第六話

穏やかな昼下がり。


窓から入るポカポカとした陽の光に、授業を受けてる生徒たちもついうとうととするころ。


その学び舎の屋上で、和やかなその空気とは相反する剣戟の音が鳴り響いた。


「クックックッ・・・・・果たして俺に勝つことが出来るかな?」


「当たり前だ!正義は必ず勝つ!」


学校の屋上で戦っているのは慧牙とそのヒロインズたちだ。


ヒロインズの二人の女子たちが周りの雑兵を倒して押さえてる間に兵卒クラスの奴を慧牙が叩くという感じだ。残りの一人は回復役。


俺は影からその様子を見ていた。巫女服姿で明るい茶髪のツインテールのロリっ娘が屋上の突き出たとこに隠れて様子を見ている図だ。


あー、ヤバい緊張する。お腹痛くなってきた。


何とか兵卒のヤツには精一杯頑張って時間を引き延ばして欲しいな・・・・・・心の準備のための時間がもう少し欲しい。幸い、俺が見てるからか兵卒のヤツは妙に気合いが入っていて慧牙を相手に意外と善戦している。

いけ!そこだ!もっと頑張って何とかもう少し時間を引き延ばせ!がんばれがんばれ!


よし、この調子ならもう少しかかりそうだな・・・・・・。折角だ、俺の気を少しでも紛らわすためにこの間に神扇寺サイドの登場人物の紹介をしておこう。


「佳織!大丈夫か!」


ヒロインズの一人に攻撃が向き、躊躇わずに庇う。この庇いに行った青髪で青目、制服でキラキラとした金色の火の粉を上げている、日本刀のような武器を持った少年が、言わずと知れた神扇寺慧牙。この物語の主人公だ。

どこからどうみてもイケメンだしカリスマ性の塊みたいな見た目だが本人は自分のことをごく普通の高校生だと思ってる。そう言うところも主人公っぽい。


当代の『浄火の刀士』で『浄火の剣』を扱えるのは慧牙だけだ。


ここでちょっと『使者』と神扇寺サイドの闘い方について説明しよう。

まあそんな難しい手順でもない。使者たる妖怪たちには妖核という力の源がある。それを浄火の剣で斬って浄化すれば闘いは終了、である。

楓様がヘッドハンティングしてきた元人間の使者だった場合は浄化されれば人間に戻れる。そうじゃない長く地上に留まっていた怨霊が妖怪化した場合は浄化されれば高天原に還れる。


ちなみに怨霊と聞くとなんかおどろおどろしい感じをイメージするけど、実際は本当にいい霊たちで、お菓子とかよく貰ったりするし、よく頭を撫でてくれたりする。まあ、俺の扱いが見た目のせいで基本的に孫みたいな扱いなのはちょっとモヤっとする所はあるが。


「あ、ありがとう慧牙くん・・・・・」


慧牙に庇われて頬を赤くしながらお礼を言う、綺麗な黒髪を長く伸ばした、これまた制服で神社で儀式の時とかに振る棒みたいなのを持った清楚系の美人が、白河佳織。今代の『祝祭の巫女』である。


『祝祭の巫女』というのは俺たち『使徒』の本当の目的だ。この『祝祭の巫女』を捕らえて『翠宴』の生贄にすれば、高天原の中枢、神々ですら踏み入ることの出来ない禁域へと侵攻することが出来る。そうなれば世界は終わりなので神扇寺家の者は代々、その代の『祝祭の巫女』を守ってきたのだ。うん、まあ、大体そういう設定かな・・・・・。


ちなみにこの白河佳織、現役女子高生アイドルとして知られていて、今かなりの人気を誇る。二人組のグループだが、もう一人の方はこちら側である。同じアイドルグループで一人は神扇寺側、もう一人は使者側に分かれているわけだ。まあ、白河は全く知らないだろうがな。


