氾:俺の語るべきことは(稲谷悟・大学二年・男性:外)

 その顔、どっちですか。幽霊見たような顔なのか、馬鹿を見る目なのか。

 ……顔と目で揃ってないですね。全然上手いこと言えねえ。どっちでも正解ですけどね。よかったら上がってってください。ボロいアパートですけど、クーラーと扇風機回してるんで。窓開けなくても涼しいですよ。


 昨日は田津先輩が来ましたよ。なんですかね、そこにペットボトルとかカップ麺に菓子山ほど置いてってくれました。あと煙草。俺この銘柄吸ったことないんですけど、もらえるもんは何でも嬉しいですから。よっぽど重たいやつじゃなかったら何でも吸えますしね。あのほら、OBさんのバニラっぽい匂いのやつとか好きですよ。一回試しにもらって面白かったから覚えてます。


 ええと。

 そうですね、とりあえず。

 杉宮先輩もお疲れさまです。お疲れの原因が言うのもあれですけど。


 いや、入院はしてませんしね。怪我とかそういうのはしてないんで、病院の世話にもなってません。頭もまあ、正気ですよ。少なくともよく眠れてますし、飯もうまいです。今朝方なんかは急にアメリカンドッグ食べたくなって、コンビニ行って買ってきました。なんであんなにうまいんですかね。油ものだからかな、やっぱり。カロリーってシンプルに生きるのに必要ですよ。食べた途端に血が巡りますから。俺死んだらその辺のホットスナック供えてくれると頑張れそうです。何をって……本投げたり茶碗投げたりしますよ。カロリー相応の霊現象を見せてやります。冗談ですけど。


 俺の方はそんな感じです。で、聞きたいことがあるんですけど。


 ──まあ、そうでしょうね。

 そっか、住居変わったら届出せって例会でも言ってましたもんね。先輩サークル員の名簿管理とかできる立場ですし、じゃああれだ、こうやって個人情報教えてもらうのも職権乱用……冗談ですよ。そんな顔しないでください。

 隣の部屋なんですか。空いてるっていってたの、そういうことなんすかね。ホワイトマンション、っていうか正式名称は違うんですよね。白石ハイツでしたっけ。あいつに教えてもらったんですよ。あいつが、川野が住んでた頃は、そっちの名前しかなかったはずですしね。

 夏休み早々に引越しとか、よくそんなことする気に──いや、何でもないです。芳原先輩が結構同じようなことしてたなって、聞いてたの思い出したんです。まあ、大丈夫なんでしょうね、きっと。あいつんとこの親御さんがどうしたかなんてのは、俺や先輩がどうこう考えることでもありませんし。


 はい。

 聞いた分ね、答えるのはいいですけど。……いいんですけど。

 話せることね、そんなにないんですよ。先輩も分かってるでしょうけど。


 よくある話みたいになっちゃいますけど、記憶あんまりないんですよ。気づいたら駅前にいて、バス乗り場のベンチでぼうっとしてました。九時回ってるから夏でも人が少なくって、遠くの方でヤンキーみたいな連中がちらちら見てるくらいでしたね。向こうも怖かったんですかね、やっぱり。

 そういうのを見ながら、普通に帰りました。とりあえず部屋着いて、何していいか分かんないから冷蔵庫からあるだけ酒出して飲んだんですよね。首尾よくぶっ倒れたみたいで、目覚めたら次の日の昼でした。


 逃がしてくれたんですかね。


 あいつ言ってましたもん。向こうがやる気になったら、泣こうが喚こうが意味がないみたいなこと。だからまあ、見逃してもらえたんですよね、きっと。眼中になかったっていうか、そういう気分じゃなかったっていうか。

