雨粒メーカー
これは、大規模な気候変動で異常気象に見舞われるようになってしまった、未来の話。
世界各国で様々な問題が起きていた。ある国では異常なほどの日照りが続き、ある国では雨が降らずに作物は枯れ果てた。また、砂漠化が進行している地域もあった。
この国、日本も例外ではなかった。ここ十数年、各地で気温が上昇して、夏には最高気温40度を超える日が続くようになっていた。そして、ついには雨が降らなくなってしまったのだ。
そのため、ここ十数年で産まれた子どもたちの中には、『雨』という存在を知らずに育っていく子もいたのだった。
今年で4歳になるエミも、その1人だ。彼女は、母親が観ている古いテレビドラマを覗き見しては、そこに出てくる『雨』というものに興味を持っていた。
「ねぇ、ママ」
「なぁに?」
母親は優しく返事をする。
「この、お空から落ちてくるお水は、『雨』っていうんだよね?」
エミは観ている画面を指差して尋ねる。
テレビ画面には、傘を差しながら歩く女性が映っていた。
女性は時折立ち止まって空を見上げては、片手を傘の外に出して手のひらを上に向ける仕草をしている。
「そうよ。昔はね、ちょうどこんな風に空から雨が降っていたの」
母親は少し懐かしむような表情を浮かべながら言った。
「今は、降らなくなってしまったけど……」
「ふぅん」
エミはまだよく理解できていないようだったが、それでも興味津々といった様子で画面に見入っていた。
◆◆◆
ある時、エミは『雨粒メーカー』の存在を知った。幼稚園でリカから聞いたのだ。有名企業の社長を父に持つリカには、たくさんの友達がいた。エミもその1人だった。
エミとリカはいつも一緒に遊んでいたのだが、ある日リカが『雨粒メーカー』の存在をエミに教えたのである。
『雨粒メーカー』は、人工的に雨雲を作り出す装置だ。それは、この雨の降らなくなった時代において、とても画期的なものだった。
「わたしの家には、雨をふらせる機械があるのよ!お庭のお花のために、パパが買ってくれたんだ!」
リカは自慢げに話す。エミは羨ましそうな顔でリカを見る。
「いいなー……リカちゃんの家……。わたしも欲しい」
「エミちゃんも、パパとママにお願いすればきっともらえるわ!」
「ほんとう!?」
エミは目を輝かせる。リカは満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。
それから数日後、エミは母親に頼み込んだ。
「あのね、リカちゃんの家には雨をふらせる機械があるんだって!だからわたしにもほしい!」
「えっ?ああ……『雨粒メーカー』のことね。でも、あれは高いのよ?」
母親の言葉を聞いた瞬間、エミの顔色が変わる。
「……だめなの?」
エミの声からは感情が失われていく。母親は慌ててフォローした。
「いや、ダメじゃないのよ!ただ、ちょっと高いだけ」
「いくらくらいするの?」
「うーん……。この家と同じくらいかしら……」
母親は困ったように答えた。
『雨粒メーカー』は、それだけ値段が高かったのだ。リカの家では買えても、エミたちの家の経済状況だとなかなか手を出すことができなかった。
「そっかぁ……」
エミはガックリと肩を落とす。そんな娘の様子を目の当たりにした母親は、申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさいね、エミ。あなたにあげられたら良いんだけど……」
「ううん、だいじょうぶだよ。ありがとう、ママ」
エミは笑顔を見せる。だが、内心ではとても残念がっていた。
◆◆◆
さらに数日が経過し、エミは母親とデパートに来ていた。
食料品などを買い終えたところで、母親に電話が来た。
「……まあ、そうなのね!ちょうど近くにいるから、向かうわ」
母親は用事ができたらしく、エミにここで待っているように言い残し、その場を離れた。
ここは本屋だったため、時間は十分に潰せそうだ。残されたエミは絵本コーナーに立ち寄り、適当に
(これ、かわいい)
エミはすぐにその本を開き、読み始めた。するとすぐに、エミは夢中になってページを読み進めていった。
読み終える頃には、エミの中の雨への想いは、より一層強くなっていた。
(わたしも、雨を見てみたいなぁ……)
エミはそんなことを考えながら、再び気になる絵本を物色し始めた。
そうして読んだ絵本の中には、『マッチ売りの少女』という物語もあった。エミはこの物語に強く惹かれていた。特に、少女がマッチを擦り、その炎によって幻想的な光景を見た場面の描写には、心を打たれたのだった。
欲しい物が目の前に現れるマッチがあったらどんなに素敵だろう。エミはそう思った。
(そうだ!このマッチがあれば、『雨粒メーカー』も出てくるかも!そうすれば、ママも喜んでくれるかな?)
エミは立ち上がり、絵本を置いた。母親がまだ来る気配はない。またここに戻ってくれば大丈夫だろうと踏んで、エミは本屋を出た。
◆◆◆
エミは、マッチを探して走り回った。
(どこにあるのかな?魔法のマッチ……)
幼いエミは、マッチの力が絵本の中だけの話だということを理解していなかった。
そのため、本当に魔法のような力を持った、不思議なマッチが存在すると信じていたのだ。
しばらくして、エミはマッチ売り場を見つけた。そこには、様々な種類のマッチが並べられている。
エミはその中の1つを手に取ろうとして、自分がお金を持っていないことに気付いた。
「あっ……」
エミはがっくりと
しばらく歩き回っていると、エミは喫煙所の近くに1箱のマッチが転がっているのを発見した。
「やったぁ!あったぁ!」
エミはその小さな手でそれを拾い上げる。そして、嬉しさのあまりその場で飛び跳ねた。
エミは早速、そのマッチを試そうとした。箱から1本のマッチを取り出して、その先端に火を点ける。
……しかし、何も起こらない。
「あれ……?」
エミは首を傾げる。もう一度やってみるが、やはり変化はなかった。
(たくさん点ければいいのかな?)
『雨粒メーカー』のような大きなものは、それだけたくさんのマッチが必要になるかもしれない。エミはそう考えたのだ。そうして、エミはあるだけ全てのマッチに次々と点火していった。
すると、しばらくしてエミの頬に冷たいものが触れたのだ。
「すごい!雨がふってきた!」
エミは大喜びで空を見上げた。
雨粒はキラキラと輝きながら、ゆっくりと落ちてくる。
エミは、空から降ってくる雨粒を手のひらで受け止めた。ひんやりとした感触が、エミの手に伝わる。
「やっぱり、魔法のマッチだったんだ!すごい!」
周りの
しばらくして、エミは母親がこちらへ向かって走ってくるのを見つけてハッとする。
「お母さん!みて!雨がふってるよ!」
エミは興奮気味で言った。母親も喜んでくれるだろうと期待していたのだが、母親の反応は違った。
「エミ!何やってるの!?」
「え……?」
エミは戸惑いの表情を浮かべた。母親は、エミの周りにたくさんのマッチが落ちているのに気がつき、こう続けた。
「ダメじゃない!お店の中でこんなにマッチを使ったら!……あぁもう、スプリンクラーが作動しちゃったじゃないの!」
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