幸福な王妃様

 ある平和な国に、王様と王妃おうひ様がおりました。

 その王様はとても民想いの優しい人でした。また、王妃様はとても美しい人でありました。2人は国民からとてもしたわれておりました。

 お城で働く人たちもみんな笑顔で、幸せそうに暮らしていました。


 王様と王妃様は、いつも一緒でした。

 公務の時以外は片時も離れません。食事をする時も、眠るときも常に2人一緒にいました。

 仲睦なかむつまじい2人の姿を見ると、誰もが幸せな気持ちになります。

 王様は王妃様を心の底から愛していたのです。それがどれほどかというと、王妃様のために城を建て替えるほどでした。


 彼らの出会いは、運命的なものでした。

 王様がまだ王子だった頃、王宮で開かれた舞踏会でのこと。

 当時の彼は、この舞踏会の主役ということもあり、多くの女性の相手を務めなければなりませんでした。

 しかし、まだ幼い王様にはそれは大変なことでありました。


 そんな彼のことを気遣って、優しく接してくれた女性がいたのです。それが王妃様でした。

 彼女は「ダンスは得意ではないのですが、代わりに自分の話し相手になっていただきたい」と言い、王様を席に座らせてくれました。

 王様はそれだけでも嬉しかったのですが、さらに彼女の話にも強くかれたのです。


 王妃様は自分の見てきた世界のことを語ってくれました。

 どんな小さな出来事でも楽しそうに話すその姿は、まるで童話に出てくる妖精のように美しく見えました。

 そんな彼女に、王様は恋をしたのです。

 やがて舞踏会も終わりを迎えようとしたその時、王様は意を決して告白しました。


『どうか僕の妻になっていただけないでしょうか』


 すると、王妃様はこう答えたのです。


『それは嬉しいのですが、私は爵位しゃくいの低い家の生まれなのです。王族の方とは釣り合いが取れません……』


 身分の差を理由に断られたことに、王様は少しショックを受けました。けれども諦めきれず、何度もプロポーズを続けました。

 すると彼女も、王様の真摯しんしな想いに惹かれていきました。

 やがて2人の思いが通じ合い、晴れて結ばれることになったのです。


 それからというもの、王様は常に王妃様に寄り添っていました。どんな些細ささいなことでも相談し合い、支え合ってきました。

 この世で最も愛する人と結ばれた彼は、これ以上ないくらい幸福を感じています。

 一方の王妃様も同じです。誰よりも優しくしてくれる王様に、感謝してもしきれませんでした。


◆◆◆


 そんなある日のこと。王様と王妃様は、城内を散歩しておりました。

 天気の良い日だったので、気分転換もねたデートをしていたのです。

 お城の庭には色とりどりの花々が咲き誇っており、実に美しい光景が見られました。


「綺麗ですね……!こんな素敵な場所に来られて嬉しいです!」


「喜んでくれて良かったよ。ここの庭園は僕のお気に入りの場所なんだ」


「そうなのですか?では、また私と一緒に来てくださる?」


 王妃様は上目遣いでお願いします。

 すると王様は嬉しそうに微笑みました。


「もちろんだよ。君さえ良ければ毎日でも連れてくるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、王妃様の顔がぱぁっと明るくなりました。

