卒業おめでとう

 卒業、おめでとう。


 面と向かって言うのも気恥ずかしいから、手紙にしたよ。こうして手紙を書くのは久しぶりだから、少し緊張しているけれど……どうか最後まで読んでくれると嬉しいな。


 さて、君はこの学校を卒業することに決まったわけだけど……本当におめでとう。

 この学校での生活はとても大変だったと思うけど、よく頑張ったね。一番近くで君の頑張りを見ていた僕としては、感慨深いものがあるよ。


 そういえば、学校に入ったばかりの頃は、よく僕のところへ来ては色々と質問してきたよね。その度に、僕は君の役に立てたことが誇らしくて、ついつい熱く語ってしまったりして……。

 今にして思うと、ちょっと子供っぽかったかな? でも、あの時の僕は本当に君の役に立ちたくて仕方がなかったんだよ。だって、君はいつも遅くまで学校に残って勉強していたからね。

 そんな君の姿を見るたびに、僕も負けていられないなって思って、必死に努力したっけ……。おかげで、今の僕があるんだけどね。


 努力家の君は、試験の時も一生懸命だったね。あまり根を詰めすぎて体調を崩してしまった時は心配したけど、無事に回復してくれてよかったよ。

 ……まあ、それでも無理をして体調を悪化させることが多かったけどね。その度に、僕や周りの皆がどれだけ心配したことか……。

 もうあんな無茶はしないでくれよ。君は「そんなことない」って言いそうだけれど、こればかりは約束してほしいな。だって、僕は君が……大切だからね。


 ああ、話がれちゃったね。えっと……どこまで話したっけ? とにかく、君は昔から努力家だったということだよ。

 そして、それは試験に限ったことじゃない。君はいつだって全力で物事に取り組んでいた。その姿は、見ていてとても眩しかったよ。

 僕なんかじゃ到底真似できないくらい、真っ直ぐな想いを持っていた。


 学校行事でも、君は積極的に動いていたね。特に学園祭では、クラスのみんなが円滑えんかつに動けるように裏方として支えていた。

 君のおかげで、クラス全体がまとまっていたように思えるよ。あれだけ大勢の人が動く中で、一人一人の個性を把握しながら指示を出すなんて、なかなかできることではないと思う。

 そういう意味も含めて、僕は凄いなぁと思っていたんだ。


 もちろん、他にも良いところがたくさんあることは知っているつもりだけれど、やっぱり君の印象に残っているのはその辺りなんだよね。

 君は自分のことには無頓着むとんちゃくなくせに、誰かのためにならいくらでも力になれる人だと思う。それこそ、自分を犠牲にしても構わないというほどにね。

 きっと、それが君の長所であり短所でもあるんだろう。もっと自分のことも大切にして欲しいとは思うけど、それもまた君らしさなんだろうね。


 ……ちょっと気になったんだけど、君から見て、僕はどんな風に映っているんだろうか? 「良い先生」とかだったらいいんだけど、もし違ったとしても気にしないで欲しいな。

 自分で言うのも何だけど、結構適当な性格をしているからね。ただ単に面倒臭がりなだけだったりするし……。

 それでも、生徒達にはそれなりに好かれているんじゃないかと思っているよ。少なくとも、嫌われてはいないはずだ。うん、多分……。


 教師というのは、教える立場であると同時に教わる側にもなるものだからね。生徒達がどう思ってくれているのかは、正直言って分からないよ。まあ、嫌われていないと信じたいところだけど……。

 君も、これからたくさんのことを学べば分かるようになるさ。自分がどれだけ多くの人に想われているかをね。

 まあ、それを実感できるのはもう少し先のことになるかもしれないけど……。


 最後に、もう一度お祝いの言葉を伝えさせてもらうよ。

 卒業、本当におめでとう。そして──お疲れ様。


 ……ここまで書いていて思ったんだけど、「卒業」という言葉を使うのは少し違和感があったかな?

 でも、君はこの学校を去るわけだし、そう言わないと変な感じになると思って……。ごめんね、嫌だったかい? まあ、とりあえずここまで読んでくれたということで、良しとしようじゃないか。


 僕も久しぶりに手紙を書いてみて、楽しかったからね。また機会があれば書かせてもらおうかな。今度は別のことでも書こうか。

」とかね。

 ……それは直接話せばいいって?確かにそうかもしれないね。なんたって、その子は赤ちゃんでもあるから。


 君が、僕の働く学校に就任したばかりの頃は、お互いに戸惑うことも多かったね。僕もまだまだ未熟だったから、君を困らせてしまっていたこともあっただろう。

 でも、君と話をするうちに、少しずつ打ち解けていくことができた気がしているよ。

 まさか、こうして結ばれて、子どもを授かる日が来るなんて夢にも思っていなかった。今でも信じられないくらいだよ。

 きっとこれは、神様が僕達に与えてくれた奇跡に違いない。僕はそう信じているよ。


 さて、君は出産のために学校を去り、僕は残るわけだけど……どうか身体を大切にしてね。

 僕もできる限り協力するつもりだから、何かあった時は遠慮せずに頼ってほしい。君は何でも一人で抱え込むくせがあるから、そこだけは注意しておくよ。

 あと、僕と君が結婚していることを知っているのは、校長と一部の職員だけだからね。一部の生徒も気付いているみたいだけれど、他の人達には内緒にしておいてくれ。

 なぜそんなことをするのかって? それは……僕が恥ずかしいからだ!

 君と結婚したことは後悔していないけれど、それでもやっぱり照れ臭いものはあるんだよ。特に同僚や後輩の前では……。


 まあ、それはともかくとして、くれぐれも無理はしないようにね。僕にできることはあまりないけれど、それでもできるだけ君のそばにいたいし、支えになりたいと思っているよ。


 改めて、卒業おめでとう。そして、これからもよろしくね。

 君と僕の愛しい子が生まれてくるまで、ずっと見守っていることをここに誓うよ。

 それじゃ、そろそろ筆を置こうか。

 これから忙しくなっていくだろうけど、頑張っていこうね。


 ──愛する妻へ、夫より

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