第四話

「なんだこれ・・・・・」


神社の中へ一歩足を踏み入れると、そこには想像もつかない光景が広がっていた。


まず最初に目についたのは遠くの方にそびえる大きな日本風の城だ。正確にどのくらい離れてるかはわからないが、ここからけっこう距離がありそうなのにここまで大きく見えるというのはよっぽどだろう。


城の上に目を向ければ、黒曜のような夜空に三日月が浮かんでいて、その月を横切るように、龍、天狗、朧車、その他明らかに人ではない者が飛んでいった。


下に目を向けると城下町がある。

時代劇のような建物が立ち並んでいて、これも人ではないような者がわらわらと呼び込みやら値切りやらをしている。


後ろを振り返れば、そこには入ってきた神社の扉が風景に浮かぶようにあって、その先には俺たちがさっきまで居たところが見えた。


そこには、完全な別世界があったのだ。


女は道をずんずん進む。俺は慌ててついていく。

道行く者たちが女に気付くと道を譲って会釈をした。


「ああ、この店だ」


しばらく歩くと女は茶屋みたいな店に入った。


奥の座敷のような所に二人並んで座る。


女が口を開く。


「どう?これで信じてもらえるかな?」


「ああ信じるよ」


こんなことがあって信じない方が逆におかしい。さすがにトリックとかでこんなことも出来るわけないしな。信じるしかないだろう。


「それで、さっきの話に戻るんだけど・・・・・」


「慧牙の家が妖神との戦いを何百年にも渡って繰り広げてきたって話か」


「そう、その話をしたのは他でもない。君に頼みたいことがあるんだ」


「頼みたいこと・・・・・っていうのはあれか。ひょっとして慧牙の戦いを手伝ってほしいとかそういうあれか」


「違うよ。というか、勘違いしてるみたいだけど、私は光神じゃないからね」


「違うのか?」


なんか大物っぽい雰囲気が出てるし、さっきも人外の奴らに会釈されてたし、そうかと思ったんだが・・・・・じゃあ神の使い的な奴とかかな?でも私は神だとか言ってたよな・・・・・。


しかし、女の次の言葉は、そんな俺の予想をまるっきり覆す衝撃的なものだった。


「私はね、神は神でも妖神なんだよ」


一瞬、言われた意味が分からなかった。


「・・・・・はあ!?おいおいちょっと待てよそれってあの・・・・・」


「うん、そうそうあの妖神だね。何百年も前からずっと神扇寺家が倒そうとしてきた因縁の相手だね」


「・・・・・・」


言葉が出なかった。


俺は平然と言い切った女の顔をじっと見下ろした。


女は相変わらず飄々としていた。


俺は口を開いた。


「つまり、お前は世界を征服しようとしている邪神ということか」


さっきまでの話を振り返って考えればそういうことだろう。


だがその返答はまたもや予期していたものと違った。


「まあ、表向きはそういうことになるね」


「・・・・・表向き?」


どういうことだ?


「私の本当の目的はね、世界征服じゃないんだよね」


「じゃあなんだってんだ?」


「それはね・・・・・」


「それは?」


ゴクリ、と唾を飲み込む。

女は、いや妖神はニヤニヤして、わざと溜めて俺を焦らしているように見える。

俺は続く言葉を待った。


「妹である光神をからかって遊ぶためなんだ」


「・・・・・はあ?」


一気に脱力した。


「いやー、神って言っても、何千年もやってるとやることがなくてねー。それでなにか良い暇つぶし無いかなーって考えてたら思いついたんだ。

そうだ!妹で遊んでやろうってね。

それで世界征服を企んでるって嘘ついてさ。

妹と神扇寺家その他と私と部下の妖怪たちとでの戦いに持っていって、勝ったり負けたり一喜一憂して妹がコロコロ表情を変えてるのを見て楽しんで、そろそろいいかなって所で封印されたんだ。

それでまた暇になったら封印を解いて妹をからかいに行くっていうのを何百年も繰り返してるってわけだよ。

まあ、これが神扇寺家と妖神の戦いの真相だね」


「・・・・・」


ひどい話を聞いた。


神々の姉妹喧嘩に巻き込まれる身にもなってほしい。


「まあでもイベントを与えたかったっていう意味では君の慧牙君への気持ちと似たようなもんでしょ」


「いや一緒にするなよ!」


俺は慧牙の成長を願ってるわけだから!妹をおもちゃにして遊んでるようなのと一緒にするなよ!