 そして、頬をほんのりと赤く染めながら言いました。


「ありがとうございます!約束ですよ?」


「ああ、必ず守るよ」


 こうして2人は指切りを交わしました。

 その後、庭園でのんびり過ごしてから城内に戻りました。

 城内に戻った後も、2人きりの時間を過ごします。

 部屋の中で本を読んだり、お菓子を食べたりしてゆったりとした時間を楽しみました。


 そうしているうちにあっという間に夕方になってしまいます。

 そろそろ夕食の準備をしなくてはならない時間でした。この城では、王様と王妃様もコックたちと一緒に料理をされていたのです。

 そこで王様は、王妃様にある提案を持ちかけました。


「ねえ、今夜は外で食べようか。たまにはそういうのもいいと思うんだ」


「外食ですか!?それは素敵ですね!」


 普段とは違う経験が出来るということで、王妃様はとても喜びました。

 2人は早速準備に取り掛かります。お城の外へ行くために、外出用のドレスや装飾品を用意しなければいけません。

 しかし王妃様は少し困った様子を見せました。


「どうしたんだい?」


「実は私、あまり外に出たことが無いんです。ですからどんな服を着ていけばいいのか……」


 王妃様は目を伏せて言います。

 確かに今までは、城の中からほとんど出ることがありませんでした。

 だからこそ彼女は不安な気持ちになったのです。もし変だと思われたらどうしましょう……と。

 そんなことを考えていると、王様が優しい声で語り掛けてきました。

 彼の表情はいつも以上に穏やかであり、そして温かなものでした。


「大丈夫だよ。僕に任せてくれれば、絶対に似合う服を選んでみせる」


 自信たっぷりに言う王様を見て、王妃様は安心しました。

 彼ならきっと良い選択をしてくれるはずです。


「ええ、よろしくお願いしますね」


「任せておくれ」


 王様は王妃様に見惚れるような笑顔を浮かべました。


◆◆◆


 それから数時間後、2人は街のレストランへとやってきました。

 そこは王宮の近くにある高級店であり、なかなか敷居の高いところでもあります。

 しかし今日は特別に貸し切ってあるため、他の客はいません。

 店員たちも事情を知っているので、誰も何も言ってこないのです。

 彼らは王様たちの仲睦まじさを間近で見られることを、心の底から喜んでおりました。


 席に着いた王様たちはメニューを開きます。するとそこには、とても美味しそうな料理の写真が載っていました。


「わあ……どれも凄く豪華で美味しそうですね」


「気に入ってもらえたようで何よりだよ。じゃあさっそく注文しようか」


 王様は慣れた手つきでベルを鳴らし、ウェイトレスを呼びました。


「ご注文はいかがいたしますでしょうか?」


「このコースを二人分頼むよ」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 ウェイトレスが去っていくのを見届けると、王様は王妃様の方へ向き直りました。


「この後は、店の者に任せてしまえばいいよ。だから今はゆっくりくつろいでほしい」


「はい、分かりました。ではお言葉に甘えて……」


 それからしばらく経った頃、テーブルの上に豪華な食事が用意されました。

 見た目も美しく、食べる前から食欲を刺激します。


「それではいただきましょう」


「そうだね。では、乾杯といこうか」


 王様と王妃様はそれぞれグラスを掲げました。そして、ゆっくりと口元に持っていきます。一口飲んだだけで、思わず笑みがこぼれてしまいました。


「ふふっ……とっても美味しいですね!」


「ああ、このワインは特に素晴らしいね。王宮でも滅多に飲むことが出来ない逸品いっぴんだよ」


 そう言いながら、王様はもう一口飲みます。王妃様もまた、同じようにして味わいました。

 その後も楽しく会話をしながら、食事を楽しみました。デザートまでしっかりと完食し、満足感に浸ります。


「本当に美味しかったです。ありがとうございます!」


「こちらこそ楽しめたかい?」


「はい!とっても!!」


 王妃様が嬉しそうに返事をすると、王様もまた微笑みました。

 それから、2人は寄り添いながら王宮へと戻りました。


◆◆◆


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、夜が更けていきます。やがてベッドに入る時間になりました。

 王妃様は侍女たちに着替えを手伝ってもらい、王様が待つ寝室へ向かいます。

 扉をノックすると、すぐに中から声が聞こえました。


「あぁ、来てくれたんだね。今開けるから待っておくれ」


 王様は王妃様を招き入れました。

 室内に入ると、大きなダブルベッドが視界に入りました。ここで毎晩一緒に寝ているのです。

 王妃様はそのベッドの側まで行くと、王様にお願いしました。


「そちらに移るので、支えてもらえますでしょうか……」


「あぁ。もちろんさ」


 王様は、王妃様の背に手をまわします。

──キィ、という音とともに、王妃様の身体は王様に抱き寄せられました。

 そのまま優しくベッドに横たわらせ、布団をかけます。そして王様自身も横になりました。


「これでよし、っと」


「ありがとうございます……」


 そこで王様は、王妃様が何か言いたげにしていることに気づきました。

 彼女の方を見ると、どこか申し訳なさそうな顔をしています。


「どうかしたのかい?」


「あの……私、貴方の負担になっていませんか?」


「負担?どうしてだい?」


「その……私、脚に不自由があるので……」


 そう言う王妃様の目線の先には、車椅子がありました。彼女は生まれつき下半身が不自由なのです。そのため自由に歩くことが出来ません。

 王妃様は爵位の違いを理由に王様の求婚を断っていましたが、実はこのことが一番の理由でした。


「そんなことは気にしなくていいよ。僕は君のことが大好きなんだから」


 王様は優しく王妃様の頭を撫でます。

 すると王妃様は嬉しそうに笑いました。


「ありがとうございます。私も、貴方を愛しています」


 王妃様は王様の胸に顔を埋めました。

 彼は王妃様を抱きしめ、背中をさすります。


「街には、君にとって不便なところがたくさん見つかったね……。『僕たちの間に、障がいなんてない』。そう言えるような国を、一緒につくっていこう」


「……!はい……!」


 王妃様は、ぎゅっと王様の服を掴みました。その瞳には涙が浮かんでいます。

 王様は指先でそれをぬぐい、さらに強く抱きしめました。


 王妃様は幸せを感じておりました。

 愛する人と結ばれただけでなく、毎日のように愛してもらっているのですから──。

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