ドリンクバー

 僕のよく行く食事処しょくじどころには、好きに使って良いドリンクバーがあった。

 そこはとても良い所で、僕だけじゃなくお兄ちゃんやお姉ちゃんたちも気に入ってくれていた。

 そして今日も、僕たちはそこで食事をしていた。


「やっぱり、ここのジュースは美味しいね」


 僕はそう言いながら、ジュースをストローで飲んでいた。


「そうだな……でも、あんまり飲み過ぎると腹がタプタプになるぞ?」


 お兄ちゃんはそんなことを言っていたけど、その顔からは笑顔がこぼれているように見えた。


「大丈夫だよ!それに、このくらい飲んだって平気だもん」


「まぁ、それもそうだよな……」


 お兄ちゃんは苦笑いをしながら、僕と同じようにジュースを飲み始めた。


「それにしても、ここはいつ来ても混んでるな」


 お兄ちゃんの言葉を聞いて周りを見てみると、確かににぎわっていた。

 みんな楽しそうな顔をしているから、きっとここが好きなんだろうと思った。

 そして、良い匂いが僕たちの方まで広がってきて、お腹が空いてきた。

 そこへ、妹とお姉ちゃんがやってきた。


「ふぅ~。ドリンクバーの順番待ちで、遅くなっちゃったよ~」


「ほんとよね。もうちょっと早く来れたら良かったんだけど……」


 ふたりは疲れたような表情をしていたけれど、どこか嬉しそうにも見えた。

 そして、僕たちの向かいでジュースを飲み始める。


「あっ、そういえばさっき、あんたの友達に会ったわよ」


 不意に、お姉ちゃんが話し始めた。

 多分それは、あの男の子のことだと思う。前にここで会って以来、僕は何度かその子と一緒に遊んでいた。

 いつも楽しかった思い出ばかりだから、また遊びたいと思っていた。


「えっ?それって、あの男の子?」


「そうよ。あんたが最近仲良くしてるっていう、あの男の子。黄色い服の……」


 お姉ちゃんが言う通り、彼は僕の友達だった。


「まだいるかな?」


「多分、来たばっかりみたいだったから、今は奥にいるんじゃないかしら」


「そっか。じゃあ、後で会いに行ってみようかな」


「うん。それがいいと思うわ」


 僕たちがそんな話をしている時、お兄ちゃんと妹はお互いのジュースの話をしていたようだ。


「お兄ちゃんのは、甘いやつ?」


「いいや、俺のは少し大人の味って感じだな」


「えぇ~?何それ~?」


 妹はお兄ちゃんをバカにしたように笑っている。

 だけど僕は知っている。お兄ちゃんは、こういう時の妹の反応が楽しいのだ。

 そして案の定、お兄ちゃんはニヤリとした笑顔を浮かべていた。


「そんなに気になるなら、飲んでみるか?一口だけなら分けてやるぞ」


「う~ん……。そこまで言うなら、もらおうかなぁ~」


 妹もまんざらでもない様子で、お兄ちゃんの差し出したジュースを受け取った。

 そして、自分のストローをさしてチューッと吸い込む。しかしすぐに、首を傾げて困った顔をした。


「なんかこれ、変な味がするんだけどぉ……」


 妹が不満を言うと、お兄ちゃんはすぐに笑い出す。


「お前には、まだ早かったんだよ!」


「むぅ~!!」


 妹が頬を膨らませているのを、お姉ちゃんは微笑ましそうに見ていた。

 僕もふたりのやり取りを見ながら、楽しく過ごしていた。


 しばらくしてジュースが空になった僕は、再びドリンクバーに向かった。

 するとそこには、先ほど話題に出ていた彼がいた。


「あっ!ねぇ、君!」


 僕が声をかけると、彼は驚いたような顔でこちらを見た。


「あれ?君は確か……」


「久しぶりだね!元気にしてた?」


「ああ、もちろんだよ。そういう君はどうだい?」


 彼の言葉を聞きながら、僕は笑顔で答える。彼と話すのはすごく楽しかったから、こうやってまた会うことが出来て本当に嬉しかった。

 それからしばらくの間、僕らはいろんなことを話していた。最新あった面白かったこととか、家族のことだったり、他にも色々なことを。


 そうしてふたりで盛り上がっていると、後ろから誰かが近づいてきた。

