仲の良い双子

 とある国に、とても仲の良い双子の王子がおりました。兄王子の名前はノエル、弟王子の名前はルースといいました。


 彼らは双子でしたが、性格や好きなことは少し違っていました。

 ノエルはひかえめな性格で、物語を読んだり絵を描いたりするのが好きでした。

 一方、ルースは活発的な性格で、外で遊ぶことが好きだったので、2人の行動範囲は正反対と言っても良いほどでした。


 しかし、お互いが相手のことを嫌いになることはなく、むしろその逆で、2人は常に一緒でした。

 ノエルが城内で遊ぼうと誘えば、ルースは喜んでそれに応じましたし、逆にルースが外へと誘うことも多々ありました。また、2人とも勉強をおこたることはせず、分からないところがあればお互いに教え合っていました。


 そんな彼らには、1つだけ共通点がありました。それは、互いに想いを寄せている相手がいたということです。

 この国の隣国には、彼らと同じ歳の姫がおりました。彼女の名前はエレナといいました。

 国同士が同盟関係にあったため、エレナはよく双子の元を訪れており、2人も彼女に会うことが楽しみの一つとなっていました。


 そんな中、ノエルはエレナに恋心を抱いていることに気づきます。彼はすぐにそのことをルースに相談しました。するとルースもエレナのことを好きだったようで、2人は協力することを約束し合いました。


「僕たちは双子だ。抜けがけは無しだよ」


 ノエルが言うと、ルースは笑って言いました。


「もちろん。抜けがけなんてしないよ!」


 そうして、2人は今までと変わらず、エレナと遊びながら交流を深めていきました。

 エレナもまた、双子のどちらにも等しく優しく接してくれました。時には彼らの相談に乗り、時には彼らの話を聞いてあげました。

 そして、いつしか彼らにとって彼女はかけがえのない存在になっていました。


◆◆◆


 それから数年が経ったある日のことです。15歳になったノエルは、父である国王から呼び出されました。

 いつもならルースと2人で呼び出されるのですが、今回はノエル1人だけしか呼ばれていません。不思議に思いながらも、ノエルは父のもとへ向かいました。

 部屋に入ると、そこには彼の父─国王の姿がありました。


「おぉ、ノエル。よく来たな」


 国王は穏やかな口調でそう言いました。


「はい……あの、今日は何のご用でしょうか?」


 ノエルが尋ねると、国王がゆっくりと口を開きました。


「実はお前を呼んだのは他でもない……婚約の話についてなのだ」


「婚約、ですか……」


 ノエルは、自分が婚約できる年齢に達したことから、いつかこんな日が来るだろうと思っていました。しかし、いざその時が来たとなると、やはり緊張してしまいます。


「うむ。お前ももう15歳だからな。そろそろ婚約者を決めねばならぬ」


「……はい」


「そこで、だ。隣国のエレナ姫との婚約を考えているのだ」


 国王の言葉を聞いた瞬間、ノエルは息をみました。まさかエレナ姫の名前が出てくるとは思っていなかったからです。


「お前たちは昔から仲が良かっただろう?それに、我が国にとっても彼女との婚姻こんいんはとても有益なことなのだ。どうだろうか、引き受けてくれないかね?」


 国王は真剣な眼差しを向けてきます。

 断る理由はありません。しかし、ノエルの心の中にはある迷いが生じていました。

 それは、ルースとの約束です。

 もし彼がこのことを聞いたら、きっと悲しんでしまうでしょう。それだけではありません。もしかしたら怒ってしまうかもしれません。


 しかし、いつまでも黙っているわけにはいきませんでした。

 国王は返事を待っていますし、何より自分の気持ちに嘘をつくことなどできません。

 そう決心したノエルは、静かに口を開きました。


「……承知いたしました」


 こうして、ノエルはエレナ姫と婚約することになりました。



 その後、自室に戻ったノエルはしばらく放心状態にありました。

 自分とエレナ姫の婚約が正式に決まったことに、頭が追いついていなかったのです。

 しかし、時間が経つにつれて徐々に実感していきます。それと同時に、胸の奥がズキリと痛みました。


(僕は、ルースとの約束を破ってしまった……)


 ルースはきっと自分を責めるでしょう。そして同時に悲しみ、苦しんでしまいます。その光景を思い浮かべるだけで辛くなります。


(ルース……ごめんよ……)


