陰から3隻の船が現れる。

海賊船だ。

ああいう手合てあいは軍からの横流しで武装している。

逃げの一手だ。


畜生!何であっちの方が早いんだよ!

理由は単純!レンジョウ号は数世代前のオンボロだからだ!

今の所、連中一発も撃ってきていない。

めやがって。

こっちにも秘密兵器があるんだぜ!


船の上部ハッチが開く。

内部から船体の三分の一はあろうかという、巨大な砲が姿を現す。

これこそが我が相棒の秘密兵器、高角砲こうかくほうMark.Ⅶマークセブンだ!!

ユウリが好き勝手にいじくり回したせいで、原型留めてないがな!!

残ってんのは旋回機構と装弾装置だけだよ!

だが、こいつの威力は並みじゃない!

弾速は亜光速あこうそく、撃った瞬間に着弾する!

軍艦搭載の長射程砲よりも弾速が早い!!

ああそうです、どう考えても違法バリバリの装備です、ユウリの奴め!

だが、こういう時は頼りになるぜ!


敵船に照準を合わせる。

喰らいやがれ。


ズドンッ!!!


例によって音はしないが、発射音は脳内再生される。

ってか、おい!うっそだろ、外した!!

照準ミスった、やっちまった!

くそ、海賊共がこっちの武装を警戒して散開さんかいしやがった!

左右上下にジグザグに動いて照準を合わさせない気か!

ぐぐぐ、このままじゃ追い付かれちまう!


ぶつんっ


ぐおっ、なんだ!!??

視界が元に戻った!?

脳波制御装置の故障か!?

くそ、こんな時に!


すうっ


あ?

視界の横で白い何かが揺らいだ。

その方向を見ると、あの少女が目を覚まして立ち上がっていた。

その目は薄紫。

まるでアメジスト。

瞳の中で乱反射した光が目の輝きをさらに強くする。


何を見ている?

少女は虚空を、船の前方を見据えたまま動かない。

いや、何かを見ている、というか、意識を何かに集中させている、というか・・・。


がくんっ


おおっ!?

船が大きく傾く。

次の瞬間には逆方向へ傾く。

何だ、何だ!?故障か!?


水平に戻った。

そして船の上部で何かの駆動音が聞こえる。

まさか!!

手動で船外モニターを起動させ、操縦席前方のスクリーンに映し出す。

なんだ、これは。

高角砲が勝手に動いてる!

いや、違う。

動かしているんだ、この少女が!

だが、砲の動き方がおかしい。

まるで生物のように、何のガタつきもなく滑らかに動いている。

それはまるで機械そのものが自分の手足であるかのように。


ズドンッ!!!


急な砲撃に驚いた。

放たれた弾丸は正確に海賊船の船体中央を撃ち抜き、爆散させた。


ズドンッ!!!


間髪かんはつを入れずに二発目。

今度も寸分違すんぶんたがわず、海賊船の船体中央を撃ち抜いた。

あり得ない射撃速度だ。

まるで砲身の先と敵船が繋がっているかのようだ。

だが、まて、このままでは!


よせ!敵船を沈めるな!航行不能にしろ!!

咄嗟に叫ぶ。

一瞬、少女の瞳がこちらを見た気がした。


ズドンッ!!!


無慈悲な三発目。

今度は敵船の後方、推進ユニットと姿勢制御ユニットを一発で撃ち抜いた。

正面から二つのユニットを撃ち抜けるのはせいぜい30cmかくの範囲。

距離がある上に動き回る敵船のたった30cm角を撃ち抜くなどありえない。

針の穴を通す、神業だ。人の出来る射撃精度じゃ無い。

ますますこの少女の不可思議さが身に染みて、おかしくなりそうだ。


すぐに軍へと通報を行ってその場から離脱する。

海賊に仲間がいるかも、という懸念もある。

違法な砲を問い詰められるのはマズイ、というのもある。

それよりも何よりも、この少女について説明のしようがない。

面倒事は避けて通るに越した事は無い。



海賊船との戦闘後、少女はあっさりと船の制御を俺に明け渡した。

まったく、何を考えているか分からない。

話しかけても返事もしないし、表情も一切変わらない。

まるで人形に話しかけているみたいだ。


亜空間航行でネクタスへと戻ってきた。

大気圏に突入して、はた、と気付く。

ユウリにどうやって説明する?