もう一つちなみに、この白河佳織がこのパーティー内での回復役である。


「あれれ?もう終わり?張り合い無いなー」


雑兵たちを殴り飛ばし、そうぼやくのは神扇寺菖蒲。名前からも分かる通り慧牙の妹だ。青い髪をツインテールにして、この子だけ近くの中学の制服を着ている。


おてんばな性格で慧牙の家に遊びに行った時とかもよく暗くなるまで一緒にゲームとかさせられたな。


「油断するな菖蒲!最後まで気を抜くな!」


そう言いながら凛とした態度を崩さずに雑兵たちを斬り飛ばしているのは風幻煉華。黒く長い髪をポニーテールにした女流剣士といった雰囲気の切れ長の目の美人さんだ。というか、本人はこう言っているものの、やっぱり雑魚の掃討は張り合いが無いみたいだ。この二人は慧牙と白河と比べて緊張感に差があるように見えるな。まあ、仕方ないか。


この風幻家というのはちょっと特殊な事情のある家で、昔々、使者側の妖怪の男と神扇寺側の人間の女がロミオとジュリエット的ラブロマンスを経て結ばれたことによって始まった家系なのだ。だから半分は妖怪の血が流れている。まあ、それでも代々神扇寺側についているけどな。多少裏切り者とかが出たことも無かった訳ではないみたいだが。とにかく、そう言うわけでこの風幻家のものは妖術を使うことができる。


ちなみにこの風幻煉華はこの中では一番の年上で、しかも煉華さんがみんなに戦闘技術を教えているということもあって、みんなの頼れるお姉さんといった立ち位置である。 


だけど意外と可愛い物が好きだったり甘い物が好きだったりと王道ギャップ萌え的な要素もあるので、それをどうにかして慧牙に知らせてさらに親密にさせようと目論んでいる。


「これで終わりだ・・・・・『聖斬火』!」


「グォォォォォォォォォォ!!」


金色の焔が剣から噴き出し、慧牙が一気に振り下ろすと斬撃となって飛ぶ。飛んだ斬撃は兵卒の妖核だけを真っ二つにする。


ああ・・・・・・終わっちゃった・・・・・・。出なきゃいけねえよ・・・・・・。やべえよ早すぎるよ・・・・・・。まだ心の準備なんか全然出来てねえよ・・・・・・。


妖核を壊された兵卒クラスのヤツはサラサラと光の粒子になって消えていく。よくあるオーソドックスな敵キャラの消え方だ。妖怪の外側が全て剥がれると、あとには倒れた人間の一般男性が残る。


・・・・・・ということはアレはアルバイト募集で来た人か。


アルバイト募集というのはどういうことかと言うと、兵卒クラスみたいな下の方の階級のヤツはアルバイト募集で来てる人が大体なのだ。


楓様が直接ヘッドハンティングをかけるのは主に上の方の階級の人だけなのである。


なぜなら神様だから。あんなんでも一応な。ちなみにアルバイト募集の名目はヒーローショーの敵役。まあ、間違ってはいない。


さーてと・・・・・・覚悟を決めて行きますか。


じゃあな、バイト君。こっから先は俺の番だ。・・・・・・そう言えば名前も聞いてなかったな。後で聞いておこう。頑張ってくれたしな・・・・・・。


俺は術符を使って姿が見えないようにして、梯子で屋上の出入り口とかがある出っ張ってるとこの上に昇る。


「んしょっと・・・・・・・」


そして足をぶらつかせるようにして慧牙に見えやすいような端の方に座るように調整する。


「この辺りかな・・・・・・」


うん、大体このあたりがベストポジションだろう。


しかしここは屋上の中でも一段高い所だからけっこう怖いな・・・・・・漫画とかアニメとかによくこういう感じで高層ビルの屋上とかに腰掛けてるヤツとかいるけど怖く無いんだろうか・・・・・・学校の屋上とかでもこの高さなんだから高層ビルとかシャレになんないだろ・・・・・・。


と、そんなこと言ってる場合じゃないな。どうもこの場から逃げ出したい衝動から思考が脱線してしまう・・・・・・。


まあいい。


「すー・・・・・・はー・・・・・・」


深呼吸して、術符をとる。


「慧牙くん、回復した方がいいんじゃないですか?」


「いや、大丈夫だ。こんなのかすり傷だよ」


「菖蒲!闘い中に気を抜くなとあれほど言ってるだろう!」


「えー、だって雑兵とか張り合いなさ過ぎなんだもん!それより私、お腹すいたなー」


闘いが終わって日常会話を繰り広げている慧牙たちに向かって、俺は言葉を発した。


「34分かー、思ったより時間かかったかな?もっと早く終わると思ってたけどなー。暇になっちゃったよー」


そう言ってあくびをする真似をする。


よし、噛まずに言えた!


