グルメVRゴーグル
「あなたは運が良いですよ! こんな素晴らしい商品を、しかも無料でお試し頂けるなんて!」
俺の目の前にいる男は、早口で
アパートまでの帰り道、急に呼び止められたかと思ったら、これだ。
この人、さっきからずっと喋りっぱなしなんだけど……よく疲れないよなぁ……。まあ、元気なのは良い事なんだろうけどね。
俺は半ば呆れつつ、男の話を聞いていた。
「この『グルメVRゴーグル』は、その名の通り、美味しい物を食べている感覚が味わえるんです。それも、ただ食べるだけじゃなくて、五感を刺激することで、よりリアルな体験ができるんですよ」
男が興奮気味に説明を続ける。
ふむふむ、なるほどねぇ……。
適当に相槌を打ちながら話を聞いていると、突然、男がこちらへ身を乗り出してきた。そして、俺の顔を見つめながら問いかけてくる。
「ところで、お客様はどんな食べ物が一番お好きですか?」
……えっ? 何その質問?
男の意図がわからず戸惑っていると、彼はさらに言葉を続けた。
「例えばですが、カレーライスやラーメンなどはどうでしょう? 好きですよね?」
「あぁ、はい……」
「そういった食べ物を、いつでも食べているような感覚を得られるわけです! それがどれだけ
うーん、確かにそれは凄そうだ。でも、そんなに凄いなら、もっと有名になっていてもおかしくなさそうな気もするけどなぁ。
「もちろん、それだけではありませんよ!」
俺の考えを読んだかのように、男が言う。
「例えば、このゴーグルをつけて、好きな料理が出てくる動画を見るだけでも良いのです。すると、まるで自分が本当にその店に行って食事をしているかのような気分になれるのです!」
「おおっ! それってすごく便利じゃないですか!」
思わず声を上げてしまう。
確かにこれは画期的なアイデアだ。
すると、男は俺の反応を見て満足そうに微笑んだ後、少し落ち着いた口調になって言った。
「……実はですね、この技術はまだ開発途中なんですよ。ですから、まだ一般には出回っていないんです」
「ああ、そういうことだったんですか……」
「えぇ。もし完成すれば、世界中の誰もが手軽に食事を楽しむことができるようになります。……あなたに、モニターをお願いしたいんです」
男は真剣な表情を浮かべて俺を見つめた。
ここまで熱く語られたら断れないよなぁ……。よし、わかった。協力しようじゃないか!
俺は快くうなずくと、笑顔で答えた。
「わかりました。ぜひ使わせてください!」
◆◆◆
アパートに帰り着いた俺は、早速例のゴーグルを装着してみた。
使い方はとても簡単で、頭に装着して電源を入れるだけで良かった。あとは、スマホを使って操作できるらしい。
とりあえず、今は普通に使ってみようかな。
『グルメVRゴーグル』のスイッチを入れてみると、視界が一瞬暗転した後、すぐに明るくなった。目の前には見慣れた自分の部屋が広がっている。どうやら無事に起動できたようだ。
「さてと、まずは何を食べようかな~っと」
俺はスマホを手に取り、画面に表示されたメニュー表を開いた。
色々と並んでいるけれど、一体どれを選んでいいのかわからない。
「こういう時は、やっぱり無難なものから選ぶべきなのかな?」
画面を操作しながら考えていると、ある項目が目に留まった。
『カレーライス』と書かれている。これなら誰でも知っているし、間違いないだろう。
「よし、これに決めた!」
『カレーライス』の項目を選択すると、ゴーグルを通して見える映像が変わった。
どこかのレストランの店内のようだった。俺以外誰もいないようで、まるで貸切状態みたいだ。
「おおっ! なんか本格的だなぁ」
しばらく待っていると、やがてカレーライスが運ばれてきた。
「いただきまーす!」
一口食べてみると、その瞬間、口の中にスパイスの良い香りが広がる。辛さが程よく効いててめちゃくちゃ美味しいぞ!
「うわぁ……マジで美味いなぁ……」
あまりの旨さに感動しながら夢中で食べ進めていく。
「ふぅ……ごちそうさまでした!」
気が付くと、あっという間に完食していた。
「次は、デザートか何かが食べたいな……。できれば甘いものが……」
再びメニュー表を開くと、『ソフトクリーム』の文字が目に付いた。
「おっ! ちょうど良いタイミングじゃん。これで決まりだな!」
『ソフトクリーム』の項目を選ぶと、次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
「あれっ? ここはどこだろう?」
気が付けば、見たこともない場所にいた。
辺り一面に広がる草原と、遠くに見える山々。どうやら屋外にいるらしい。
「牧場とかかな? 景色も良いし、すごく気持ちが良いところだなぁ……」
そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
「こちらをどうぞ」
振り返ると、そこには1人の女性が立っていた。ソフトクリームを持っているあたり、店員さんだろうか?