宇宙空間で拾った、等と言っても信じないだろう。

見どころがありそうだったからネルドで現地採用した?

いや、戸籍も無い奴をどう説明する。

自動思考型アンドロイドを購入した?

そんな金、うちにあるわけないだろ、ふざけんな!

考えあぐねっていたらガレージに入っていた。

しまった、何も思い付いていないぞ。


「しゃちょー、お疲れ様っす~。」


がこん、とハッチを開けてユウリは無遠慮に入ってきた。

その手にはタブレットが握られている。

誤魔化す暇もなく、少女を見られた。


「誘拐?」

「んなワケあるか!」


洗いざらい起きた事を白状した。

もうどうにでもな~れ☆


「にわかには信じられないっすねー。

 でも砲撃ユニットの状態からあり得ない事が起きたって事は分かりますね~。」


ちょっとばかし、砲周りの確認をしたユウリがそう言った。

電装系は焼き切れ、駆動部はボロボロになっていた。

こんなの、10年無整備で一日10発以上撃ち続けないと起きない事、だそうだ。

・・・ちょっと耐久力有り過ぎやしませんか?


「しかしまあ、拾っちまったもんはしょうがないしなぁ・・・。」

「しかるべき機関に送り届けるっていうのはー?」

「無理だろ、3年前の生体爆弾事件忘れたのかよ。」


遺伝子を組み替えた人間を宇宙人造居住区コロニーに送り込んで起爆させた事件。

その被害は甚大で、当該居住区は宇宙の塵になり、10億人が一瞬で死んだ。

全宇宙規模で追跡調査がされた結果、実行組織は一人残らずされ、

生体爆弾の製造方法は完全に抹消された。

だが、万が一を懸念して入星出星の際にスキャン確認の項目になっている。


そんな状態で、このいかにも怪しいもの少女を届けたら一瞬で御用ごようだ。

冗談じゃない。


「じゃあ、どうするんですー?」

「どーしよっかなぁ・・・?」


腕組みして考える。

その時だった。


ピコン


ユウリが持つタブレットから音が鳴った。

仕事の依頼だろうか、まあ、後回しでいいな。


「なんすか?これ?」


ユウリにタブレットの画面を見せられる。

そこには―――


『あx●pお3▽.えty◆い0#$%mkz&qqqq』


謎の文字列が表示されていた。

何だこりゃ?


ピコン


また鳴った。

さっきと同じような文字列が表示される。

何だ何だ?


ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン

ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン

ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン


とんでもない速度で音が鳴り、訳の分からない文字列が流れていく。

バグったか?それともウイルスのたぐいか?

そう思っていると突然音が止まった。

そして―――


ピコン


『私の言葉は分かりますか?』


突然意味のある言葉が画面に映し出された。

二人で呆気に取られながらも、なんとか、ああ、と声を絞り出す。


『良かった。拾ってくれてありがとう。』


その言葉で理解した。

これは―――


「お前が、やってるのか?」


少女に向かって投げかける。


ピコン


『はい。私は貴方のように音で意思伝達出来ないから。』


「ははっ、こりゃ驚いた。いったいお前は何者なんだ?」

『私にもよく分かりません。』

「分からない、と来たか・・・。どこから来た、とかもか?」

『感覚的には分かります。ここ。』


タブレットに星系図が映し出される。

文字だけじゃなくてネットワークからの出力も出来るのか。


「ん?おいユウリ、この場所って。」

「ブラックホールですね。」


指し示されたのは巨大な虚無の穴、何もかもを飲み込む宇宙の排水口だ。

そんな場所からとでもいうのか。


「ここにあった高密度星こうみつどせいにいたのか?」


高密度星は人が住めるような星じゃない。

それでも試みに聞いてみた。


『いいえ。その向こう側です。』

「向こう側?そりゃどういう事だ?」

『この穴の向こう側、という事です。』

「おい、そんなバカな!事象じしょう地平面ちへいめんを超えてきたってのか!?