まあ、実際は暇どころかもっと心の準備のための時間が欲しかったくらいなんだけどね!


慧牙たちは一斉に新手かと構えた表情でこちらの方を向いたが、俺の姿を見ると怪訝な顔をした。


「子供・・・・・・?」


今日の俺は普段と違って巫女服ではなく、普通の女児服ファッションだ。それに今は妖気を完全に抑えているから普通の女児にしか見えないだろう。


ピョン、と飛び上がって慧牙たちの前に降りて、四人を見上げる。


「なんで子ども?迷子かな?」


「わー!かわいい!」


予想通りに、白河と菖蒲の二人は俺を普通の子どもだと思ったようで、完全に無警戒だ。


というかそこ!頭を撫でようとしない!和んじゃうだろ!


だが、さすがと言うべきか、完全に妖気を抑えているのに慧牙と煉華さんは俺を見て何か底知れないものを感じ取ったようだ。


「これは・・・・・・!」


「みんな・・・・・・下がれ」


俺の方を睨みながら皆へ下がるように言う慧牙。俺はもう本当は今すぐ逃げ出したい気持ちを押し隠し、ニコニコしながら大物感を出す。イメージはいつもニヤニヤ笑っている楓様だ。


「えーなんでー?」


「ど、どうしたんですか?二人とも・・・・・・・」


やっぱり他の二人は分からないようだ。まあ、それも仕方ない。俺が本気で妖気を隠したらほとんど人間と変わらない。分かる人なんてほんの一握りだ。それも俺よりも上位の存在だろう。それを今は俺よりもずっと下位の存在なのに、なんとなくでも怪しさを感じた二人がおかしいのだ。


俺はそんな四人へニコッと笑いかけると


「お兄ちゃんお姉ちゃん!一緒にあーそぼ♪」


そう言って抑え込んでいた妖気を少しだけ解放した。


「・・・・・ッ!」


「皆下がれッ!」


「なに、これ・・・・・・」


「何この妖気・・・・・・!」


俺が解放したのは本当にちょっとだが、やはりそれでもまだまだ慧牙たちにはかなり強く感じたらしい。


焦りの表情を浮かべながら慧牙は叫んだ。


「皆俺の後ろにいろ!何があっても必ず俺が守る!」


おっ、慧牙の主人公っぽいところが久しぶりに生で見れたな。嬉しいねー。けど、はあ、これが普通の状況だったらもっと良かったんだけどな・・・・・・。


「何言ってるの!お兄ちゃん一人でなんか戦わせないよ!」


「そうだぞ慧牙!」


「そうだよ慧牙くん!私たちは仲間じゃない!」


四人全員が武器を構える。俺はそれを迎えうったーーーーー


・・・・・


・・・・・・


・・・・・・・


・・・・・・・・俺の足元には気を失った三人の少女と、肩で息をしながら膝をついた少年が一人いた。


勝負は一瞬だった。


俺が武器を使うこともなく手を触れることもなく妖気を当てれば、それでおしまい。


「あーあ、これはひどいねー」


「・・・・・・」


俺は慧牙に向かって淡々と言い放つ。


本当はこんなこと言うのも心が痛む。慧牙たちは直前の戦いの疲れも傷も癒えてないのに俺みたいな圧倒的な格上相手によく持った方だと思う。


だけど、言わなきゃいけない。慧牙が主人公としてもっと上に行くためには、こういうイベントだって、なくちゃいけない。そのためには誰かが憎まれ役にならなくちゃいけないんだ。


「今代の『浄火の刀士』は優秀だって聞いてたからわざわざ来てみたけどまさかここまで弱いとは思わなかったなー」


「・・・・・・」


「いやあ、無様だったよ。君の仲間とやらもさ、さっさと逃げれば良かったのに、くだらない感情になんか流されてさ、バカだよねー」


「・・・・・・ッ!」


慧牙は勢いよく顔を上げて俺を睨みつける。慧牙は仲間思いだから、仲間を馬鹿にされることを何よりも嫌うのだ。


睨む慧牙と、意地悪く笑う俺の視線が交差する。


・・・・・・なんか、こんなふうに見つめ合うのってひょっとすると初めてかも知れないな。もちろん話す時は目も合わせるし顔も見るけど、まじまじと見つめ合うなんてことは親友でもなかなかないことだ。