「それで頼みたいことってまさか・・・・・」


「そう、そのまさか。私の部下として慧牙君の敵役をしてもらいたいんだ」


「やっぱりか!もう流れで分かったわ!」


「それで君にはね、『使者王』を任せたいんだ」


「使者王?」


なんだろう、なんか重要そうなのを任されたぞ・・・・・。


「神扇寺家の側ではね、私の部下たちのことを妖神の使いってことで『使者』って呼んでるみたいなんだよね」


「じゃあ使者王って・・・・・」


「私の部下のトップ、つまりはNo.2ってことになるね」


「お断りします!」


「おービシッと来たねー」


「当たり前だろ!俺は慧牙の親友だぞ!誰が好き好んで敵役なんかになるんだよ!」


「ああ、まあやっぱりそう言うと思ってたよ」


妖神は相変わらずニヤニヤする。咥えたキセルから煙が立ち昇っている。


「でもそれだと今回の侵攻計画は中止になるけどね?」


「・・・・・え?」


「そりゃそうだよ。計画の要になる使者王がいないとなったら侵攻計画は中止せざるをえないもの。そうなると君の慧牙君主人公イベント計画も頓挫するね?」


「・・・・・っ」


「あーどうしようかなー」


チラチラとわざとらしくこっちを見てくる。クソッ、ウザいなコイツ!


でも考えてみれば確かにそうだ。このチャンスを逃したらこんな機会なんて二度と来る訳がない。


それに、敵といってもこの妖神がいうように別に本気で殺意があって殺しにかかってるわけじゃない。


なら、ここは・・・・・


「やってやるよ・・・・・」


「え?」


「やってやるっていってんだよ!俺が!使者王ってやつを!」


俺は大声でそう宣言した。


妖神はニヤーッと一層笑みを深くすると、


「フフ、これからよろしくね」


と言った。


と、言うことで。


俺はあの女の口車に乗って使者王になってしまったわけだ。


まあ、妖神の部下になるってことは妖怪になるってことだし、今の自分の姿からは全くかけ離れたものになってしまうことは覚悟していた。覚悟していたけど・・・・・。


けどまさか幼女になっちゃうなんて思わなかったな!・・・・・思わなかったな!


ていうかさあ、俺の種族って一応妖狐族なのよ!なにこれ!普通の巫女コスしたJSにしか見えねーよ!キャラデザ間違ってないか!?


で、今は会議に遅刻した例の妖神ーーーーあの後聞いたが、楓かえでという名前らしいーーーー楓様を呼びにいくために廊下をひた走りに走ってる状態だ。


部下になって分かったが、あの神は駄女神だ。


しょっちゅう会議に遅刻するわサボるわでで毎回俺が呼びに行ってるし、時には部下を誘って会議サボって一緒にゲームしてる時もあるし・・・・・。


部屋だってすぐ散らかすからいっつも俺が片付けている本当に絵に描いたような駄女神だ。


「っと、ここだここだ」


楓様の部屋へと着いた。開けますよー?と部屋の外から呼びかけるが返事がないので遠慮なく入る。大方寝坊でもしてまだ起きてないんだろうと思う。


「うわ、また随分散らかしたなー・・・・・」


ラノベやら服やら物が色々散らかる足の踏み場もない中を何とか踏み込んでいく。


果たして楓様は、俺の予想通りにぐっすりと寝ていた。


「ちょっと起きてください楓様!」


「んー・・・・・あれ、紅葉もみじじゃんどうしたの?」


紅葉というのは妖神の部下としての名前だ。コードネームみたいなもんだ。


「どうしたのじゃないですよ!もう会議の開始時刻過ぎてますよ!」


「あーはいはい」


「ほら早く着替えて!」


「はいはい・・・・・ああ、ちょっと待って」


「何ですか!」


「ログボ貰ってから・・・・・」


「後にしろ!」


渋る楓様を急かして、俺は会議室への廊下をまた走り出した。

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