 光すら逃れられないブラックホールを抜けて!?」

『そうなると思います。確証は持てませんが、ここは私の知る宇宙とは違います。』


あり得ない。

光すら逃れられないブラックホール、その極地である事象の地平面。

飲み込まれたら永久に落ち続け超重圧に潰される。

その先は光の速度でも極地に到達できず、亜空間移動が可能になった今でも、

この事象の地平面の先には行けないのだ。

それを超えてきた、となると。


「別次元、か。」

『その表現が正しいかは分かりませんが、それしか当てはまる言葉がありません。』


そうなってくると話は変わる。

もしこの少女が人類未踏の先から来たのなら、今の人類を滅ぼす事も出来るはずだ。

現に一瞬で言葉を知り、使いこなしている。

電子情報に頼る今の人類は一瞬で滅亡してもおかしくない。

万が一、行政機関にでも渡したら人体実験からの人類滅亡コース不可避だ。


「そうなるとこのまま隠し通すのが最良か・・・。だが戸籍がなぁ。」

『これで良いですか?』


少女が画面に出したのは俺たちと同じ戸籍情報。

氏名の部分だけが空白だ。

この一瞬で改竄かいざんしたのか、恐ろしすぎる。


「あ、ああ。あとは名前だな。う~ん何がいいか。」

「すとっぷ。しゃちょーはネーミングセンス無いからダメっす。」


なんだとこのやろう。

ご先祖様よりはマシだ!

・・・マシだよな?


「う~ん、う~ん、う~ん、う~ん・・・。」


腕を組みながら上半身を右へ左へ。

お前はメトロノームか。


「お!ポラリス!」


頭の上に感嘆符が飛び出てきたような顔でそう言い放った。


「あ~、地球の北極星か。」

「そうそう。しゃちょーを導く旅の目印って事で。」

「俺が方向音痴みたいに言うんじゃない。」


言っておくが、本当に道に迷ったりはしないぞ。


「他に浮かばないし、ま、それでいいだろ。あとはファミリーネーム―――」

「しゃちょーの養女って事で。」

『分かりました。』


その間、一瞬。

言葉を挟む隙間もなく、俺に娘が出来た。



ぼさぼさの短髪。

整えられていない無精髭。

あくびをして大きく伸びをする。

歯を磨き、顔を洗い、寝ぐせを整え。

着古した船内服シップクロスに身を包む。

アサギ・エルダン・レンジョウの朝は早い。

朝と言っても宇宙共通時間では夕方の16時を指している。

あくまで事務所を構える惑星『ネクタス』においての朝だ。


そんなこの星で名を馳せる星間配達企業がレンジョウ特急配達便。

その社長がこの俺だ。


社員は1名、新人のユウリだ。

・・・いや、もう新人じゃなかったな。


社員は2名だ。


もう一人の社員は会社のジャンパーを身にまとい、

社名の入ったキャップを目深にかぶり、白い髪をなびかせている。

桃色の肌に薄紫の瞳。

存在が消えてしまいそうなほどに透明な印象を受ける少女。

突然できた俺の娘。

配送準備をユウリと一緒に行いながら、並行して経理処理を一瞬でこなしている。

実に優秀な我が社自慢の期待のだ。


「おぅ、早いなユウリ、それとポラリス。準備はどうだ?」

「そりゃもー、バッチリですよ。ポラちゃんが手伝ってくれるから楽っす!」


にかっ、とユウリは笑う。

こいつ給料減らしてやろうか。


『問題は全くありません。それと経費に妙な物を見つけました。

 社長が提出した交際費は不正であると思います。』

「ぐっ、なぜばれた!」

『入店した居酒屋の監視カメラを確認しました。接待相手は居ませんでした。』

「サラッと違法な事を・・・。」


ストラップで首から下げたタブレットに表示される言葉と会話する。

娘の前では隠し事は全くできない、という事はここ数日で身に染みた。

本当におっそろしい娘である。


「仕方ねぇな・・・。準備完了ならそろそろ行くか~!」

「お土産期待してますよー。」


こいつ本当に給料減らしてやる。


「ほら行くぞ、ポラリス!」

『はい。社長お父さん。』



どんなところにでも特急配達!

星間配達うけたまわります。

北極星が荷物をお届け!

レンジョウ特急配達便!

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