写真とかではじっくり見てるけど、生でこんな風に改めて見ると・・・・・・慧牙ってやっぱ、イケメンだな。


睨まれてても怒りも湧かないどころか、何というか、むしろちょっとドキドキするというか・・・・・・。


「・・・・・・?」


あっ、やばい。慧牙がちょっと怪訝な顔し出してる。こんなこと考えてる場合じゃない。


「こほん、とっとにかく!まあ、期待外れだったかなー。兵卒のあんなヤツ程度に苦戦してる時点で何となく分かってたけどねー」


あんなヤツ呼ばわりしてしまった・・・・・・。すまん!バイト君!ボーナス弾むから!


俺は言葉を続ける。


「慧牙くんさあ、兵卒クラスなんてレベルの低い相手にちょっと勝ちが続いたからって思い上がってたんじゃないのー?」


「そっ、そんなことは・・・・・・」


「本当にないって言える?心のどこかでこのまま簡単に楓様までいけるって思ってたんじゃないのー?」


「・・・・・・ッ」


俺は慧牙の目を覗き込む。


慧牙はやはり否定できないようだ。慧牙はもちろん気をつけていたんだろうが、やっぱり気の緩みっていうのは無意識のうちに忍び込んでくるもんなのだ。


ここまで煽ればもういいだろう。慧牙は実際に俺の強さを経験した。今までは言葉だけだったのを実際に経験した。これからは気の緩みもなく真っ直ぐに突き進んでいくだろう。人間、勝ちが続くだけじゃダメだ。やっぱり時には負ける時もなきゃいけない。それがあってこそさらに上へ伸びることができるんだ。


「あーあ、まあいいや。こんなんなら脅威になることも無さそうだし、私はもう帰って寝ーようっと」


俺はぱちん、と指を鳴らす。


すると何もなかった空中に、大きな黒いぽっかりとした穴が現れる。俺はそれへ入っていく。


「ま、待ってくれ!お前は一体・・・・・!?」


俺は振り返り、笑みを浮かべるとこう言った。


「私の名前は紅葉。今代の使者王だよ」



今日は疲れた。


たとえ演技とはいえ、大親友である慧牙をあそこまでこき下ろすのはやっぱり精神的に堪えるものがあったみたいだな。


今日はもう寝よう。


俺は報告書を素早く書き終えて提出すると、早々に自室へ帰った。


そして歯磨きを終えると寝室へ行き、壁と天井一面に貼り付けてある慧牙の写真一枚一枚に向かっていつも通りにおやすみを言い寝ようとした。


「いつ見てもすごい部屋だねー」


「うわあびっくりした!部屋に入るときにはちゃんと扉からノックして入ってって言ってるじゃないですか楓様!」


だがしかし、急に空中に開いた黒い穴からひょこっと出てきた楓様に妨害された。


なんだろうこんな時間に・・・・・・嫌な予感しかしない。


「ごめんねー、もう寝るってところに悪いんだけど、悲しいお知らせがあるんだー」


来た!


「何ですか・・・・・・」


「実はさー、前に将軍クラス候補の人にヘッドファンティングをかけていて今返事待ちだって言ってたじゃん?」


「ああ、はい。言ってましたね・・・・・・」


「それが今日連絡があって全員からお断りの返事が来ちゃった☆」


てへぺろ、とまたベタなリアクションをする楓様。


ちょっえっ!?一気に全員からお断りの返事が来るなんてそんなタイミングいいことある!?


「ということで!もう私万策つきました!だから紅葉ちゃん、あとはお願いねー」


「いや俺に任されても困りますよ!俺こそ何の考えも・・・・・・ってちょっと!楓様ー!?」


一難去ってまた一難。


俺はとんでもない難題を押し付けられることとなったのだった。


ヤバい・・・・・・俺ストレスでハゲるかも知れんわ。

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