 ともかく、櫛田先輩たちみたいにはならなかったんですよ。それだけは確かです。俺、帰ってこれたんですよ。


 川野の目的、っていうか……そんなに大それたことをしてもないし、する気もないってのは本当ですよ。ただの大学生が何ができるって話ですし。

 ただ、まあ、自分にとって最善の手段と状況を選んだってだけじゃないですかね。あいつは忘れたくなかった。最低限それだけ叶えたかったんでしょう。他が全部駄目だから、それだけでもみたいな具合ですよね。あることないこと言われても、尾ひれ背びれにしまいに牙や翼がつくようなことになっても、それでも──どれほど別モンになってでも、残しておきたかったんでしょうから。

 本人も分かってるんでしょう。白石ハイツの兄さんは、ホワイトマンションの怪異になったんだってのは、十分に。それでもほんの僅かでも名残を遺しておきたいからってことなんじゃないですかね。

 そうですね。兄さんからすればたまったもんじゃない。その辺も分かってると思いますよ、あいつ。

 それでもいいんですよ、きっと。

 された側は忘れませんけど、した側だって覚えてないとも限りませんし。だからまあ、外野がどうこういうことじゃないんでしょう。言えるようなこと、やってませんからね。先輩としてはあれでしょうけど。


 そうですね。ひどいこと言うじゃないですか、先輩。

 俺もね、人のことは言えません。やってること一緒ですよ。自覚があるだけあいつの方が随分マシでしょ。


 怪談蒐集ね、止める気ないんですよね。

 まだ続けるつもりなんですよね。いや、自分でもどうかと思いますけどねあんな目に遭っといて。でもまあ生きてますし、五体満足ですし、後遺症どころか熱中症にもまだなってないし。頑丈なんですよね俺。

 最初の目的っていうか言い訳もね、もうちょっと色々考えたいし。それにはやっぱり数が必要なんですよ。まだね、足りないと思いますから。

 色んなもん、覚えていたいじゃないですか。まだ余裕がありますしね、俺。それにこうやって、あー……生き残ってるっていうのも、ここまでくればそういう役回りなのかなって考えるわけですよ。


 結局ずっと蚊帳の外ですからね、俺。

 色んな怪異の外側から聞いたり書いたり考えたりしてただけで。歓迎されてないのかもしれませんけど、でも警告? みたいなのも食らってませんし、じゃあその曖昧な分だけ好きにしようかなって感じです。


 そうなんですよ、先輩。お見通しじゃないですか。

 面白いですからね。手を引くの、ちょっと惜しいんですよ、やっぱり。


 結局ね、そこです。じゃあまあ、楽しんだ分の代金は払った方がいいじゃないですか。俺も忘れたくない話がありますからね。だったらやるしかないでしょ。集めて記して語って、覚え続けるんですよ。受験勉強みたいですね。

 結果が出るかどうかってのは分かりませんけど、そうなったらそうなったで記録しておくいい機会でしょうし。や、そんときにそんな余裕があるかってのはまた別の話です。どうしても駄目ならあいつか先輩に頼みますよ。嫌ですか? 考えといてくださいよ。いいじゃないですか先輩。頼りにしてますよ。俺ちゃんと頼れる人ってそんなにいないんですよ。


 墓守みたいだって──すごいこと言いますね、先輩。初めて言われましたよ、墓守。現代社会で大学生が使う語彙じゃないでしょう。


 そんな御大層なもんかどうかは知りませんけど、とりあえずやれるだけやってみようとは思ってます。

 やってる間はね、その──色んなことを、覚えてられそうですしね。ほら俺飽きっぽいですから。離れるとすぐ忘れちゃいそうですし。それはね、まだちょっと嫌だなって。喉元過ぎそうになったらまたゲロれば永久機関じゃないですか……ちょっとそんな顔しないでくださいよ。絵面想像したんですか。先輩が吐きそうな顔してどうするんですか。


 それでですね、あいつはまだ付き合ってくれるんですよね。

 だからまあ、先輩も、末長くよろしくお願いしますよ。そうすると俺が嬉しいんで。本当です。恩とかそういうものね、忘れないんで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

※災話により顛末を選択してください 目々 @meme2mason

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