 ルースのことを想えば想うほど、罪悪感がつのっていきます。ノエルはベッドの上で頭を抱え込みました。


◆◆◆


 それから数日後、ノエルはルースに婚約の話をすることに決めました。言わないでおくことも考えたのですが、ルースとの関係に亀裂が入ることだけは避けたかったからです。


 ルースの部屋に行くと、彼は笑顔で出迎えてくれました。その表情を見た途端、ノエルは心が締め付けられるような感覚に陥ります。


「やあ、ノエル! 今日も来てくれたんだね!」


 ルースの声変わり前の高い声には、嬉しさがにじんでいます。ノエルは一瞬だけ躊躇とまどいましたが、すぐに本題に入りました。


「……ルース、大事な話があるんだ」


 ノエルの声音から何かを察したのか、ルースの顔つきが変わります。


「……どうかしたの?」


「うん。実は―――」


 ノエルはルースに、全てを包み隠さず話し始めました。

 エレナ姫と婚約することになったこと、そのためルースとの約束を破る形になってしまったことを。

 ルースは何も言わずに聞いてくれました。ノエルが語り終えると、ルースは小さく呟きました。


「……そうだったのか」


「ルース、本当にごめん……」


「謝らないでよ」


 ルースは優しい声で言いました。


「君が決めたことだ。僕がとやかく言う筋合いはないさ。……それに、君とエレナはお似合いだと思うよ」


 そう言ってルースは微笑みます。彼は心から祝福してくれているようでした。

 それから2人はいつものように会話をして、別れました。


◆◆◆


 ノエルは自分の婚約が決まったのだから、ルースにも婚約の話が来るのではないかと考えました。

 しかし、ルースからはそのような話は一向に出てきません。彼は相変わらず、いつもと変わらない様子でした。


 もしかしたらルースは、エレナ以外の女性と婚約する気がないのではないか。そんな不安がノエルの中で膨らんでいきます。

 そう考えると、自分よりもルースがエレナと婚約するべきだったのではないかという思いが湧いてきました。


 ルースは、ノエルより剣術が優れており、勉強の成績も優秀でした。人望もあります。

 対して自分は、剣術ではルースに劣り、勉強でも彼に敵わない部分が多々ありました。加えて、社交性もありません。

 これといった長所もない自分が、エレナと婚約して良いものなのか。そんな疑問が次々と生まれていきました。


 自信をなくしてしまったノエルは、ルースの元へと向かいました。


「こんな夜更けに、どうしたの?」


「少し話したいことがあってさ。今いいかな?」


「もちろんだよ」


 ルースは快く承諾しょうだくしてくれました。

 ノエルは彼の隣に座って、ゆっくりと口を開きました。


「……やっぱり、僕にエレナと婚約する資格なんて無いよ」


 ノエルが言うと、ルースは驚いたように目を見開きました。


「どうして?」


「だって、僕は君の足元にも及ばないじゃないか!僕なんかより、君がエレナと結婚するべきだ!」


 ノエルは吐き捨てるかのように叫びました。すると、ルースはノエルにつかみかかり、彼の身体を揺すりながらうったえかけます。


「『僕なんか』なんて言っちゃダメだ!ノエルは僕の自慢の兄なんだ!そんなことを言うなんて許さない!」


 ルースは必死の形相を浮かべていました。

 しかし、ノエルはそれでも納得できません。


「だけど、事実じゃないか!現に君はまだ婚約者がいないし!」


 ノエルはルースの手を振り払い、胸ぐらを掴もうとしました。

 するとその時、ルースの服のボタンが緩んで胸元が見えてしまいました。


「ルース、君は……」


 ノエルは言葉を失いました。ルースの胸元、巻かれたサラシ布の隙間からは、男のものとは思えない膨らみが覗いていたのです。


「ルース、君はもしかして……」


「……そうさ。僕は女だ」


 ルースは観念したかのような口調で言いました。


「今まで黙っていてごめん。いつかは話そうと思っていたんだけど……」


「いや、謝るのはこっちの方だよ。何も知らずに、僕は……君を傷つけるようなことを言った」


 ノエルは申し訳なさそうに言いました。

 対して、ルースは首を横に振ります。

 そして、彼女はノエルに全てを打ち明けました。自分が物心つく前から男の子として育てられていたということを。

 その理由は、国王様の意向によるものでした。


 この国には、男児が王位を継ぐという伝統がありました。しかし、双子の片方が女児だと判明したことで、その慣習に従うべきか、あるいは変えるべきかという議論が起こりました。

 国王様は悩み抜いた末に、双子をどちらも男児として扱うことに決めたのです。


 ルースとノエルの性別が違うという事実を知る者はごくわずかしかおらず、国王とその側近の者しか知りませんでした。

 ノエルは、この城の中で自分だけが知らなかったことを知り、衝撃を受けました。


「……それじゃあ、もしかしてルースは、エレナと婚約するつもりは無いの?」


「……うん。僕……いや、私は女だから、彼女との子どもは望めない。だから、結婚しても幸せにはなれない」


 ルースは悲しそうに目を伏せました。その姿を見たノエルは、彼女に問いかけました。


「ねぇ、ルース。君はこれからどうするの?」


「……わからない。父上からは、ノエルに私が女だと知られたら、離れるよう言われてる。だけど、ノエルと離れたくはない……」


 ルースの瞳から涙が零れ落ちました。彼女にとって、ノエルの存在は心の支えになっていたのです。

 しかし、ノエルは彼女の手を取りました。ルースは驚いて顔を上げます。

 そんな彼女を安心させるように、ノエルは優しく笑いました。


「大丈夫。僕らは2人で1つだろ?僕はずっと君のそばにいるよ」


「ノエル……ありがとう」


 泣き崩れるルースを、ノエルは優しく抱きしめました。


◆◆◆


 それからしばらくして、ノエルとエレナは結ばれました。

 結婚式の日。ノエルは国民たちに、ルースが女性であることを公表しました。そして、ルースを騎士として側近に置くことにしたのです。

 ルースは剣の腕も立つため、すぐに城の者たちに認められました。

 国民たちも、ノエルとルースが男女の双子であることを知っても、彼らのことを変わらず受け入れてくれました。


 ノエルたちは、より良い国にするために一生懸命努力しました。

 その甲斐かいあってか、国はどんどん豊かになり、人々も笑顔で溢れるようになりました。

 そしていつしか、この国はとても仲の良い双子が治める平和な王国として、知られるようになっていったのです───。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る