 振り返るとそこに居たのは、僕と同じくらいの女の子だった。


「ねぇ!そんなところにいたら、ドリンクバーが使えないじゃない!」


 彼女は怒った口調で、僕らに向かって言ってきた。ボーダーのスカートがふわりと揺れる。


「あっ……ごめんね……」


「わ、悪い……」


 僕と彼は慌てて謝った。すると彼女は「わかればいいのよ……」と少しだけ機嫌を取り戻したように見える。

 そして、ドリンクバーを使い始めたのだが……。あろうことか彼女は色々なジュースを混ぜ始めたのだ。ジュースは、とてもおかしな色になっていた。


「えぇっ……!?そ、それは大丈夫なの?」


 思わず聞いてしまったが、彼女は気にしていないようだった。


「別に平気よ。むしろ美味しいんだから!あたしの特製ドリンクは、お姉ちゃんたちにも好評なのよ!」


 自信満々の様子だったが、僕は不安でいっぱいだった。

 だって、あんなにおかしい色の飲み物を飲まされたら、きっと気分が悪くなるに違いないと思ったからだ。

 だけど、その心配は必要なかったらしい。なぜなら彼女が飲み終わった後に見せた笑顔は、とても満足そうなものだったから。


「う~ん!やっぱり美味しいわ!」


「そっか……。元のジュースが美味しいから、混ぜても美味しく感じるのかもしれないね」


「そうかもね。でも、あなたも今度試してみたらどうかしら?」


「えぇっと……。それは遠慮しておくよ……」


 彼女の提案は魅力的ではあるけど、さすがに僕には無理だと感じた。

 それから僕たちはそこで別れて、僕はお兄ちゃんたちの元へ戻った。

 そして、みんなで食事を楽しんだのだった。


◆◆◆


 これからも、ここで楽しく過ごせたらいい。そう思っていた。

 でもある日突然、それは叶わなくなってしまった。

 僕らが行っていた食事処がなくなってしまったのだ。


「今日、見に行ったら跡形もなくなくなってたよ……」


 お兄ちゃんの言葉を聞いて、みんなが残念そうに俯いていた。


「どうして、こんなことになっちゃったのかな……」


 妹が悲しそうに呟く。

 僕も同じ気持ちだ。せっかく、みんなで仲良く食事を出来る場所を見つけたのに……。


「こうなってしまったのは残念だけど、また別の所を探しましょう?」


 お姉ちゃんが優しく語りかける。

 妹も少し落ち着いたのか、ゆっくりと顔を上げた。


「そうだよね……。また探せばいいもんね」


「ああ、今度はもっと良いところが見つかるはずだ」


 お兄ちゃんも笑顔で同意している。

 僕はみんなの様子を見て、なんだか安心出来た気がした。


「うん……。また一緒に探しに行こう」


 僕もみんなと同じ意見だったので、素直に同意した。

 そして、新しい食事処を見つけるために、僕たちはここを飛び立ったのだった。



◇◇◇


「親方ー!こっちは粗方あらかた終わりましたよ!」


「おう。ご苦労さん」


 重機から降りてきた部下に、俺はねぎらいの言葉をかけた。


「それにしても、この広い花畑をつぶすなんて勿体もったいないですね……」


「仕方ねえだろうが。都市開発のために、どうしても必要なことだからな」


 俺たちが話しながら見ているのは、ついさっきまで工事をしていた現場だった。

 そこは一面の花が咲いている、とても綺麗な場所だった。

 だが今はもう、見る影もない。目の前にあるのは、ただの更地さらちだけだ。


「俺、結構好きだったんですよ……。蝶や蜜蜂たちが、花の上を飛んでる姿を見るのが……」


「そうか……」


 確かに、それは俺も気に入っていた。

 だから、今回の事業でこの場所が潰れるのは心苦しかった。


「まぁ、そいつらは別の花畑を見つけるだろうよ」


「そうですかね……」


「ああ、間違いないだろう」


 根拠はなかったが、不思議とそんな予感がしていた。


「じゃあ、そろそろ戻るとするか」


「はい!」


 こうして、俺たちは作業場へと戻ったのだった──。

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