彼女は、にっこりと微笑むと、手に持つソフトクリームを差し出してきた。
「えっ? あの……」
「どうぞ召し上がってください」
「あ、ありがとうございます……。では、遠慮なく……」
差し出されたソフトクリームを受け取り、口に運ぶ。
「うん、美味しい!」
思わず笑みがこぼれる。
濃厚なミルクの風味が優しく広がり、爽やかな甘みが舌の上で溶けてゆく。
「ふふふ……」
女性が小さく笑う。
「どうかしましたか?」
不思議に思って尋ねると、女性は穏やかな声で言った。
「先程も、美味しそうに食べていらっしゃいましたね」
「え……?」
「レストランですよ」
女性の話によると、この『グルメVRゴーグル』内では、彼女が全ての店員役を担っているらしい。
つまり、俺の食事風景は全て彼女に見られていたわけか。うわぁ、ちょっと恥ずかしいかも……。
「私は、いつでもお客様をお待ちしてますよ」
そう言って、女性がにこやかに笑いかける。
「はい、また来ます!」
俺は笑顔で答えると、彼女に向かって手を振った。
◆◆◆
「いやぁ、凄かったなぁ!」
ゴーグルを外すと、一気に現実に引き戻される。
こんなにリアルな体験ができるなんて、本当に驚きだ。
「でも、腹減ったな……」
バーチャルでは満腹になっても、現実の体は空っぽのまま。さすがにそこまでの技術はないらしい。
とりあえず夕飯にしようと思い、俺はキッチンに向かったのだった。
◆◆◆
「ふう、今回も旨かったなぁ……」
俺はすっかり『グルメVRゴーグル』の虜になっていた。
今日もさまざまな店を巡り、色々な料理を食べてきたのだ。
『ラーメン』や『寿司』、『ハンバーグ』などなど……。どれも最高にうまかった。
それだけじゃなく、最近はゴーグルの中の女性と会話することも多くなっていた。
彼女と話をするのは楽しかった。何より、彼女の声を聞くたびに胸が高鳴ってしまう自分がいる。
いつしか俺は、このゴーグル越しの出会いを心から楽しむようになっていた。
そんなある日のこと。
俺は夕飯の準備のため、冷蔵庫から食材を取り出し、コンロに火をかけた。
『グルメVRゴーグル』の使用前に夕飯を作っておけば、使用後すぐに食べられるからね。
料理を作っている間、俺はぼんやりと考え事をしていた。
今日は、何を食べに行こうかな……。洋食もいいけど、中華も捨てがたい。……いや、たまには和食っていうのもありかも。
そんなことを思っているうちに、腹が減ってきた。……よし、決めた! 今日は『焼肉』にしよう!
俺はスマホを手に取ると、いつものようにメニュー表を開いた。
『焼肉』の項目を選択すると、次の瞬間、視界が暗転し、やがて明るくなった。
目の前には熱々の鉄板があり、辺りも薄暗くなっている。どうやら個室のようだ。
「いらっしゃいませ」
声の方へ振り向くと、そこには例の女性がいた。
「ご注文は
俺はテーブルに置かれたメニュー表を手に取った。
「えっと……それじゃあ、この『特上カルビ』と『ハラミ』にします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言うと、彼女は部屋の奥へと消えていった。
しばらくして、肉が運ばれてくる。
「それでは、ごゆっくり」
「いただきます!」
早速焼き始めると、ジュウ……という音と共に食欲をそそる匂いが立ち込める。
まずはハラミからいこうか。
箸で
「んん……! うめぇ!!」
適度な歯応えと柔らかさを兼ね備えた絶妙な味わい。
噛めば噛むほど、肉の旨味が染み出してきて、口の中いっぱいに広がってゆく。
あまりの旨さに感動していると、いつの間に来たのか、店員の女性が俺の横に立っていた。彼女はクスリと小さく笑うと、優しい口調で言う。
「とても美味しそうに食べますね」
「えっ!? ああ……ええと……その……はい……!」
突然話しかけられて驚いたせいか、うまく言葉が出てこなかった。……かっこ悪いなぁ、俺。
そんな俺の様子を見て、彼女はおかしそうに微笑んでいる。
「ふふ……。すみません。少し驚かせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です……。それよりも……」
俺は気を取り直すと、改めて口を開いた。
「あの、よかったら一緒に食べてくれませんか?」
すると彼女は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、「ええ」と言って笑顔を浮かべたのだった。
◆◆◆
それから、俺たちは一緒に焼肉を楽しんだ。とても楽しく、幸せな時間だった。
あっという間に時間が経過し、俺は名残惜しく思いながらも席を立った。
「ごちそうさまでした。……また来ます!」
「はい。お待ちしてますよ。……あなたに、幸多からんことを……」
女性は笑顔でそう言いながら、恭しく一礼した。
すると、辺りは一瞬にして暗転し、見慣れた部屋に戻っていた。一気に現実へと引き戻された感じだ。
「ふぅ……」
俺は軽く息をつくと、ベッドの上に寝転がった。
「楽しかったなぁ」
つい先程の光景を思い出しながら呟いた。
今も炭火のような匂いが鼻腔に残っているような気がする。
……ん?今も?
炭火というよりは焦げ臭い匂いがするような……。
……って、あああっ! コンロ!
慌てて起き上がると、急いで台所へ向かった。
案の定、コンロは真っ黒になっており、黒い煙を上げていた。
「うわぁ……」
思わず声が出る。これはもう完全にアウトだな……。
バーチャルに夢中になり過ぎて、すっかり忘れていた。
「仕方ない……。新しいのを買うしかないかなぁ……」
俺は深いため息をつくと、ガックリとうなだれたのだった──。
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